第54話 駄目ですか(初恋)

 しばらく話をして、赤坂は公園から家に帰っていった。俺はというと、公園のベンチに座って、夕飯に何を食べようか考えている。


 今日は母さんの帰りが遅く、一人で夕飯を食べるように言われているのだ。たまにあるこういう日は、俺にとってとても自由な時間である。自炊して一人分の好きな料理を食べるのもよし、出かけて外食するのもよし。


「久々にラーメンでも食べるかなぁ……」


 まだ夕飯時までには時間があるし、一旦家に帰るか。

 そんな風に考えて、ベンチから立ち上がる。そして公園の出口の方へ向かうと、草木が揺れる音がした。


「ん?」


 あそこらへんは確か、以前、俺を助けて照れた宮町が隠れていた木がある方だ。

 音につられてそちらの方を向くと、明らかに見覚えのある頭が見えていた。


「え……宮町?」


 俺が名前を呼ぶと、宮町はびくりと肩を震わせる。それからしばらく見ていると、宮町は観念したように立ち上がり、髪の毛に葉っぱをつけたままこちらを向いた。


「えっと……盗み聞きするつもりは、無かったんですけど」


 宮町はきまりが悪そうに頬をぽりぽりとかく。どうやら、偶然俺と赤坂が話しているところにやってきた宮町は、さっきまでの話を聞いてしまっていたようだった。


 ……どこからどこまで、聞いたんだ?


 すると、宮町は俯きがちにこちらの様子を伺う。


「先輩、告白、するんですね」


 そう呟く宮町の声は、震えていて。


 俺は、とうとう宮町と向き合う時が来たのだと、そう思った。


「聞かれてたか……」


「すいません、本当に、聞くつもりなんて」


「いや。どの道話そうとは思ってたんだ。宮町には」


 これは、俺の本心だった。宮町には沢山感謝しなければならないことがある。小夜ちゃんと赤坂の件について、相談に乗ってくれた。一人で練習をしているところに、皆を集めてくれた。そして、理由はどうあれ俺のことを好いてくれた。


 だから、俺は宮町と、ちゃんと向き合わなければならない。

 俺は、心を決めたんだ。小夜ちゃんに告白するって、ライバルに宣言した。もう、曖昧なままではいられない。


「なぁ、宮町」


「……なんですか?」


「俺、小夜ちゃんのことが好きなんだ。だから……宮町の気持ちに応えることは、出来ない」


 俺は赤坂の時と同じように、正面から目を見て話すことを心がけた。


 前みたいに、茶化されたり、曖昧にされたりしないように、真剣な表情で宮町を見つめる。


 宮町は俺の言葉に目を見開いて、それから、一歩、二歩とこちらに近づいてきた。


「ちぃ先輩って、本当に変わりましたよね」


「……そうか?」


「そうですよ」


 一瞬、宮町がまた話を逸らそうとしているのかと思ったが、彼女の顔を見た時それが自分の勘違いだったということに気付いた。


  宮町は、いつものような、余裕のある表情をしてはいなかった。しかし、それでも、こちらをきちんと見て、俺に何かを伝えようとしている。


「私、先輩が変わるなんて、絶対に無理だって思ってました。すぐに諦めて、駄目になるんだろうなぁって、そう思ってたんです」


「それは、宮町があの時、皆を集めてくれたから……」


「本当に、なんであんなことしたんでしょうね。あれから、先輩はどんどん人とは話すようになっちゃって……なんか、くーみんと仲良くなっちゃいましたし」


 宮町は急に栗原の名前を出して、苦笑する。


 仲良くなったというか、まぁ、実際はただ落合繋がりで話をしただけなのだが……。それにしても、どうしてここで栗原が出てくるんだ?

 すると、俺の疑問が顔に出てしまっていたのか、宮町はちょっと責めるような目でこちらを見る。察してくれと言わんばかりのその表情に、理由を考えるが、答えは全く出てこなかった。


「……ちぃ先輩とくーみんが、単に落合先輩同好会だったっていう話は、聞きましたけど! 分かってますけど、それでも、嫉妬しちゃうじゃないですか!」


「え……」


「何意外そうな顔してるんですか!」


 顔を真っ赤にして、こちらを睨みつけてくる宮町。


 何だか俺は、自分の中にあった宮町像が揺らいでいるような感じがした。いつも余裕があって、俺をからかってきて、嫉妬したり怒ったりとか、あんまりしない。俺は宮町を、そんな女の子だと思っていた。


「まぁ、意外に思うのも無理ないですけどね。だって、私本人ですら戸惑ったんですから」


「戸惑う?」


「初めてだったんです。こんな風に醜く嫉妬して、どうしようもなくなっちゃうのは。今まで私は何度も色んな人に恋をしてきたと思ってたけど、多分、それは本気の恋じゃなかったんです。私は、ちぃ先輩と会って初めて、ちゃんと、本気で恋が出来たんです」


 その時。


 風で木々が、微かに揺れる音がした。夕暮れ時だからか、少し肌寒いような風が首のあたりを撫でる。


 宮町の潤んだ瞳には、落ちかけた日が発する不思議な色の光が宿っていた。紫色とも橙色ともつかない、曖昧さを内包した色合いだった。


「……ちぃ先輩、私じゃ、駄目ですか?」

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