第53話 負けない(友達でライバル)

 その日の練習は、俺と赤坂の二人きりだった。


 基本毎日練習に来てくれていた落合は家の用事。他の皆は、それぞれの部活で忙しいそうだ。


「二人で特訓だな!」


 赤坂は冗談めかしてそんなことを言う。しかし、俺と赤坂の練習は、冗談でも何でもなく特訓だった。


 試合では、足が速い俺と赤坂がフォワードとして得点を狙うような役割を担うことになっている。だから、二人が息を合わせてクロスを上げ合ったりパスをし合ったりしなければならないのだ。

 例え二人でも、今日の練習は非常に貴重である。


 ただ……。

 俺は一つ、赤坂に話しておきたいことがあった。それは、俺が心のどこかでずっと考えていたことであり、赤坂にだけは必ず伝えなければならないことだった。


 そしてこの話を切り出すのは、俺からだと決めている。


 いつまでも察してもらって、助けてもらってばかりじゃ、駄目だ。友達にちゃんと、成長した姿を見せたい。


「はー、疲れたー」


 しばらく練習をした後、俺と赤坂はベンチに座ってスポーツドリンクを飲んだ。


「でも、かなり形になってきたよな」


 これまでの練習を振り返ってそう言うと、赤坂は白い歯を見せた。


「俺達最強じゃね? クラブチームなんて目じゃねぇって」


「……ははっ」


 赤坂の冗談にどう返事をして良いのか分からず、取り敢えず笑う。


「冗談なんだから乗っかってくれよー」


「まぁ、勝てるかどうかはその時まで分からないから」


「千尋ちゃんは真面目だなぁ」


 その「真面目」という言葉の響きには、俺を揶揄するような感じは全く含まれておらず。こういう嫌味のないところが、人に好かれる所以なんだろうなぁ、と思う。


「あ、あのさ。赤坂」


 俺はそう声をかけてから、もう一度スポーツドリンクを飲む。かなり水分を補給したのに、喉が渇いているような錯覚を覚えた。


「んー?」


 俺の態度から何かを察したのか、赤坂は少し落ち着いた声色で相槌を打つ。無意識かもしれないけれど、そういうところ、気を遣われてるなぁ、と思ってしまう。


「赤坂は、ライバルだから。だから、言っておかなくちゃいけないなって、そう思って。いや、友達だからっていうのも、勿論、あるけど」


「何だよ?」


 俺のあまりにも長すぎる前置きに、赤坂は曖昧な笑みを浮かべた。


 自分がみっともなく緊張しているのは、分かっている。でも、赤坂ほどではないにしろ、俺だって勇気を出したい。

 好きなものを好きと言える人に、俺はずっと憧れてきたんだ。


「俺、球技大会が終わったら、さ。小夜ちゃんに、告白する」


 顔を上げて、目と目を合わせて。


 そうやって、俺は赤坂に、自分の気持ちを伝えた。


 きっと赤坂からすれば「勝手にしろ」としか言いようのない話だと思う。でも、俺はどうしても赤坂にこのことを伝えておきたかった。

 赤坂というライバルに、ちゃんと勝負をして勝とうとしていることを、宣言したかったのである。


「……そっか」


 赤坂は俺から目を逸らし、空を見上げた。傾き始めた日が、赤坂の汗で濡れた横顔に不思議な輝きを与える。


「まぁ、それだけ。……それだけ、言いたかった」


「うん。ありがとうな、話してくれて。なんつーか、心の準備? みたいなのが、おかげで出来る気がする」


 赤坂は立ち上がって、まだ空を見ながらスポーツドリンクを飲む。まだ相当な量が残っていたのに、それを一度に飲み干してしまった。


「心の準備?」


「ライバルとしてはさ。他の男が小夜ちゃんに告白するなんて、めちゃくちゃ嫌なわ

けよ」


「それは……そうだよな」


 俺は赤坂に対し、申し訳ないような気持ちになる。でも、これは俺が謝ったって、自分を責めたって、全く解決しない問題だ。それに、赤坂だってそんなことを望んではないだろう。


 空を見ている赤坂の背中を、俺はじっと見ていた。表情は分からなかったが、きっと今赤坂の胸には、顔をちょっと見ただけでは分からないような、複雑な感情が渦巻いているのだろう。


「ライバルとしては、嫌だけど。でも、友達としては……やっぱ、さ。千尋ちゃんが『変わろう』って頑張ってたこと、知ってっから。応援したいような、邪魔したいような……なんかもう、上手く言えねーや」


 赤坂は頭をガシガシとかいて、それから、ようやくこちらを向いた。

 その表情は、困り笑いだった。


「赤坂!」


 上手く言い表せない気持ちで胸が一杯になって、俺は、息をするのが難しいくらいだった。


「ありがとう、赤坂。きっと俺は、赤坂の助けが無かったら、こんなに頑張れてないと思う。赤坂みたいなやつが友達で、本当に良かった」


 照れくさくなってしまう気持ちを抑え、俺が本音をそのまま伝えると、赤坂はちょっと呆れたように笑った。


「ずりぃよなぁ……そんなこと言われたら、応援するしかねーじゃん」


「え、あ、そういうつもりじゃ……」


「そういうつもりじゃねーのがずっこいんだって」


 赤坂は苦笑いして、肩を組んでくる。ちょっと強引に体が引っ張られて、ぶつかった肩が少しだけ痛い。


「そう言われると……どうすれば良いのか」


「別に、変わんなくていーよ! そのまんまで!」


「でも……」


 でも、確かに俺は、ずるかった。


 応援したくせに、後出しで好きだと言って、勝手に感謝して……俺はいつまでも、赤坂の善性に寄りかかっている。


 赤坂は俺のことをライバルだって、そう言ってくれるけれど。俺は、赤坂のライバル足り得るような人物だろうか。


 そうやって思い悩んでいると、赤坂は「まぁ、何はともあれ、さ」と、今までの話を乱暴に一纏めにした。そして、いつもの芝居がかった調子ではなく、真剣な表情で、こちらを改めて見た。


「俺、千尋ちゃんのこと応援するよ。……心から、応援したいんだ」


「赤坂……」


「でも」


 俺が何か言おうとしたのを遮って、赤坂は挑発的にニヤリと笑う。


「でも?」


「応援はするけど、俺だって球技大会、めっちゃ頑張るからな? 俺の大活躍を見た結果三条さんが俺に惚れても恨むなよ?」


「えっ……」


 全く想像もしていなかったことを言われて、俺は面食らった。ぽかんとする俺の顔を見ながら、赤坂は話を続ける。


「それが嫌なら、俺より活躍してみせろよ、ライバル」


 その瞬間。


 俺はようやく、自分のやるべきことを理解した。

 そうだ。赤坂のライバル足り得ないなんて、当然のことじゃないか。だからこそ、俺はこれから頑張って、赤坂と戦えるような人間になるんだ。小夜ちゃんの隣に居られるような人間に、なるんだ。


「……ああ。絶対、負けない」


 俺は精一杯、誰かさんみたいに、芝居がかった調子で不敵に笑う。


「なら、良かった。じゃあ、当日は勝負だな。シュートを決めて、千尋ちゃんのアシストもして、八面六臂の大活躍してやるぜ!」


「なら俺はそれに加えてディフェンスも完璧にやってやる!」


 それから俺と赤坂は、子どもみたいな、意味のない言い合いをした。何だか、そういうやり取りが『友達』って感じがして。


 何だか、今なら誰にだって勝てそうな、そんな気持ちになった。

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