第52話 うらない(的中)

 次の日の昼休み。俺は朝早くに作った弁当を二つ持って、例の屋上へ続く階段へと行った。


「あ、ちーくん」


 すると、そこには小夜ちゃんが既に待っていた。彼女は手にペットボトルのお茶だけを持って、そわそわしている。


 そんな風にされると、何だかこっちが緊張してしまう。


「えっと……どうぞ」


 俺は右手に持っていた巾着袋を小夜ちゃんへ手渡す。ひよこのプリントの、母さんが昔使っていたという巾着袋。俺から差し出されたそれを、小夜ちゃんはまじまじと見つめる。


「ありがと。……さて、どんな感じかなぁ」


「あんまり期待しすぎないで貰えると助かる」


 俺は小夜ちゃんの隣に座りながら、苦笑する。そりゃあ、出来る限り頑張りはしたけど、普通の弁当と比べたってかなり見劣りするような出来だ。


 そして、小夜ちゃんは弁当箱を開く。


 俺は自分の分を食べようとすることすら忘れて、小夜ちゃんの表情を注意深く観察した。


「うん。美味しそう」


 小夜ちゃんは箱の中身を見て、顔をほころばせる。

 俺はその反応を見て、ほっと胸を撫で下ろした。取り敢えず、詰め方や彩りには大きな問題は無かったようだ。夜のうちに「弁当」で画像検索をして研究した甲斐があった。


「あ、これって」


 すると、小夜ちゃんが俺の弁当を見て何かに気付く。


「え? 何か変だった?」


「ううん。そうじゃなくて……これってグラタン?」


 小夜ちゃんは箸先で弁当の端に詰められたおかずを指し示す。

 それは、昨日俺が記憶を頼りに選んだ冷食だった。


「そうそう、占いグラタン。確か、小夜ちゃんが好きだったと思って」


「うわー、懐かしいなぁ……。これは最後にとっておこ」


 グラタンを見た小夜ちゃんの喜びようはすごかった。誰が見ても、機嫌が良さそうな表情。

 頼りにしたのが小二の記憶なのでちょっと子供っぽいかとも思ったが、どうやら俺は正解を引いたらしい。


 小夜ちゃんは必死に選んだ冷食や、彩りのために用意したブロッコリーとプチトマトを口へ運ぶ。俺はその時になってようやく、自分が弁当を食べていないことに気付いた。


 小夜ちゃんと同じように、俺もおかずを食べてみる。

 当たり前だが、ちゃんと美味しかった。出来合いのものの偉大さが身に沁みて分かった気がする。


「あれ、もしかしてこの卵焼き、手作り?」


 すると、小夜ちゃんはやや不格好な卵焼きを箸で持ち上げ、しげしげと観察する。何だか自分の恥ずかしい部分を見られているみたいで、いい気持ちはしない。


「まぁ、一夜漬けだから綺麗には出来なかったけど」


「一夜漬けでこれなら、十分だと思うけど。私が小学生の時なんて、初めのうちはスクランブルエッグ作りになってたよ」


「流石に小学生と比べないでくれ……」


 俺がそう言うと、小夜ちゃんはクスクスと控えめに笑う。そしてそれから、卵焼きをぱくりと食べてしまった。


「卵焼き、甘いんだ。うん。これも美味しいね」


 すると、小夜ちゃんがそんなことを言い出す。美味しいと言ってくれたのは良かったが……卵焼きって甘いものじゃないのか?


「私はよく、だし巻きを作るから。今度食べさせてあげる。出来たて熱々のやつとか、最高だよ?」


「あぁ、そうか。だし巻きか……母さんが作るのが甘いやつばっかりだから、その発想は無かったなぁ」


 卵焼き一つでも、家によって違ってるんだな……。軽いカルチャーショックだ。


 そして俺も小夜ちゃんに続き、自分で作った卵焼きを食べる。砂糖と塩を間違えるようなベタな間違いもしていないし、結構上手く出来たんじゃないか?


 ガリッ。


 そんなことを考えていたら、およそ卵焼きを食べているとは思えないような音が、自分の口からする。


「……卵の殻が入ってた」


 気をつけたはずなのだが、いつ入ったのだろうか。なんだかすごく微妙な失敗の仕方だなぁ……。


「たまに入っちゃうよね! 分かる分かる!」


 笑う小夜ちゃんの瞳に、苦虫を噛み潰したような顔をする自分が映る。


「そっちには入ってなかった? 大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。ほら、仮に入ってたとしても、少しでしょ? カルシウム補給になるよ、きっと」


 小夜ちゃんはそんなフォローを入れて、ニコニコしながら卵焼きを食べてくれる。それを見て、俺は何だか少し申し訳ないような気分になってしまった。

 でも、こういう場合、謝るような言葉は、恐らく場違いだろう。


「……ありがとう。美味しそうに食べてくれて」


「それが一番のお礼になるって、私はよーく知ってるから。あ、でも、別に演技とかじゃないよ」


「分かってるから、大丈夫」


「……なら、良かった」


 そんな話をしつつ、俺達は弁当を食べ進めた。


 数分後、俺は弁当を食べ終え、ふと小夜ちゃんの手元を見る。

 弁当の殆どを食べ終えた小夜ちゃんは、残しておいた占いグラタンを食べていた。


 占いの結果は、どうだろうか。


「あ……」


 小夜ちゃんは、グラタンに隠れていた占いの結果を見て、短く声を上げる。


『いっぽふみだすと いいことあるよ!』


 ひらがなで、簡単に書かれている占い。具体的なことは何も書かれていないけれど。何故か、胸に強く刺さるような文章だった。


「……ね、ちーくんは、占い、何だった?」


「え? あ、えーっと……」


 小夜ちゃんが急に聞いてくるので、俺は隠していた弁当の中身をちらっと見て、それから嘘を吐く。


「ラッキーアイテムはハンカチ……だって」


「なんか、面白みに欠けるね」


 小夜ちゃんはそう言ってまた笑う。今日の彼女は、明らかに笑顔が多かった。


「じゃあ小夜ちゃんの方は、面白みがあったんだ」


「面白みっていうか……なんか、やる気出た。ちーくんがくれたお弁当に入ってたっていうことも含めて、ね」


 小夜ちゃんは弁当を片付けると、すくっと立ち上がる。それから、屋上が見える窓際へと向かう。


 そして小夜ちゃんは窓を開け、風に髪をなびかせながら、微笑んだ。青い空に白い肌が映えて、まるで、映画か何かのワンシーンのような光景だった。


「私、頑張るね! ちょっと行ってくる!」


 すると、小夜ちゃんはそのまま、教室の方へ走り出してしまった。きっと彼女はこれから、自分なりに「いっぽふみだす」のだろう。


 そして俺には、それが上手くいくであろう確信があった。


「占いグラタンって、すげぇな……」


 小夜ちゃんが居なくなった後、俺は自分の占いグラタンの文面を、再び見る。


『すきなひとと たのしくはなせるチャンスかも!?』


 ポップな字体で明るく書かれた文章を見て、俺は苦笑する。


「大当たり、だなぁ」


 そう口に出してみて、俺は、分かりきっていた自分の気持ちを、ようやく形に出来たような気がした。


 やっぱり、俺、小夜ちゃんが好きなんだ。






「あの、ちょっと、皆に聞いてほしい話があるんだけど」

「三条さん? どうしたの?」

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