第51話 料理の練習(それも、楽しい)
急に、弁当を作ることになってしまった。
練習が終わった後、俺は近所のスーパーに行って、頭を悩ませる。
取り敢えず、冷食コーナーにでも行くか……。
「……色々あってよく分からん!」
普段、スーパーに行ってもあんまりここら辺のコーナーには来ないから、勝手が全然分からない。たまに母さんが作ってくれる弁当に入っていた気がする商品を幾つか手にとってみるが、いまいちピンとこない。
そもそも、男子高校生である俺と小夜ちゃんとでは食べる量も好きなものも違っている。自分が食べた弁当を基準にするのは無理がある気がする。
じゃあ、小夜ちゃんが好きだったものって、何だったろうか。
「えーっと……」
薄っすらとした記憶を手繰り寄せて、何とか小夜ちゃんが喜んでいた弁当のおかずを思い出そうとする。小さい頃に好きだったものを今でも好きだとは限らないが、少なくとも嫌いではないんじゃないだろうか。
小夜ちゃんは、何が好きだっただろうか。
「……あ」
冷食を選び終えてから、俺は、ソーセージやハムが売っているコーナーへと向かう。焼くだけのハンバーグとかなら、何かなるかと思ったので、見てみることにしたのだ。
結局、悩みに悩んだ末、ミートボールを購入。ケチャップ味が嫌いってことは、なかったはずである。
取り敢えず目的を果たしてレジへ行こうとすると『大特価!』という派手なポップが目に入った。
「……卵か」
お弁当というと、やっぱり、卵焼きのイメージがあるよなぁ。
しかし、出来合いの卵焼きなんていうのは、このスーパーには売って無さそうである。コンビニ行けば、そういうのも見つかるかもしれないが、幾ら何でも全部を冷食やパックに頼るのは寂しい気がした。
「自分で作ってみるか……」
無理、ということは無いだろう。ある程度不格好でも、まぁ初めてなら、少しくらい許容される……はず。
失敗しても良いように、八個入りのパックをカゴに入れる。
ネットでレシピを調べて数回やれば、形にはなるだろう。
それから俺は家に帰り、夜になると、キッチンに立った。
「あれ、千尋、何してるの?」
すると、風呂から上がってきた母さんが、俺を見て首をかしげる。
「いや、明日の弁当を作ろうと思って、その準備」
「え、自分で?」
目をしぱしぱと瞬かせる母さん。まぁ、今まで俺が料理をしようとすることなんて一度も無かったから、驚くのも無理はない。
「ちょっと、やってみたくなって」
とはいえ、事情を深く聞かれたくはなかったので、俺は曖昧な返事をする。
すると母さんは、用意された二つの弁当箱を見て、こちらへ意味深な視線を向けてきた。
「これ、私の分じゃ、ないよね?」
母さんはここ数年、平日は昼食をずっと同じ場所で食べている。職人気質な人に多い、妙なこだわりだ。
だから母さんは俺の弁当を作ってくれる時でも、自分の分は作らない。意地でも職場の近くにある定食屋の日替わりランチを食べるのである。そして俺はそのことをよく知っているから、母さんの弁当を作ろうとするはずがなく。
つまり、弁当箱が二つあるということは、俺が誰かに対して弁当を作ろうとしていることに他ならないのである。
「ふーん。まぁ、別に良いけどね。ふーん」
「……うるさいなぁ」
露骨にニヤニヤし始める母さんを睨みつける。
「あーはいはい。馬に蹴られる前に退散するわよ」
すると、母さんは笑いながらリビングから離れようとする。その後ろ姿を見て、俺は卵焼きを作る練習を始めようと……。
「千尋」
リビングから出ようとしていたはずの母さんが声をかけてくる。
「んー?」
何か忘れ物でもしたのだろうか。いや、それだったら別に声を掛けたりしないだろうな。そんなことを考えながら、手元ではボウルを探す。
「最近楽しそうで、良いわね」
母さんが酷く優しい声を出したので、俺は思わず振り返った。
しかし、俺が振り返るよりも早く、母さんはそそくさとリビングから居なくなってしまう。
「……」
やっぱり、心配をかけていたのだろうか。
考えてみれば、自分の息子が突然あれだけ真剣にやっていたサッカーを辞めて、無気力に生き始めたら、おかしいと思うだろう。
それでも、何も聞いてこなかったのは、せめて親には隠したいという俺の気持ちを汲んでくれていたのだ。
でも、そんな俺を見ていた母さん曰く「今の俺は楽しそう」とのこと。
確かに、俺は今、楽しかった。明日、誰と何を話すかが、楽しみで仕方がなかった。こんなの、小学校の時以来だ。
あの頃は、その「楽しい」がどれだけの価値を持っているのかを、俺は知らなかった。でも今は、よく分かる。明日を楽しみ出来る自分が、どれだけ幸せ者なのかを。
それから俺は、何度か卵焼きを作る練習をした。一度目は、大失敗。二度目は、そこそこ形になって。そして三度目も、二度目と似たりよったり。でも、少なくとも美味しく食べられる程度のものが出来た。
まぁ、一夜漬けで完璧にできるなんて、思ってなかった。料理経験無しの俺がやったにしては、上々の結果だろう。
これから、上手くなっていこう。何なら、明日、小夜ちゃんにコツを教えてもらうのも良いかもしれない。
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