第49話 ひねくれた友達(と後輩)

「ということで、落合も練習に参加してくれることになりました」


 栗原と一緒に落合を説得した次の日。俺は朝から、二年五組サッカーチームの面々に、落合のことを改めて紹介した。


「えっと……よろしく」


 落合はやや緊張した様子で、か細い声を出す。


「マジで? 全員で練習とか、うちらの団結力ヤバいっしょ!」


「超団結してるよな」


「団結ってなんかケツが段になってるみたいだよな」


「白石ってたまに馬鹿じゃね?」


 そんな落合の緊張をよそに、名取、白石、柴田、角田の愉快な四人組は関係ない話をしだす。


「一応、言っとくが」


 すると、四人の会話を遮り、落合が宣言する。


「俺は運動神経が悪いから、期待すんなよ」


 落合の宣言に、四人組も赤坂も、きょとんとした顔をする。それから全員で顔を見合わせて、悪戯っぽく笑った。


「いやー、でも、オッチーって強キャラ感半端なくね?」


 赤坂がいつもの芝居がかった調子で言う。


「確かになぁ。スポーツ漫画的には、最後のメンバーって大体強いイメージあるわ」


「わかる」


「それな」


「落合最強説あるな」


 すると、赤坂の冗談に乗っかる四人。


 落合はすっかり困った様子で、助けを求めるようにこちらに視線を向けてきた。


「何なんだこの疲れるノリ……」


 疲弊した様子の落合が吐き出すように低い声を響かせる。


「いや、冗談冗談。でも、昨日の練習で見たけど、悪いってほどじゃなかったと思うぞ?」


 落合の顔を見て、昨日練習を一緒にやった白石が、一応フォローを入れてくれた。


「……まぁ、お前らみたいなガチガチの運動部と一緒にしないでくれって話だ」


「各々、出来る限りのことをするってことだな」


 落合の話を勝手にポジティブなニュアンスに変えて、赤坂は一人、うむと頷く。


「よし! それじゃあ今日も頑張ろうぜ!」


 赤坂が右手を高く掲げると、四人組は「うぇーい!」と右手を上げる。俺も一応手だけは上げておいた。


 落合はというと、ガン無視である。


「いや、そこは乗っかろうぜオッチー!」


「普通に嫌だ」


「冷たいなぁ……」


 しくしくと泣き真似をする赤坂。それを見て、俺も四人も笑う。

 赤坂と落合との会話は、思った以上に自然なものだった。この二人が話すなんて想像もしないことだったが、軽いノリの赤坂と強めのツッコミをする落合の相性は、割と良いのかもしれない。






「……なぁ」


 休み時間、俺は廊下で落合に話しかけられた。


「どうした?」


「あー、その……栗原のことなんだが」


 落合は少し話しづらそうに、栗原の名前を出す。


「栗原が、どうかしたのか?」


 俺は色々な事情を知ってしまったこともあって、栗原のことを応援している。出来れば、ストーカーを止めて積極的に話しかけて欲しいと思っているのだが……。


 廊下と階段が繋がる部分の陰を、俺はちらと見る。そこには、落合と俺との会話を何とか耳にしようとする栗原の姿があった。

 どうやら、栗原の悪癖は直っていないらしい。


「いや、あの時の俺は全く冷静じゃなかったし、聞き間違いかもしれないんだが……」


 そんな風に栗原の方を見ていたら、落合は何やらぶつぶつと言い訳じみたことを言う。コイツらしくもない、曖昧な態度だ。


「つまり?」


「昨日、俺のこと好きって言ってなかったか? その、栗原が」


「あぁ……言ってたな」


 はっきり「好きだ」と本人に言ったわけではないが、俺を含めて自分を「落合先輩を大好きな人」と表現していたはず。


 まさか落合から栗原について触れるとは思わなかったので、俺は軽く驚くとともに、ドキドキしてもいた。

 冷静ではなかったとはいえ、栗原を「ただ中学が同じだけの後輩」と評した落合が彼女をどう思っているのかというのは、かなり気になっていたのだ。


「やっぱ言ってたよな。でも、栗原に好かれる理由に全く心当たりが無いんだが……」


 口元に手を当て考え込む落合。


 その姿を見て、俺は笑ってしまった。


「人の顔見て笑うんじゃねぇよ」


「いや、すまん」


 栗原の名前を覚えていたし、落合は決して彼女と中学時代に話をしたことを忘れている訳ではない。


 それでも、栗原に好かれる理由が分からないということは。


 きっと、栗原の予想通り、落合は彼女を救ったとは全く思っていないのだろう。

 それがなんだか可笑しくて、俺は笑ってしまったのだ。


「栗原は、お前に救われたって、そう言ってたよ。……まぁ、なんつーか、詳しいことは本人に聞け」


 もう好きだとも言ってしまっているし、隠してもしょうがないので、俺は事の経緯を端的に言ってやった。


「救われた、か……」


 落合はぼんやりと、窓の外を眺める。


「落合にそんなつもりは無かったのかもしれないけどな」


 笑いかけると、落合はこちらを見ずに、ただひたすら空を見る。それは、真っ青なスクリーンに何かを映して見ているようだった。


「アイツ、凄いよな。大人しそうな見た目なのに、我が強いっつーか……。中学の時からずっと、そうなんだ。周りに流されずに言いたいことを言えるアイツを、俺は、格好良いって思ってた。昨日も俺たちの喧嘩に割って入ってきたし、本質は変わってないみたいで、安心したっつーか」


 栗原のことを語る落合の口調には、不思議な親しみが込められていた。俺は栗原側の話ばかり聞いていたからよく分かっていなかったが、もしかして落合は、栗原が思っているより彼女のことを知っているのかもしれない。


「もしかしてだけど、栗原が虐められているところに通りかかったのって、偶然じゃないのか?」


 野暮だとは思いつつもどうしても聞きたくなってしまって、俺は落合に質問する。


「さぁな」


 落合はようやく俺の顔を見ると、鼻だけで笑ってその場を立ち去った。


「まじかよ……」


 そんな曖昧な態度をとるってことは、多分、そういうことだよな……。


「川内先輩」


 すると、落合が居なくなったのを見計らってか、栗原がすっと物陰から現れる。


「落合先輩と何の話をしていたんですか? 近くで隠れる場所が無かったせいで、いまいち盗み聞きが出来なくて……」


 目を爛々と輝かせ、興味津々といった様子の栗原。

 まさか俺と落合が自分のことを話していたとは露ほどにも思っていない感じだ。


 もし栗原が、もっと直接的に落合にアプローチしていたら……この二人、既に付き合っている未来もあったのではないだろうか。


「栗原。いい加減、ストーキングを止めたらどうだ?」


「私に落合先輩を愛することを止めろと!?」


「いや、そうじゃなくて……」


「じゃあ、どういうことですか?」


 首を傾げる栗原の瞳には、ひどく呆れた表情の俺が映っていた。


 落合の話をそのまま伝えるかとも思ったが、それは流石に無粋というものだろう。この事件を通じて二人が話す機会が増えてくれれば、きっと、自然と……。


「あ、そうです。川内先輩には質問したいことが沢山あるんですよ。外から見るだけじゃ分からない落合先輩の情報とか……」


 自然と……?


 まぁ取り敢えず、見守っていようか。大切な友達と可愛い後輩の、進展するか怪しい恋模様を。

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