第47話 作戦(三人で)

「……そんな少女漫画みたいな展開あります!?」


 明らかに狼狽した様子で叫ぶ宮町。


「り、理沙ちゃん。多分、何か誤解してると思うんだけど」


 栗原はすぐに俺から手を離すと、宮町の方へ駆け寄ろうとする。


「友達が好きな人を好きになっちゃって、夕日の差し込む二人きりの教室で密会をしていたらその友達が偶然訪れる! 完璧に少女漫画じゃないですか! しかもこの私の立場、完全に負ける側のキャラじゃないですか!」


 完全に興奮しきった様子で、宮町は俺たちの言葉に耳を貸さずにこちらへ詰め寄ってくる。


「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ……」


 困惑しながら俺は両手を前に突き出し、宮町がこれ以上近づかないようにする。


「……手を取り合って、一体何をしていたんですか?」


 すると宮町は詰め寄るのを止め、こちらを睨んできた。

 事情を話して良いものか分からないので、栗原の方をちらと見る。栗原はというと、ただただ困惑した顔をしていた。


「何ですかそのアイコンタクト!」


「えっ、いや、その……」


 宮町に突っ込まれて、俺はもう一度栗原へ視線を送る。それにつられて、宮町もまた、栗原の方を見た。


 栗原は俺と宮町の顔を交互に見て、それから、焦っていた表情を真面目なものへと変える。


「その、理沙ちゃん。私ね、好きな人が居るの」


「やっぱり……そうなの?」


 栗原の真剣な瞳を見て、宮町はさーっと青ざめた。まぁ、状況的に仕方ないのかもしれないが、完全に誤解なんだよなぁ。


「私……実は、落合先輩が好きなの!」


 青くなった宮町とは反対に、顔を真っ赤にして自分の想い人を明かす栗原。


「え?」


 意外な告白に、宮町は目を丸くした。






「まさか、友達が私の好きな人の友達を好きになるなんて……。あれ? 何だか自分で言っててよく分からなくなって来ちゃいましたよ」


 栗原から大方の事情を聞いた宮町は、わざわざ難解な言い回しをして頭を抱える。

 まぁ、確かに込み入った人間関係だ。


「その、隠しててごめんね」


 説明を終え、改めて栗原は宮町へ謝罪をする。


「その、俺も、悪かった。秘密にしろって頼まれてたとしても、もうちょっと誤解が無いように出来たよな」


 それに続いて、俺も宮町に謝る。あそこまで宮町が心を乱すとは思わなかった。理由はどうあれかなり心労を抱えさせただろうから、ここは謝るべきだろう。


「まぁ、別に気にしてませんよ。勝手に邪推して、過剰に反応した私も悪いですし」


 宮町は自分の勘違いを恥じるように、頬をかいた。


「はぁ……誤解が解けたみたいで、良かった」


 その様子を見て、栗原はほっと胸を撫で下ろす。気が抜けたような控えめな笑み。


「それで、くーみんと先輩は、明日、もう一度落合先輩と話すつもりなんですか?」


 宮町に質問されて、俺は考える。

 栗原に手伝ってもらったとして、普通にこの教室で誘っても結果は変わらない気がする。落合は良くも悪くも頑固だし、一度素直にならないと決めたらとことん捻くれた態度をとるだろう。


「どうするのが……一番良いんだろうな」


 口ではそう言いながらも、俺は気付いていた。


 結局、最後に判断をするのは落合なのだ。俺たちはあくまで説得する側であって、落合の選択を都合のいい風に変えることは出来ない。


 だから、正攻法しか無いのだ。俺で足りないのなら、栗原の想いも加えて、そして、伝えるしかない。


「あの……」


 そんなことを考えていると、栗原がおずおずと挙手をしてきた。


「どうかしたか?」


「私が、そうなるって信じたいだけかもしれないんですけど……」






 次の日、放課後になっても俺は、落合に話しかけるようなことは無かった。昨日練習を休んでしまったのを取り戻すべく、学校が終わってすぐに白石、柴田の二人と一緒に公園へ向かったのだ。


 そして、準備体操中に、やや遅れて宮町がやってくる。


「なぁ、川内」


 アキレス腱を伸ばしながら、柴田が話しかけてくる。


「どうした?」


「あの後輩の子って、お前の彼女?」


「いや、違うけど……」


 確かに違うのだが、柴田がそう思うのも無理はなかった。クラスでやっているサッカーの練習に後輩が着いてくること自体おかしいし、宮町は休憩中、かなりの頻度で俺と赤坂に話しかけてくる。


 普通だったら赤坂の彼女かと思うところだが、小夜ちゃんとのことがあるから、俺と何か関係があるのではないかと思うのは当然のことだ。それに、関係がある、という点は当たってるしなぁ。


「じゃあ、友達?」


「まぁ……そんなところ」


 何と答えていいか分からず、俺は柴田の予想に乗っかった。宮町との関係を適当に表す言葉を、俺は知らない。まさか「あの子、俺に惚れてるらしいんだよねぇ」と言う訳にもいかないしなぁ。


「……友達?」


 柴田は訝しげな視線をこちらに向けてくる。


「んー? 何の話?」


 すると、少し離れて屈伸をしていた白石が寄ってくる。

 これ以上深く聞かれても困るんだが……。


「ちぃ先輩!」


 すると、宮町が突然俺の名前を呼んだ。彼女の手元にはスマートフォンがあり、俺はその要件を瞬時に理解する。


「来たか……!」


 俺は直様宮町に駆け寄る。


「連絡がありました。もうすぐ、着くみたいです」


 宮町は自分のスマートフォンの画面を見せてくる。そこには、栗原からの連絡があった。


『落合先輩、そっちに向かってます』


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