第45話 信じて(信じる)
次の授業の準備をしつつ、ふと教室の扉側を見ると、栗原がひょこっと顔を出していた。
誰かに用だろうか。
いや、熱狂的な落合ファンらしく、日課の観察を行っているだけかもしれない。
「あ」
すると、栗原と目が合う。彼女は短く声を上げ、それから、俺に手招きをした。どうやら、落合ではなく俺に用があるらしい。
昨日話したばかりなのに、何だって言うんだ……。
「どうした?」
俺は立ち上がって入り口の方へ歩き、栗原に話しかける。すると、栗原は落合の席がある方をちらと見た。
「えっと……落合先輩って、もう誘いました?」
「あぁ、放課後に誘おうと思ってたけど……」
どうやら、栗原は単に俺に頼んだ件の進捗を確認したかっただけらしかった。しかし、俺はこの話は休み時間程度で終わるような話題では無いだろうと予想していたので、話を切り出すのは放課後にすると決めている。
「あ、そうなんですね」
「気になるようだったら、放課後すぐにこの教室を覗いてくれれば、多分、大体のことは分かると思うぞ」
「じゃあ、そうさせていただきます」
なるべく周りに聞かれないよう、小声でこそこそと話をする俺と栗原。
「それじゃあ、放課後に」
「あぁ」
大した用件ではなかったので、話はすぐに終わった。いかにも運動が苦手そうな感じでぴょこぴょこと走る栗原の後ろ姿を見てから、俺は教室に戻る。
そして席に座ろうとすると、何だか妙に視線を感じた。
「……」
肌に刺さるような視線の主を探すと、そこには、氷のように冷たい目をした小夜ちゃんの姿があった。
仲直りをして以来の、ゴミを見る表情。多分無意識なんだろうなぁ……。滅茶苦茶怖い。
「あれ、もしかして川内君のカノジョかなぁ?」
「最近髪短くして明るくなったのって、カノジョの影響? だったら何かちょっと可愛いよねぇ」
すると、小夜ちゃんの様子に気付かない女子達が、俺について色々と話し始める。どうやら、俺は思っていたより注目を受けていたらしい。まぁ、同じ部活でもないのに後輩の女子とクラスの男子が話していたら、確かに目立つかもしれない。
「あれ、でもこの前川内君って、他の一年の子と一緒に居なかったっけ?」
すると、別の女子が語弊しかないような表現で、恐らく宮町のことであろう話をする。まぁでも、宮町と一緒に居る時があるのは事実なので、なんとも言えない。
赤坂の時といい、高校生ってのはどうしてこんなにウワサ好きなんだ。
俺は大きな声で行われる噂話を無視して、席に座り、窓の外を眺める。
「……うーん」
俺はさっきの噂話に、少し違和感を感じていた。何というか、女子達の喋り口調が、前よりか俺に好意的な気がする。
きっと、髪を短くしてみたり、勇気を出してサッカーをやりたいと主張したりすることで、ほんの少しかもしれないけれど、周りの俺に対する印象が変化したのだ。
あとは、赤坂と仲良くしているのも大きいだろう。あの人気者がそばに置くのだから、それなりの人間に違いないという無意識が、俺の印象を何なら過剰に良いものにしてるのかもしれない。
「あの子、誰?」
昼休み、学食に向かおうと廊下に出たところを、小夜ちゃんに話しかけられた。
簡潔な質問。
なのに、圧が凄い。
「えっと、まぁ、ちょっと相談を受けて、手伝いをしてる……みたいな?」
小夜ちゃんに嘘をつきたくない思いと秘密にしてやろうという思いが戦って、要領を得ない話し方になってしまった。
「……ふーん」
小夜ちゃんはつんとした顔で声を漏らす。これは納得の「ふーん」じゃなくて、
「あっそう。私に隠し事するんだ。ふーん」の「ふーん」だ。
「ごめん。出来れば俺の話したいけど、秘密にしてくれって頼まれてるから、やっぱり言うのはあんまり良くないかなって……」
事実しか言っていないのだが、どんな言葉を口にしても言い訳じみた雰囲気が出てしまうのは何故だろう。
「別に私、教えてなんて言ってないけど?」
明らかに納得いっていなさそうな表情で腕組みする小夜ちゃん。
まぁ、秘密を明かさない俺に小夜ちゃんが怒るのは当然である。寧ろ、分かりやすく怒ってくれるだけありがたいかもしれない。
「……その、ごめん。出来れば、俺のことを信じて、待ってて欲しい」
これ以上何か誤魔化そうとしてもかえって逆効果な気がしたので、俺は正直に自分の気持ちを語った。疑いを晴らす手段は無いので、この問題は最終的には俺の言うことを信用できるか否かに行き着く。それで信じられないと言うなら、俺はいよいよどうしようもない訳だ。
なんて返事が帰ってくるだろうと小夜ちゃんの顔を見ると、彼女は口元をもごもごとさせて、上気した顔を見せる。
「その言い方は、なんか、狡くない?」
「え、狡い?」
俺としてはなるべく誠実であろうとした結果なのだが、小夜ちゃんには伝わらなかったのだろうか。
そう心配していると、小夜ちゃんは目を逸らし、おずおずと口を開く。
「ちーくんにそんな言われ方したら、許せない訳ないじゃない……」
そうやってちょっと頬を膨らませる小夜ちゃん。
「え、あ、そうなんだ……」
「う、うん……」
何だかお互いに照れてしまって、上手く言葉が出てこない。むず痒い雰囲気が辺りに蔓延する。
すると、突然小夜ちゃんがブンブンと頭を振って、真剣な表情を作る。
「と、とにかく、信じてるから!」
そう言って、小夜ちゃんは教室の方へ戻っていく。その後ろ姿を見ていたら、彼女は振り返って、もう一度俺の方を見た。
「信じてるからね!」
一言付け足して、今度こそ彼女は廊下を歩いていった。
納得してもらえたようで、本当に良かった。もし全部が終わったら、栗原に許可をとってみよう。せめて、小夜ちゃんにだけは事情を話しておきたい。
可能なら宮町にも話したいが、そっちの場合はそもそも栗原の友達だから、事情を教えるのは厳しいだろうなぁ……。
宮町には色々と恩があるし、怒らせたままにするのは忍びないのだが、現状、どうしようもなさそうだ。
俺に出来ることと言えば、なるべく早く落合を勧誘して返事を聞くくらいか……。
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