第44話 ストーカー(純愛)

 栗原が「人前で話すのはちょっと……」と言ったので、俺と彼女は一旦練習場である公園を離れ、近くの自販機の辺りで話すことになった。


 宮町、赤坂、名取の三人は俺たちが何の話をするのかかなり気になっている様子だったが、着いてきたりはしていないようだ。


「えっと、それで、話っていうのは……」


 言いながら、俺は自分の鼓動が非常に早いのを感じていた。


 告白と決まっている訳ではないが、このシチュエーションは否が応でもドキドキしてしまう。小夜ちゃんのこともあるし、仮に告白されたらそりゃあ丁重にお断りするしかないが、それでも、緊張するものは緊張する。そう簡単には割り切れない。


「それが、ですね」


 土壇場で緊張がぶり返したらしく、栗原はもじもじしてなかなか本題を切り出そうとしなかった。眼鏡の奥にある綺麗な焦げ茶色の瞳が、あっちに行ったりこっちに行ったりする。


 俺は黙って、栗原が話し出すのを待った。俺にも心当たりがあるので、分かる。こういう時、人は急かされるとかえって上手く喋れなくなるのだ。


 そしてしばらくすると、流石に栗原も落ち着いたようで、ようやく正面から俺の顔を見てくれた。


「……あのですね」


「うん」


 俺は意味ない相槌を打って、自分の心を落ち着かせる。

 そして、栗原はようやく本題を口にした。


「落合先輩を、練習に入れてあげて欲しいんです!」


「……へ?」


 まさかそこで落合の名前が出てくるとは思わなかった。俺はきっと今、間抜けな顔を晒していることだろう。


「え、どうしてそこで落合?」


「落合先輩、実はここの練習を何度か気付かれないように見に来られているんですよ。あの様子、間違いなく練習に入りたがっているに違いありません!」


 すると、突然栗原は俺の知らない落合の情報を話し始める。俺の質問は、すっかりスルーされてしまった。

 真面目そうな見た目に反して、結構人の話を聞かない奴なのか、彼女は。


「というか、栗原はどうしてそのことを知ってるんだ? 落合と知り合いなのか?」


「一応、中学の時の後輩です」


 何故か自慢げな表情を見せる栗原。落合と知り合いなのは分かったが、落合の行動を知っている理由は分からなかった。


「じゃあ、落合と一緒にここの練習を見に来たってことか?」


 仮に落合がここを見に来たのが本当だとして、アイツの性格上、誰かと一緒なんてことはあり得なさそうだが……。


「いえ、私が着いていっただけです」


「よく同意が得られたな。アイツ、特に放課後なんかは、絶対に単独行動をしたがりそうだけど」


「まぁ、同意を求めたら、すげなく断られていたでしょうね」


「……ん? 着いていったなんだよな?」


「ええ。着いていきました……背後に」


「ストーカーじゃねぇか!?」


 あまりの衝撃に、俺は大声を出さずにはいられなかった。

 あの落合にストーカーが居るのも驚きだし、そのストーカーというのがいかにも真面目そうな後輩女子だというのも驚きだ。


「ストーカーだなんて、とんでもないです。この気持ちは純粋ですよ」


 澄んだ瞳で栗原はこちらを見る。


「いや、純粋にストーカーやってるのも結構問題だろ」


「大丈夫です。盗聴とか盗撮とか、そういうことはしていません。あくまで朝から放課後まで授業時間以外は落合先輩を観察しているというだけなので、ご安心を」


「いや、全く安心できないんだが」


 微妙に仲違いしているとはいえ、落合は友人(少なくとも俺はそう思うことにしている)だ。友人がストーカー被害に遭っていたら、相手の動機がどうであれ心配はするだろう。


 俺としては常識的なことを言ったつもりだったのだが、栗原は少しムッとして、愛を証明しようと語りだす。


「私は落合先輩を敬愛しています。そして、敬愛ついでにあわよくば『らぶらぶちゅっちゅ』するような関係になりたい次第です」


「敬愛とは程遠い頭悪そうな単語が出てきてるんだが……」


 どうやら俺はこの栗原という女子を勘違いしていたらしい。まさか真顔で『らぶらぶちゅっちゅ』などと口走れる人間だとは夢にも思わなかった。つーかそんな人間、普通いない。


 つまり、この一昔前の漫画に出てきそうな三編み眼鏡の栗原は、その実全く一般的な人ではなかったということだ。というか、よく考えたら現代で三編み眼鏡のファッションを貫いている時点で癖が強い人間であることは間違いなかった。


「落合のストーカー、か……」


 俺はすっかり困惑してしまって、どうしたものかと考える。


 取り敢えず、ストーカー行為については何とも言えないというか、好きな人のことをつい追いかけちゃうみたいなのとガチな犯罪のラインがいまいち分からない。栗原の場合落合に迷惑をかけているようではなさそうだが……。

 まぁ、ストーカー行為を止めろと言っても聞いてくれなさそうだし、とにかく要件について詳しく聞いてみるしかないか。


「……それで、栗原は、どうして俺にアイツを練習に入れて欲しいなんて言い出すんだ?」


「それは、落合先輩が参加したがっているからです。落合先輩の望みは、私の望みでもあるということですね」


「落合が参加したがってるっていう確証は?」


「私の観察眼が信用ならないと?」


 眼鏡をくいっと指で上げ、レンズを光らせる栗原。いや、知らねぇよ。


「えっと……」


 どう返事をしたものか、俺は考える。


 本当に落合がサッカーの練習に参加したがっているというのなら、それは願ってもない話だ。そして栗原のガチなストーカー感が、その話の信憑性を上げている。

 もう一度真剣に誘ってみるのも、アリかもしれない。


「とにかく、落合先輩を誘って下さい!」


 すると、言葉を選んでいる俺へ、栗原はずいっと身を乗り出して自分の主張を叩きつけてきた。


「まぁ、試してみるよ。……とは言っても、落合が素直に誘いを受けてくれるとは思えないけどな」


「友達から真剣に誘われたなら、分からないと思いますよ」


 栗原が当然のように「友達」という言葉を出したので、俺は少しだけ、気になってしまう。


「……栗原からしても、俺と落合は友達に見えるか?」


 そう質問すると、栗原は大きく目を見開く。


「え、違うんですか?」


「いや、違わないとは思うけど……お互いに友達なんて言ったことないし、学校の外で会って話す訳でもないからさ」


 でも、赤坂も栗原も同じく俺たちの関係を友達だと思っていた。そして俺は、一方的にアイツを友達だと思っている。

 落合がどう思っているのかは、分からないけれど。


「でも、落合先輩の性格からして、好きでもないのに誰かと我慢して一緒にいるなんて、しないでしょう?」


 何かの専門家のような口ぶりだったが、栗原の言うことには共感できた。アイツはとことん嫌いなものを遠ざける人間だ。面倒くさがり屋で、好き嫌いが激しく、根暗なのに頑固。


 きっと落合も、俺のことを友達だって思ってくれているはずだ。だから、落合は俺を心配して、サッカーをやるなんて無駄だと、そう忠告をしてくれたのだろう。


「……まぁ、そうだな。とにかく、もう一回、誘ってみるよ」


 でも、そうだな。


 相手の気持ちがどうとか、俺は難しいことを考えすぎていたのかもしれない。

 友達と一緒に、本気でサッカーがやってみたい。

 誘う理由も根拠も、それだけで良いじゃないか。


 よく知りもせず、親しくもなれなかったサッカー部員を誘うのと、落合を誘うのとでは、行為自体は同じでも、全くの別物なのだ。

 そしてもし、栗原が言うように俺と落合が同じ気持ちならば、そんなに嬉しいことはない。


「よろしくお願いいたします」


 すると、栗原は俺に丁寧なお辞儀をした。


「ちょっ、止めてくれよ……」


 俺としては、そこまで感謝される謂われはないので、面食らってしまった。

 栗原はお辞儀を止めると、ニコッと綺麗に笑った。


「長々とすいませんでした。それでは、練習に戻っていただいて」


「あぁ、うん。ところで、この話って……」


「秘密にしていただけると、ありがたいです。私は落合先輩が信頼するところの川内 千尋を信頼しているので、きっと秘密にしてくれると期待しています。……それでは」


 何だかちょっと狡い言い回しをして、栗原はその場を去った。


 そんなことを言われたら、仮に栗原を裏切った時、落合をも裏切ったように思ってしまうじゃないか。


 いや、でも落合のことを考えるなら、ストーカーのことは伝えた方が良いのでは……? あぁ、よく分からなくなってきた。


 とにかく、明日、落合を誘ってみよう。どうなるかは分からないけど、これは栗原の頼みってだけじゃなくて、俺がやりたいことでもある。


 だから、頑張ってみるんだ。もう一度、落合と向き合う為に。






 栗原との話を終え、公園に戻ると、赤坂、宮町、名取の三人が一斉にこちらを向いて、興味津々といった視線を浴びせてきた。


「何の話だったんだ?」


 赤坂にそう聞かれて、俺は言葉に詰まる。秘密だって言われちゃったしなぁ……。


「えっと、大した話じゃなかったよ。なんか、俺が落とし物しちゃったみたいで」


「なんだ、そんなことかよ」


 つまらなさそうに名取が唇を尖らせる。どうやら、上手く誤魔化せたみたいだ。


 しかし、どうやら、栗原の友達である彼女は誤魔化せなかったらしい。


「それ、本当ですか?」


 赤坂と名取が俺から離れたタイミングを見計らって、宮町は俺に改めて話しかけてきた。彼女は俺を明らかに疑っている様子で、半目でこちらをじっと見つめてくる。


「……嘘をついて何になるっていうんだよ」


「でも、たかが落とし物程度で、わざわざ公園を訪ねてきますかね? くーみんが幾ら真面目でも、そんな非効率的なことをするとは思えないのですが」


 それは、非常にもっともな指摘だった。適当に嘘をついたのが仇となったか……。


「まぁ? 別に私は先輩とくーみんが何を話していようと、別に全然全くこれっぽっちも気にしてないですけどね、別に」


 宮町はどうやら、栗原との話の内容を隠している意味を誤解しているようだった。しかも、それを結構気にしてるらしい。少なくとも、一息で「別に」と三回言ってしまう程度には。


 しかし、こうした態度は、ちょっと意外だ。俺が本気で宮町を振ろうとした時でさえ飄々とした態度を見せていたというのに、今更俺が女子とちょっと話しただけでこんなに拗ねるとは思わなかった。


「まぁ少なくとも、宮町が考えているような話はしてない。友達なんだから、直接本人に聞けば分かるだろ?」


 どうやら栗原は落合が好きだということを宮町に隠しているようだが、俺と恋愛的な関係があるのか、と聞かれて否定しない理由はないだろう。そこについては普通に答えてくれるはずだ。


 そう思っての発言だったのだが、宮町はそれを聞いてもなお、むっとした表情を見せる。


「そんな正論聞かされても、知りませんよ。自分でもよく分からないけどむしゃくしゃするんですから」


 すると宮町はとうとうそっぽを向いて、そこらに転がっていた石ころを蹴り出した。こんな風に宮町がマイナスな感情を顕にするのは、珍しい。


「えっと……」


 なんだか、妙なことになってきたぞ……?

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