第43話 木陰に女子(くーみん)

 公園に集まったあの土曜日から、チームの雰囲気は変わった。皆がやる気を出して、それぞれ頑張ってくれている。


 放課後の練習も俺一人ではなく、それぞれ部活がオフな人が行ける時に行くというような制度になっており、まぁ、いつ行っても大体一人は居てくれるようになった。


 とにかく、色々な人の助けやアドバイスがあって二年五組のサッカーチームはかなりのまとまりを見せたが、それはあくまで、一人を除いた話だ。


「……うーん」


 どうしたものか。


 紙パックの野菜ジュースを飲む落合を観察する。

 この前言い合いをしてから、俺は落合と話すらしていない。激しく喧嘩をしているという訳ではないが、お互いに何となく避けているような、そんな感じが続いている。


 七人チームだというのに、ずっと六人で練習をしているのは、いかがなものかと思う。特に、俺は今まで一人にされる側だったから、尚更そう考えてしまうのだ。


 しかし、今回の場合、一人で居るのは明らかに落合の意志だ。アイツが自分からサッカーをしたがる姿を、俺は想像できない。


 つまり、赤坂達の時みたいにはいかないということだ。落合は俺が変わりたいことも、サッカーを頑張りたいことも、全部知っている。その上で、俺を放置しているのだ。そしてそれは、別段酷いことでもおかしなことでもない。


「でもなぁ……」


 それでも、やっぱり、思ってしまう。

 何とか、落合もチームの輪に入れないだろうか。そもそも『実質六人チーム』で、俺達は優勝できるのだろうか。


 とはいえ、落合にサッカーをすることを押し付けてはいけない。


 この場合、恐らく、俺に出来ることは落合の心変わりを待つことしかないのだ。


「ふぁーあ」


 いつも通りといった感じで大きく欠伸をする落合。

 ……心変わりは、無さそうだよなぁ。






 放課後。今日の公園練習は、俺と赤坂と名取の三人だった。ベンチには俺たちの荷物と、何故か練習を見学している宮町の姿がある。(ちなみに、名取が宮町に「どうしてここに?」と聞くと、彼女は「何となくです」と答えた)


 取り敢えず三人でパス回しやドリブルの練習をしていたのだが、しばらくしてから、名取が「ん?」と声を出した。


「どうかしたか?」


 俺が聞くと、名取は「いや……」と言って、俺の背後に視線を向ける。俺と赤坂は首を傾げながらも振り返り、名取の視線の先を見た。


「……ん?」


 そこには、草木に隠れてこちらの様子を伺う女子生徒の姿がある。彼女は俺たちの視線に気付くと、ぱっと隠れてしまった。


「もしかしてあの女子、俺に惚れてんじゃね?」


 名取が冗談めかした口調で、ニヤリとする。まぁでも、この状況では全く的外れとも言えない意見だ。こんなところで行われているサッカー練習をわざわざ見に来るなんて、何か事情がなければあり得ないことだろう。


 それにしても、あの女子生徒、どこかで見たことがある気が……。


「どうかしたんですかー?」


 すると、俺たちの練習が止まったのを不思議に思ったのか、宮町がベンチから立ち上がり、こちらに寄ってくる。


「いや、あそこに……」


 俺は女子生徒が隠れていた方を指差す。


「あそこの木がどうかしたんですか?」


 宮町は目を凝らして俺が示した木の方を観察する。しばらく待つと、隠れていた女子生徒が、再びひょこっと顔を出した?


「……くーみん」


 出てきた顔を見て、宮町が何かを呟く。

 くーみん?


「もしかして、知り合いなん?」


 赤坂に聞かれて、宮町はこくりと頷く。


「はい。私と同じクラスで……よく学校をサボった時、プリントを届けてくれるんですよね」


「いや、サボるなよ。……って、あぁ!」


 宮町の話で、俺は以前『くーみん』に会っていたことに気づく。写真部の、眼鏡の女の子。俺に宮町家へ届けるプリントを預けたあの子だ。


「え、何? 川内も知り合いなの?」


 ちょっと驚いた様子の名取。俺が女子と知り合いなのがそんなに意外か? いや、客観的に見たら意外としか言いようがないな。


「まぁ、ちょっと会っただけだけど……」


「あの子、地味だけど、結構可愛いな」


「そうですね。私ほどじゃありませんが、くーみんは結構美人です。磨けばもっと光るでしょうに、本人はあまりオシャレに興味が無いみたいで……」


 初めて会った女子の容姿についてとやかく言う名取と、その話に乗っかる宮町。そんな二人のひそひそ話を見て『くーみん』はこれ以上隠れることを諦めたのか、遂に姿を表した。


「あ、あの。突然訪ねてきてしまい、申し訳ありません!」


 すると彼女は、少し緊張した様子で、ビシッと背筋を伸ばして話し始める。敬語なのは宮町と同じだが、彼女のそれは後輩としての敬語よりも、もっと堅苦しい感じのする口調だった。


「私、栗原 久実(くりはら くみ)と言います! その、少しお話がありまして、それで、話しかけるタイミングを見計らってました」


 あぁ、久実だから、『くーみん』な訳か、と一人納得していると、名取が栗原に話しかける。


「お話?」


「えっと、まぁ、その、かなり個人的なお話で……あまり多くの人の前で話すことではないのですが」


 そう言いながら、頬を赤くする栗原。そのもじもじとした様子を見ていると、何となくその「お話」というものの内容も察することが出来る。


 まぁ、赤坂も名取も明るいし運動神経が良いから、女子に告白されるということくらい、あるだろうな。


「えっと、それで……誰に話があるの?」


 珍しくやや緊張した様子で宮町は栗原に問いかける。流石の宮町も、友人の恋愛事情が急に発覚するという事態に動揺しているようだ。


「それは……」


 すると、栗原は明らかに俺の方を見た。


「え?」


 思わず、俺は短く声を出してしまう。何だか、嫌な予感がする。いや、嫌な予感と言うのはあまりにも失礼かもしれないが、いや、そんなまさか……。


 俺がそんなことを考えているうちに、栗原の表情は次第に覚悟の決まったものへと変わっていった。


 そして彼女は、口を開く。


「私は、川内先輩に話したいことがあって、来ました」


 ……何なんだこの展開!?

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