第42話 公園(騒がしい)

 土曜日。俺は朝から練習をしながらこれからのことを考えていた。


 自分の気持ちをもっと口に出す、という小夜ちゃんのアドバイスは、確かに正しいかもしれない。チームの話し合いにおいて俺は赤坂が作ってくれたノリに乗っかっていただけだ。


 そして、そのノリがクラブチーム勢の参加という理由で機能しなくなったから行き詰まっている。そこに、俺の行動も意志も、何も無い。ただ助けてもらって、それが上手くいかなかっただけだ。


 自分から、行動しなければならない。

 サッカーに参加することを決めた時のように、俺は今、自分からもう一歩踏み出すことを求められているのだ。


「でもなぁ……」


 その踏み出し方を間違えたのが、中学校の頃にあった大惨事だ。

 ただ俺が「優勝目指そう!」と皆へしつこく言ったって、単に嫌われるのが関の山だろう。


「足が止まってますよ―」


 すると、ベンチに座っている宮町に注意を受けた。

 って、宮町?


「何でここにお前が居るんだ?」


「結局何も変わらず休日の朝までたった一人で練習をしている愛すべき駄目人間さんを見に来ました」


 何だか普段よりちょっと棘のある口調だった。

 表情こそ笑顔だが、何だか今日の宮町は怒っているというか苛立っているというか……そういった感じがする。


「まぁ、見るだけだったら勝手にしてくれ」


 俺は一旦宮町を思考の外に出して、再び練習を続ける。


 しかし、良いアイデアは思いつかないし、練習に身も入らない。このままじゃ、結局、何も変わらないままだ。そんな焦りのせいか、冷や汗が出てくる。


 本当に、どうしよう。

 やっぱり、俺なんかが何かをしても上手くいかないのだろうか。

 いや、そんなネガティブ思考は駄目だ。

 俺が何とかしないと。

 でも……。


「あーっ! もう!」


 すると、宮町が突然叫んだ。


「!?」


 俺が驚いていると、宮町は「見てられないですよ! もう!」と怒って公園を立ち去ってしまった。


 宮町があそこまで感情を露わにするのは、初めてじゃないかと思う。普段から表情豊かだが、今のは何だが……とても素っぽい。掴みどころが無く、いつでも可愛らしい宮町 理沙じゃなかった。

 進路希望調査を紙飛行機にしていた、あの時の表情に近いような……。


「……また、一人か」


 流石の宮町も、愛想を尽かしたのだろうか。彼女の心情は全く分からないが、何はともあれ俺がまたこの場に一人になってしまったのは事実だった。


 何だか今日はいつもより、中学の頃を思い出す。

 家から少し離れたこの広い公園は、二年前より草が伸びており、あまり管理されていない様子だ。変わりゆく町並みの中で、ここだけが取り残されているような感覚。


 諦めないという気持ちは、今も変わっていない。でも、その「何かしなければ」という思考が、かえって俺の精神に良くない影響をきたしているような気がする。

 思えば、中学の時も、そうだった。どうすれば良いのか分からなくて、何も思いつかなくて、それで俺は安易に独りよがりな努力をしたのだ。



 



 気づけば、時刻は昼過ぎになっていた。


 昼食を何もとらなかったので、お腹が切なそうに鳴る。コンビニまで歩くかぁ、と考えながら、取り敢えず空腹を誤魔化すのに家から持ってきたぬるいスポーツドリンクを飲み干した。


 ベンチに座って何を食べようか考えていると、遠くの方から、何か声がしているのに気付いた。


「川内!」


 俺の名前を呼ぶ声。


 振り返ると、そこには、信じられない光景が広がっていた。


「こんなところで練習してたのかよー!」


「言ってくれりゃあ良いのによ」


 そんなことを言いながら、白石、名取、角田、柴田の四人組がこちらにぞろぞろと歩いてくる。


「おーっす千尋ちゃん。お疲れ! これ、差し入れね!」


 そして、その後ろからは赤坂も現れた。手には、巨大なコンビニの袋をぶら下げて

いる。静かだった公園が、一気に騒がしくなった。


「え、え、何で……?」


 俺はあまりのことに混乱してしまい、頭が真っ白になる。


 どうして皆が練習のことを知ってるんだ? しかも、具体的な場所まで把握してるなんて、どう考えてもおかしい。


 すると、木の陰からこちらを観察している人の姿が見えた。


「それは……」


 何か言いかけた赤坂に、質問する。


「もしかして、宮町?」


 俺は木の陰の方へ目を凝らす。ちらっと見える髪やラフな格好は、明らかに宮町のものだ。


「あぁ、うん。理沙ちゃんが教えてくれてさ。それで、俺の方から皆に声かけて……落合の連絡先は知らないから呼べなかったけど」


「そっか。宮町が……」


 俺が一歩踏み出すと、バレていることに気付いたのか、宮町は木の陰から飛び出してきた。


「先輩があまりに不甲斐ないから、見れられなかったんですよ!」


 そう言って宮町はぷいとそっぽを向いてしまう。しかし、とてもじゃないが本気で怒っているようには見えなかった。


「宮町、その」


 俺が宮町へ感謝の言葉を伝えようとすると、彼女はビシッとこちらに指をさすことでそれを止めた。


「先輩が言ったんですからね」


「へ?」


「人は変われるって、先輩が言ったんです。だから、見させてもらいますよ! 駄目人間が、本当に変われるのか」


 やっぱり、宮町が何を考えているのか分からない。


 しかし、彼女が俺を応援してくれたのだということは、確かに分かった。俺が呼んで良いものか悩んでいたチームの皆に練習をバラすことで、皆が自主的に練習に来てくれるように仕向けてくれた。きっとそれには、赤坂のノリ作りも一役買っているのだろう。

 そういうことを考えると、じわじわと感動が心の奥から湧き出てくる。


「宮町……本当に、ありがとう。なんて言ったら良いのか分からないけど……宮町が居てくれて、本当に、本当の本当に良かった」


 感動により語彙力を失った俺は、言葉を繰り返すことで感謝を強調した。宮町が居なかったら、どうなっていたことか。俺はきっと、この手詰まりな状況を動かすことが出来なかっただろう。


 俺の言葉に、宮町は大きく目を見開いた。鳩が豆鉄砲を食ったような顔。そして、彼女の頬は次第に赤くなっていった。


「ま、まぁ、感謝してくれて良いですよ。ついでに惚れてくれても良いんですからね!」


 露骨に顔を逸らす宮町。

 その様子を見ていた赤坂が、苦笑する。


「理沙ちゃんって、めっちゃ良い子なんだな」


「あぁ……宮町は、良い奴だよ」


「っ~~!」


 俺が赤坂に同意すると、宮町はとうとう耐えきれなくなったのか、俺たちからぱっと離れ、鞄からタオルなどを取り出して練習の準備をしている四人組の方へと歩いていった。


「それにしても……よく全員集まったな」

 俺が何気なく言うと、赤坂は強引に俺の肩を掴んで、ぐいっとこちらに引き寄せた。


「水臭いじゃん、練習してるなら、言ってくれよー!」


 赤坂が大声でそう言うと、他の皆も俺に文句を言ってくる。


「なんか、川内がサッカーやりたがってるのは分かってたけど、どれくらい本気なのか分からなかったしさ。毎日練習やってるって聞いて、あ、マジなんだ、って思った訳。言ってくれたら、直ぐ分かったのによ」


「わかる。話し合いの時とか黙ってたから、諦めたのかなぁって思ってたら、全然諦めてねぇじゃん」


 白石と名取が少し嬉しそうに俺を責めると、柴田と角田も「それな」「ほんと、そういうとこやぞ」と相槌を入れてきた。


 どうやら、小夜ちゃんが昨日してくれたアドバイスは、俺の想像以上に的を射たものだったらしい。


 俺は、この四人ときちんと向き合えていなかったのだ。彼らを中学時代の部員たちと重ねて、気持ちを勝手に決めつけていた。そして、無意識に気持ちを伝えることを恐れていたのである。


「……俺さ」


 覚悟を決めて口を開くと、この場に居る全員の視線が、俺に集まったのを感じた。


 あぁ。

 

 ちゃんと、聞いてくれるんだ。


 緊張した気持ちが、少しほぐれる。


「ちょっと、怖かったんだ。急にやる気出して、練習に誘ったりして、その、引かれないかなって。でも、本当は、皆と練習したかった。勝てないかもしれないけど、それでも、簡単に諦めたくなかった。だから……その、何ていうか。皆が来てくれて、本当に嬉しい。ありがとう」


 話しているうちに、頭の中がぐちゃぐちゃになって、話がまとまらなくなってしまった。


「えっと、つまり……勝とう。皆で。絶対、勝とう」


 そして俺は最後に、そういうようなことを言った。


 勝とう。


 文脈も滅茶苦茶で、ところどころ言葉に詰まってしまって、要領を得ない話だった。きっと、俺じゃなかったら、もっと上手にこの気持ちを伝えることが出来るのだろう。


 ちゃんと伝わったか不安になりながら、皆の顔を見る。


「よし! やろうぜお前ら!」


「「「「うおぉぉぉぉ!」」」」


 すると、赤坂を中心に、その場にいる全員が盛り上がる。


「え」


 突然上げられた雄叫びに驚いて、俺はただ短く声を零す。


「そんな熱いこと言われたら、やる気出るに決まってるだろうが!」


 赤坂が俺の使っていたサッカーボールを持ち上げて、大きな声で断言する。皆もそれに同意した様子で、頷いている。


 そうか、伝わったんだ。


 口角が上がるのが、自分でもわかった。


「じゃあ……まず、パス練習から、やろう!」


 俺は思わず駆け出して、始まった練習の輪に混ざる。

 中学の時からずっと静かだったはずのこの公園が、一気に騒がしくなる。見慣れたはずの景色が、ぱっと明るくなったような気がした。

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