第39話 チーム結成(不安アリ)
昼休みが始まって直ぐ。俺は、落合の席に向かった。
「なぁ、落合……」
「サッカーなら、俺はやらん」
俺の言葉を遮り、断固拒否といった態度をとる落合。
「……まぁ、そうだろうな」
予想はできていたことだ。落合がこんな面倒そうなことに首を突っ込む訳がない。そして、こういうのは、無理やりやらせたって意味がない。
トラウマを克服するためにサッカーをやると決めたは良いが、俺の一番不安な点は、そこだった。
赤坂の人脈があればサッカーを希望する人は間違いなく現れるだろう。しかし、彼らはサッカーがやりたいのではなく、赤坂と一緒に楽しくサッカーがしたいのだ。
そこに俺がガチでサッカーをやり始めたら……それこそ、中学時代の二の舞になってしまう。それだけは避けたい。
「どうしたもんかなぁ」
「……お前、急にどうしたんだ?」
考え事をする俺を、落合は訝しげな目で見てくる。
「まぁ、ちょっと、変わりたくなった……みたいな」
言ってから、自分が結構恥ずかしいことを言っているのに気付く。高二になって
「変わりたくなって」って、自分探しに出る大学生くらい滑稽だ。
でも、本心なんだから仕方がない。
「……人間、そう簡単に変われないだろ」
「だから、難しいけど、頑張るんだよ」
「なんだその前向き発言……マジで人が変わったみたいだな」
落合は俺の変化に、少し引いているようだった。まぁ、仮に落合が急に前向きになっていたら自分がどう思うだろうということを考えると、その反応は当然のものだ。
「はぁ……まぁ、どうせ無理だろうけどな」
落合は呆れた顔をして、教室を後にした。多分、購買で何かを買うのだろう。
「無理、か……」
落合の言うことも、わかる。
ずっと教室の隅で縮こまっていた奴が突然やる気を出して人前に立ったって、たかが知れている。小夜ちゃんや赤坂は俺がホームルームで発言をしたことを褒めてくるかも知れないが、言ってしまえば俺は、ただスタートラインに立っただけなのだ。
五時間目。
球技大会で具体的に誰が何の競技をするのかを決める時間。
「じゃあ、取り敢えず赤坂と川内はサッカーだったよな」
実行委員が黒板に『サッカー 赤坂・川内』と記入する。果たして、俺たちに続く者は現れるのか……。
「よっしゃ! 赤坂がやるんなら、俺も行くべ!」
「俺もー」
「俺も俺もー」
すると、赤坂が居る効果か、次々と男子がサッカーをやることを決める。
「白石、名取、角田、柴田な」
実行委員が四人の名前を記入し、サッカーに参加予定の男子は六人となった。俺以外全員、運動部の明るい奴らだ。肩身が狭そうだな……。
「それにしても、六人、か」
球技大会のサッカーは小さなコートを使い、七名の選手で行う予定なので、あと一人が入れば参加可能になる。
「えっと、サッカーが一人足りなくて……」
実行委員は自分が書いた板書を見ながら腕組みしてうんうん唸る。人数の計算をしているのだろう。
そして、実行委員が顔を上げる。
「そうですね。卓球の希望者が六人で少ないので、じゃんけんで負けた人は一人、サッカーに入って下さい」
実行委員の言葉で、卓球の希望者が一箇所に集められる。その全員の表情が、真剣そのもの。俺も基本そういうタイプだから分かるが、陽キャだらけのサッカーに入るのは、文化部の奴らとかにとっては、最悪も最悪だろう。
そして、じゃんけんが行われる。
「じゃん、けん、ぽん!」
なんと勝負は一発で決まった。一人だけパーで、他は全員チョキ。
「……よろしくな、落合」
俺は、たった一人の敗者に声をかける。
「嘘だろ……」
落合は、両手で顔を覆って、普通に落ち込んでいた。
まさか、落合がサッカーのメンバーに入るとは思わなかった。落合が喜んでサッカーを、それも赤坂達と一緒にするなんて、考えられないことだ。
いよいよ不安になってきた。まともに機能するのか? このチームは……。
俺の不安をよそに参加競技の話し合いは割とすぐに終わり、そして、余った時間でそれぞれの競技別に話をする時間が設けられた。
「よし、皆、サッカーやろうぜ!」
集まって早々、赤坂がキメ顔でサムズアップする。
白石、名取、角田、柴田の明るめ四兄弟はそれに「うぇーい!」と反応する。赤坂は円○守だった……?
落合はそんな五人を白けた目で観察していた。俺はというと、緊張してしまって赤坂の隣で固まるばかりだ。取り敢えずこの四人、やる気が無いって訳じゃなさそうだ。いや、赤坂とノリを合わせているだけかもしれないけど。
「さて、皆」
すると、赤坂は咳払いをして、全員の注目を集める。それから、たっぷりと間を置いて、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「やるからには、狙うは優勝だよなぁ?」
そこで俺は、赤坂が一種のノリを作り出そうとしていることが分かった。
狙うは、優勝。
この言葉を口にすることで、赤坂は周囲のやる気を測ろうとしているのだ。そして、全員で優勝に向かう雰囲気を作ろうとしている。
「そりゃ、優勝っしょ」
柴田は、赤坂がしたようにニヤリと笑った。
「優勝かぁ……できっかな」
すると、今度は白石が少し弱気なことを言う。学校の球技大会とはいえ、運動神経の良い奴は沢山居る。だから当然、優勝となると簡単なことではない。
「ふっふっふ……」
白石の発言を聞き、赤坂はわざとらしく笑って、俺と肩を組む。
「どうした赤坂? 女に振られておかしくなったか?」
名取が結構突っ込んだ冗談を言うと、赤坂は「ちげーよ!」と鋭いツッコミを入れる。こういう荒っぽいコミュニケーションは真似出来ないなぁ……。
「実はな。俺は、球技大会のために秘密兵器を用意していたのだぁ!」
「「「「な、なんだってー!?」」」」
赤坂の芝居がかった発言に対し、物凄く素直に驚いてくれる四兄弟。
「千尋ちゃんは中学時代サッカー部! しかも、俺の見立てじゃかなり上手いぞ。俺達と千尋ちゃんが手を組めば、向かうところ敵なしだぜ!」
「……まぁ、一応、サッカーは長いことやってたけど」
赤坂の話に合いの手を入れるようにして、俺は控えめながらサッカー経験者であることをアピールする。
まさか、秘密兵器扱いされるとは驚きである。
もう二年近くサッカーをやってないから、言われるほど活躍出来るような気はしないが……。
「まさか、この前からよく川内と話していたのは……!」
角田がはっとした表情を見せ、思い切り的外れなことを言う。
「その通り! 俺は球技大会の為に策略を練っていた訳よ! ほら、俺って知将だからな!」
赤坂は角田の勘違いに乗っかって「わははは!」と豪快に笑う。
「まぁ、折角だからガチでやってみるか……」
「経験者居るなら、ワンチャンあるよな!」
すると、赤坂の見せたやる気に押されるような形で、チームの皆がサッカーへやる気を出し始めた。
赤坂は本当に場を盛り上げるのが上手いんだなぁ、と関心していると、落合が話し合いを無視してスマートフォンをいじっているのに気付いた。恐らく赤坂たちも気付いてはいるのだが、特に言及をしていない。
とはいえ、落合だってサッカーに参加が決まったのは不本意だろうから、それを責める気にはなれない。中学の時のことを思い出すと、尚更無理やりサッカーをやらせようとする訳にはいかないと思う。
しかし、それでも、何とかならないかなぁと思ってしまうのは、欲張りだろうか。
「ちーくん!」
話し合いがあった日の帰り道、俺は小夜ちゃんに話しかけられた。
「どうかした?」
「えっと、一緒に帰ろうと思って」
一瞬、どうして話しかけてきたのだろうと思ったが、よく考えてみれば、小夜ちゃんが俺に話しかけるのは、特に不自然なことではない。
ただ、ほんの数日前までは考えられなかった、当たり前のように一緒に帰る、というシチュエーションに、俺は軽い緊張を覚えた。
「サッカー、やるんだ」
俺と並んで歩き始めた小夜ちゃんが、こちらを一瞥する。
「まぁ、うん。やってみようかなって」
「言ってくれれば良かったのに。私、本当にびっくりしたんだから」
まぁ、あそこまで動揺しているのを見たら、小夜ちゃんがどれだけ驚いたかは嫌でも分かる。
「まぁ、ちょっと驚かせたくて。……球技大会でサッカーやったから何なんだ、って話なんだけどさ。取り敢えず、思ったことは全部やってみようと思ったんだ」
ただ、思ったことを勢いでやったせいで、色々と問題が見えてきているのだが。
「……うん、そういうの、良いと思う」
小夜ちゃんは俺の顔を見て、今俺の頬を撫でている風よりも柔らかく微笑む。
「失敗したら、どうしよう。つーか、どうなるのかなぁ……」
照れ隠し半分、本音半分で、弱音を吐く。
すると、小夜ちゃんは俺の背中をぽんと叩いてきた。
「失敗しても良いけど、私に隠したり、誤魔化したりしないこと」
先生が生徒に言って聞かせるような口調だった。まぁ、小夜ちゃんの不安は分かる。俺は今まで、中学の頃の失敗をずっと小夜ちゃんに隠して誤魔化していた訳だからな。
「そもそも、もう一回失敗した時点で、何かに挑んでいるという点では成長してるんだよ。きっとそう。うん、絶対そうだよね」
何だか俺以外の誰かにも言い聞かせているような感じで、小夜ちゃんは話す。
何かに挑んだ時点で、成長。
それなら、俺は今日で随分と成長したことになる。それは何とも、気分の良くなる話だ。
しかし、それはそれとして受け入れるとしても、それで満足してはいけないのもまた事実。俺は未だ何も成し遂げてはいないのだから。
「よし、頑張るか!」
とにかく、思いついたこと全部、やってみよう。もしかしたら、俺の努力は全て意味がないものになるかもしれない。それでも、何もしないよりはマシだって、そう信じてみよう。
少なくとも、中学の時と、今は違うのだ。
協力してくれる友達が居る。側で成功を願ってくれる幼馴染が居る。
きっと、大丈夫だ。
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