第37話 好敵手(ライバル)
遊園地は、駅からかなり近い場所にあった。
「懐かしいな……」
ところどころに錆が見られる遊園地のゲートは、記憶よりずっと古びて見える。向こう側にある大きな遊具の数々には、それなりに人だかりがあった。
それにしても、懐かしい。
友達と出掛けるのが久々なら、遊園地に行くのも随分久々だ。
「へぇ、じゃあ、最後に行ったのは?」
そのことを伝えると、赤坂がそんな質問をしてきた。
「そうだな。確か、小学校の時、子ども会で行ったんだっけ。小二だから……うん。小夜ちゃんとか、仲良い友達数人で回ったはず」
特に何も考えず、俺は思い出したことをそのまま口にした。
「……そっか。三条さんと、行ったのか」
赤坂のテンションが見るからに下がったのを見て、俺は、自分が失言をしたことに気付く。
ずっと明るく振る舞ってはいたが、赤坂は、一昨日好きな人に振られたばかりだ。ちょっと高めのテンションも、突然良いことを言い出すのも、それが嘘という訳では無いにしろ、そのショックを誤魔化す意味があるのかもしれない。
「ま、まぁほら、昔のことだから! あの時は身長制限でジェットコースターとか乗れなかったからなぁ! 楽しみだなぁ!」
よせば良いのに、俺は出来の悪い物真似をして、急に明るくなってみる。誰かさんみたいにズンズン進もうとする俺を見て、赤坂は吹き出した。
「よし、楽しむか!」
そして、俺と赤坂は入場の手続きを終え、楽しい遊園地へ一歩踏み出そうと……。
「今日って雨が降るかもなんだってー」
すると、入り口の辺りに居た若い女性が、彼氏と会話するのが聞こえてきた。
「振る……!?」
目を見開いて、さーっと青ざめる赤坂。漢字が違う。
「それにしても、ジェットコースターとかマジで乗るやつの気がしれねないわ」
「なんか恐怖がいい感じに作用するらしいけどなぁ」
次に、そんなカップルの会話が聞こえてくる。
「作用……小夜!?」
またも衝撃を受ける赤坂。そんなアホな。
「あ、赤坂。ちょっと落ち着け」
「だ、大丈夫だ俺は落ち着いてるぞ」
赤坂がそう言ったのもつかの間、向こうからヒーローショーの声が聞こえてくる。
『正義に傾き、斜め上を行く! 斜面ライダー参上!』
「三条……!?」
どうやら、俺が思っていた以上に赤坂は振られたことでダメージを受けていたらしい。少なくとも、耳に入った言葉から勝手に色々と連想してしまうくらいには。
落合としっかり向き合おうと決めた俺だが、正直、こんな状態の落合に追い打ちをかけるようなことはしたくなかった。
「な、なぁ。まず何に乗る?」
俺は取り敢えず、入場の時に貰ったパンフレットを見る。
「……ジェットコースター、行くか。憂鬱な気分をぶっ飛ばすために」
落合はそう言って、ジェットコースター乗り口へと歩き出す。
確かに、ストレス解消にはもってこいのアトラクションである。
「ひゃっほぉぉぉぉぉぉう!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
ジェットコースターの急落下に腹の底から叫ぶ。
「オラァ!」
「腕が……腕がもう……」
どっちがコーヒーカップを早く回せるか勝負する。
「ははははは!」
「滅茶苦茶恥ずかしいんだが……」
互いにメリーゴーラウンドに乗っているところを写真の納め、笑う。
そんな風に、俺と赤坂は、遊園地を普通に楽しんだ。
遊園地って、ある程度成長してから来ても、こんなに楽しいものだったのか。いや、俺が楽しいのは、赤坂が色々盛り上げてくれているからなのかもしれない。
そういうことを考えると、赤坂の周りに人が集まるのが何故なのか、よく分かる。
そして、とうとう赤坂へ話を切り出すタイミングを掴めないまま、夕方になってしまった。
そろそろ、帰る頃合いだろう。時間が無い。
「最後に、観覧車、行くか!」
赤坂が一際目を引く大きなアトラクションを指差す。
「男二人で?」
何となく、観覧車って普通のアトラクションよりカップルで入るイメージが強い。まぁだからって男二人で入っちゃ駄目なんてルールは無いが、少し気が引けた。
「そんなの、今更だろ?」
赤坂はやや強引に観覧車を勧めてきた。もしかして、観覧車が好きだったりするのだろうか。
いや、でもよく考えたら、十数分もの間一箇所に留まる観覧車は、話を切り出すのにぴったりの場所かもしれない。
「……そうだな。じゃあ、行くか」
遊園地で遊んで、赤坂も少しは元気を取り戻した……と、信じたい。人の内面のことだから、正確なことは何も言えないけれど。
とにかく、打ち明けるなら今しかない。
俺は緊張しながら、観覧車に乗り込んだ。
「おー、上がる上がる」
俺たちは向かい合って座り、どんどん小さくなっていく人や街を眺める。その景色は非常に興味深かったが、俺はどうにも集中できない。
すると、赤坂が外を眺めながら、ぽつりと言った。
「なぁ、千尋ちゃん。俺に何か、言いたいこと、あるんじゃねぇの?」
優しくて、穏やかな声色だった。
西日に染まった横顔は、普段の赤坂より、少しだけ大人びて見える。
どうやら、俺が何かを話そうとしていたことを、赤坂は気付いていたらしい。観覧車を勧めたのも、ゆっくり話がしたかったからなのだろう。
「……赤坂」
ここまでお膳立てされて、話さない訳にはいかない。俺は覚悟を決めて、目の前に居る彼の名前を呼ぶ。
「俺、俺さ。ずっと誤魔化してきたけど、本当は……小夜ちゃんのことが、好きなんだ。ずっと、ずっと前から……好きなんだよ」
「知ってる」
赤坂は、俺の言葉を遮るようにして、額を小突いてきた。
頭が真っ白になって、何も言えなくなる。きっと俺は今、酷く間抜けな顔をしていることだろう。
「好きな人と友達のことくらい分かるわ。舐めんな」
自慢気に鼻を鳴らす赤坂。もしかして俺って、自分で思っているより分かりやすい奴なのだろうか。
「えっと、じゃあ、その……」
予想外の事態に俺の頭はこんがらがったままで、言いたいことが沢山あるのに言葉が出てこない。
「言っとくけど俺、三条さんのこと、諦めた訳じゃねぇからな」
落合は腕組みして、観覧車の席に深く座り直す。視界入る外の景色から、随分高度が上がっていることが分かった。
諦めてない。
確かに、告白が失敗したからって諦める必要なんてない。一度駄目だったらお終いなんていうのはギャルゲーだけの話で、何度も告白して成功したなんて話は枚挙に暇がないだろう。
でも、諦めないということは、赤坂の目標を俺が結果的に邪魔することになるかもしれないということだった。
俺は赤坂を前みたいに応援出来ないし、赤坂だって俺を応援出来ない。
友達じゃ、いられない。
「……そっか」
俺は俯いて、赤坂の言葉に相槌を打つ。
すると、赤坂は腕組みを止め、俺の方へ手を差し伸べてきた。
「ああ。だから、これから俺とお前は、ライバルだ。蹴落とすライバルじゃなくて、高めあっていく方のヤツな。好敵手と書いて、ライバルって読む方のヤツ」
そう言ってまた、赤坂は芝居がかった笑みを浮かべる。
「え?」
あまりのことに、俺はきょとんとしてしまう。自分に笑いかけてくれる赤坂も、あまりに高い観覧車から見る景色も、目に映る全てが、およそ現実のものとは思えなかった。
「ほら、握手!」
「え、あ、あぁ……」
言われるがままに、俺は赤坂の手をとる。彼の手はひどく汗ばんでおり、体温がやけに高い。でも、それがかえって目の前に一人の人間が……友達が居るという事実を際立たせてくれた。
「赤坂」
俺が名前を呼ぶと、赤坂は「どうした?」と少し優しげな声を出した。
「ありがとう、赤坂。お前、やっぱり、格好良いよ」
俺の褒め言葉に赤坂は一瞬目を見開くと、顎に手を当てて、かっこつけたポーズをとる。
「だろ?」
背後に信じられないくらい高くから見た景色が見えるその姿は、なんだか妙に様になっていて。
俺は、世界ってこんな広いんだ、と、そう思った。
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