第36話 友達(と、遊園地へ)
小夜ちゃんを家でアルバムを見た次の日。日曜の朝に、俺のスマートフォンの画面には、赤坂からの着信が表示された。
月曜になったら赤坂と話そう、と思っていただけに、俺はこの着信に酷く驚いた。もしかして、いつかのように小夜ちゃんが家に来ていたのを目撃されてしまったのかと不安になったが、俺は覚悟を決め、すぐに通話ボタンを押す。
もう、逃げないと決めたのだ。
「もしもし、赤坂……?」
そして俺は、緊張しながら赤坂を呼んだのだが……。
『今日さ、遊園地に行こうぜ』
電話が繋がるなり、赤坂の第一声がこれだった。
「……遊園地?」
小夜ちゃん絡みの話が来るかと思って身構えていたので、なんだか拍子抜けだ。でも、遊園地ってなんだ?
『いやぁ、その……俺、告白する前にさぁ。願掛け? みたいな感じで、遊園地のペアチケット買ってたんだよね。結構な人に見られてたし知ってると思うけど、俺振られちまったからさ。チケットの使い所が無いわけよ』
どうやら俺の予想は、当たらずとも遠からず、といったところだったようだ。願掛けでペアチケットを……というのは、凄い気合の入れようである。値段だって、相当するだろうに。
「でも……何ていうか、俺で良いのか?」
経緯から言って他の女子を誘うというのは無いとしても、友達なんて幾らでも居そうなものだが。
『千尋ちゃんだから、良いんだろ? ……相談、乗ってもらったから。他の友達に言い辛いこととかも、全部』
赤坂が俺に恩を感じていることを知り、胸が苦しくなる。
遊園地、か。
良い機会なのかもしれない。一昨日の事があって、赤坂とは時間を気にせずゆっくりと話したかった。
「分かった。それじゃあ、ありがたく行かせてもらうことにする」
『ま、振られたショックを忘れるために、パーッと遊ぼうぜ、パーッと!』
俺がその心の傷を抉るかもしれない話を胸に秘めているとも知らずに、明るい声を出す赤坂。
そうして、通話は終わった。するとすぐに『集合場所はここな!』と、マップのスクリーンショットが送られてくる。
俺は部屋着からよそ行き用の比較的新しめの服へ着替えながら、赤坂のことを考えた。
激昂されたら、どうしようか。
いや、自業自得だ。それはもう、どうしようもない。受け入れる以外に選択肢など無いはずだ。
俺は赤坂を、小夜ちゃんを諦めるための道具として利用していた。俺は純粋な善意ではなく、理由があって赤坂を応援したのだ。そして赤坂は、それによって俺に感謝している。
そう考えれば、元からおかしな関係だったのだ。嫌われても仕方がない。そうだ、
いっそ嫌われてしまえば……。
「いや……そうじゃないだろ」
シャツのボタンをかけながら、俺はさっきまでの自分の思考を否定する。
これじゃあ、今までと同じじゃないか。
諦めるためのそれらしい理由を探して、逃げて……それじゃあ、駄目なんだ。俺だって赤坂だって、喧嘩別れみたいになったら、嫌な思いをするに決まってる。
自分がまだ赤坂と仲良くしたいと思っていることを、俺は認めるべきだ。口先だけで諦めて、放置するのがその人の為なんて体の良い言い訳をする自分を、俺は許さない。
駅前にある時計の前で突っ立って、赤坂を待つ。
考えてみれば、友達と出掛けるのなんて、いつぶりだろうか。出来れば、もっと気軽な気持ちで楽しみたかったものだ。
「おー、千尋ちゃん、待った?」
すると、赤坂がこちらへ駆けてきた。急いで移動したようで、額にはじんわりと汗が滲んている。
「いや、別に……」
待ってないよ、と言いかけて、なんかデートの王道の台詞みたいだと思って止めた。赤坂は特に
「なら良かった。……千尋ちゃん、めっちゃイメチェンしてるじゃん。最初誰かと思った」
赤坂は自分の髪を指差し、白い歯を見せて笑う。
「あ、あぁ……。まぁ、何となく短くしたくなって」
「良いと思うぜ。前より、目がよく見えそうだし。よし、行くか!」
赤坂は俺の顔をひとしきり観察した後、迷いのない足取りで駅へ向かう。イメチェンなんて大層なもののつもりはないが、少なくとも悪い印象は与えなかったようなので一安心だ。
普段遊びに出たりしないこともあって、正直俺は遊園地に着くためこの駅から上り下りのどちらに乗れば良いのかさえよく分からなかった。なので、赤坂がズンズン進んでくれるのは頼もしい。
その背中を見ながら、俺は、いつ話を切り出したものか考える。
電車での移動時間? それとも、遊園地での待ち時間?
考えが纏まらないうちに、電車に乗り込む。
「……千尋ちゃん、どうしたん?」
赤坂が俺の顔を見て、不思議そうに首を傾げる。しまった。ずっと黙っていたから、妙に思われたかもしれない。
「えっと、その、友達と出掛けるのとか、久々だから、緊張してるっていうか……」
俺は若干しどろもどろになりながらも、赤坂を誤魔化そうとする。
頭では分かっているが、どうしても俺には逃げグセがついてしまっているらしい。
「へぇ、久々なんだ」
赤坂は俺の言葉を疑った様子もなく、素直に相槌を打ってくれた。
「まぁ、ほら、俺、友達少ないし」
「何かクラスの……そう、落合とよく話してるじゃん」
「アイツは、うーん、友達と言って良いのかな」
仲は悪くないはずなのだが「友達」と言ったら、また鼻で笑われてしまうような気がする。頭に落合の特徴的な笑い方が浮かんで、俺は思わず苦笑してしまった。
「その笑い方は、友達が話題に出た時のヤツじゃね?」
「……そうかな」
言われてみると、そうかもしれない。
自信満々に言われるせいか、なんていうか、赤坂の言葉って、妙な説得力がある気がするんだよなぁ。
「まぁ、陰キャだから友達の定義すらよく分からなくなっちまったんだな、きっと」
「陰キャ、ねぇ……」
何か引っ掛かることがあったのか、赤坂は意味深に俺の言葉を繰り返す。
「?」
「正直言うと、俺、千尋ちゃんとこうやって話すまで、教室の隅にいるヤツって、つまんねぇんだろうなぁ、って思ってた」
赤坂は車窓から過ぎ去ってゆく景色を眺める。錆びた看板には、駅前で売っている銘菓のイラストが描かれていた。
「暗いし、おどおどしてるし、印象に残らない感じがして……話したことも無いのに、おかしいよな」
「いや……なんか、ちょっと分かる気がする」
多分、俺のこの感情は赤坂と違って、同族嫌悪が多分に含まれたものだろうけれど。でも、暗い奴を見下すのって、よくあることだ。悲しいけれど、確かにある。
「でも、話してみたら、別に普通じゃん。全然普通に話せるし、友達にもなれるし。相談にも乗ってもらえるし、さ」
しかし、赤坂は自分の間違いを恥じるように俺に笑いかける。
俺は、自分が少し前まで赤坂を苦手に感じていたことを思い出す。それが、こうやって二人で遊園地に行こうとしているのだから、めぐり合わせというのは不思議だ。
話してみたら普通じゃん、か……。
「だからまぁ、千尋ちゃんと友達になれて、良かったわ」
赤坂はいつもの芝居がかった調子で、平然と恥ずかしいことを言う。
『次は、日辻山―』
すると、電車が目的地に着いた。
「よっし! じゃあ行くか」
赤坂は膝を叩いて勢いよく立ち上がる。
……結局、話をしそびれてしまった。こんな風に言ってくれる赤坂へ、俺は、どんな風に話を切り出せば良いのだろうか。
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