第30話 独白③(夢見る少年の場合)

 自分で言うのもなんだが、俺は小学校の時、クラスに一人は居るような、すごく器用なやつだった。

 勉強も出来たし、足も速くて、ゲームで負けることも無かった。そして、人気者だった。今の俺を見たら、こんな話、信じる人は少ないかもしれないけど、本当にそうだったのだ。


 自分が何でも出来るのだと信じていたあの頃の俺は、小夜ちゃんと約束した通り、本気でサッカー選手を目指していた。


 近所でやっていたサッカー教室に入り、俺はそこでも他の追随を許さない程に活躍する。ドリブルもシュートもトラップも、俺はチームの誰より上手かった。


 小学六年生になった俺は、エースとして地区大会で優勝した。単身赴任で家を離れていた父が、決勝にわざわざ応援しに来てくれたのを、よく覚えている。

 サッカーが本当に楽しくて、勝っても負けてもワクワクして、あぁ、やっぱり俺ってサッカー選手向いてるんじゃないか、そんな風に思える時間だった。



 でも、上手くいっていたのは、そこまでだった。



 中学に上がる時、学区の関係で、俺は友達の殆どと違った中学校に進学しなければならなかった。


 そして、俺が新たな友達を得る場所として選んだのが、サッカー部だったのだ。その時になっても俺は小夜ちゃんとの約束をしっかり覚えていて、サッカー選手になりたいという想いをずっと胸中に秘めたままだった。


 正直言うと、遠くの練習場でプレイをしているクラブチームに入りたかったが、父が単身赴任で、たった一人で働きながら家事もしている母さんに毎日の送迎を頼むのは躊躇われた。


 それでも俺は自分の才能を信じて、このサッカー部で大いに飛躍するんだと、そう思っていたのだ。


「一年の川内 千尋です! 目標は、全国大会出場です!」


 だから、自己紹介でそう言った時、部員全員からむず痒そうな笑いが出た時、俺は「何かがおかしい」と思った。


 入部してから分かったことだが、俺の通っていた中学のサッカー部は、全く真面目に練習をしていなかったのだ。皆、サッカーを楽しむ為に部活に入った人たちで、俺とは意識が全く違っていた。


「ほら、筋トレしよう!」


 俺が呼びかけると、先輩は「お前は真面目だなぁ」と言って、ふざけながら適当にトレーニングをこなす。


 練習試合や公式戦では当然のように連敗。しかし、それでも皆、へらへらして「惜しかったよ」「次は勝てるって」と傷の舐め合いをしていた。


 そんなぬるま湯につかるような一年を経て、中学二年生になった頃、俺の中に、強い焦りの感情が生まれた。


 このままじゃ、サッカー選手になんてなれやしない。


 俺が活躍できないのは、不真面目なあいつらのせいだ。


 あいつらのせいで、小夜ちゃんとの約束が、果たせないじゃないか。


「ほら! 筋トレするぞ!」


 部を変えなければならない。そういった使命感を持って、俺は必死にメニューを考え、皆に提案した。そしてその全てに自分から率先して取り組み、誰よりも長く練習をした。


「どうして出来ないんだ!」


 俺は皆の成長を願って、駄目なところや、間違っているところを容赦なく指摘した。その上で「俺におかしいところがあったら、幾らでも指摘してくれ」と皆に繰り返し告げた。

 誰も何も言ってこなかったから、やっぱり自分は正しいのだと、あの頃、俺はそんな勘違いをしていたのである。


 そして、突然。


 皆、部活に来なくなった。


 なんの前触れもなかった。いや、あったのだ。俺が見落としていただけで、前触れは確かにあった。しかし、その当時の俺は、何も分からなかった。どうして彼らがサッカー部に来ないのか、全く分からなかったのである。


「もう、お前にはついていけない」


「別に俺たちは、本気でサッカーがやりたい訳じゃねぇんだよ。ただ、サッカー部で青春したかっただけなんだ」


「お前、偉そうなんだよ。何様のつもりだ!」


 理由を問いただすと、サッカー部員たちは、俺に対しこんなようなことを言った。顧問の先生に相談すると「部員たちの気持ちも汲んでやれ」と諭された。


 俺はそこまで言われてようやく、自分が一人ぼっちになってしまったことを知った。自分に着いてきてくれる人間など、誰も居ないのだということを知ったのだ。


 ここで挫折し、夢を諦め、部活を辞めるとか、皆と同じように適当に部活をするとか、そんな道を選ぶことが出来たならば、話はもう少し単純だったのかもしれない。


「……一人でも、やってやる!」


 しかし、俺はそうはならなかった。


 俺は自分が悪いとは全く考えず、ひたすら一人での練習を続けたのだ。親には黙って、家から少し離れた広い公園でずっと練習をする日々。


 サッカーの解説動画などをスマートフォンで見て、一人で可能な練習を全部やった。きっと母さんは、俺が毎日遅くまで仲間と部活動に勤しんでいると思っていただろう。その実、俺は一人ぼっちだった。


 サッカー部に所属してはいたが、俺が部活に行かない日々が過ぎていけばいくほど、他の部員との溝は深まるばかりだった。クラスでも『浮いてる奴』扱いされて、俺の孤独は加速していった。


「やるんだ、俺は、やるんだ……」


 それでも俺は、練習を止めなかった。もっと実力をつければ、皆認めてくれると思っていた。

 サッカー部の連中よりも遥かに上手くなって、皆を見返して……。そんなことばかりを考える。


 そして、約束を果たすんだ。サッカー選手になって、小夜ちゃんを迎えに行くんだ。絶対大丈夫。俺は大丈夫だ。一人だって大丈夫なんだ。群れて俺を馬鹿にしているような奴らが最も愚かなんだ。どうして誰も分かってくれないんだよ。


 心のどこかで、俺は、自分がおかしいことに気付いていた。


 でも、認めたくなかったのだ。


 自分の幼い夢が、大好きな子との約束が、まるで呪いのように自らを縛って、苦しめているという事実を、認めたくなかった。


「大丈夫、大丈夫だ」


 自分にそう言い聞かせ、ひたすら練習、練習、練習……。


 そして、三年生になった春。

 俺は、顧問の先生に頼み、サッカー部に復帰した。


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