第28話 宮町は何処(お宅訪問)
「もうすぐ球技大会だから、出場種目、考えておいてね!」
ホームルームで、クラスの女子が壇上に立ってそんなことを言っていた。そういえば、もうそんな季節か。
「何するー?」
「バレーボールすっぺ」
「俺、卓球かなぁ」
クラスの奴らが、わいわいがやがやと各々の希望を口にする。
俺は去年、落合とか地味な男子と卓球をして、適当に一回戦負けした後、延々と校庭の隅でネットサーフィンしていた。
「サッカーはどうよ」
男子たちの会話から、サッカー、という単語が聞こえて、俺は反射的にびくりとする。
「サッカー? 滅茶苦茶走るし、ナシだろ、ナシ」
「それなー。分かるわ」
どうやら、会話の流れ的にうちのクラスではサッカーはやらないらしい。良かった。これで人数調整により俺が出場、なんてことになったら最悪だからな。
それにしても、球技大会か……。
「どうするかなぁ……」
俺は頬杖をついて、小夜ちゃんの方をちらと見た。
「三条さんは何かやりたいのある?」
「うーん。迷っちゃうから、皆がやりたいやつにしようかな」
小夜ちゃんは、昨日泣いていたのが嘘みたいに、友達と笑顔で会話をしている。さっき話した赤坂も、いつも通りのテンションだった。
でも、だからって、二人が何も気にしていないなんてことは無いのだろう。ただ、上手に隠しているだけで、きっと俺なんかよりずっと、真剣に悩んでいる。
「どうするかなぁ……」
俺は同じ言葉を、全く違う意味で、小さく繰り返した。
「そうだ」
俺が思い立ったのは、放課後、帰るために廊下を歩いている時だった。
すっかり忘れていたが、恋愛相談、それも特に告白をしたりされたりといった問題が得意そうな知り合いが、居るじゃないか。
「宮町……!」
彼氏を取っ替え引っ替えしていたという彼女ならば、何か妙案を出してくれるのではないだろうか。
俺は行く方向を変え、階段を登って三階に行った。宮町の行動というのはどうしても読めないところがあるから、直接合うのが一番である。
「……あれ」
そういえば、宮町って、何組だっけ。
俺と宮町が会う時っていうのは尽く、あっちから来るパターンだった。だから、俺は宮町がどのクラスで、普段どこに居るとか、そういうことを全く知らなかったのだ。
仕方がないので、一つずつ教室を覗いてみる。しかし、どのクラスにも宮町の姿は無かった。
「仕方ないか」
俺は宮町を探すことを諦め、彼女へ携帯でメッセージを送ることにした。
『話したいことがあるのですが、どこにいますか』
打ち込んでから、どうして敬語なんだろうと自分で思う。しかし、こういうSNSでのやり取りって、どういう口調ですれば良いのか分からないんだよなぁ。
とにかく俺はそうしたメッセージを送ってしばらく待ってみたのだが、宮町から返信は無かった。普段ならそれでも良いのだが、今日に限っては、出来るだけ早くに話をしたい。
「うーむ……」
教室に居ないということは、宮町は一体どこに居るのだろうか。
「ほら、早く部活行こう!」
考えながら歩いていると、バトミントンの羽入れを背負った女子とすれ違う。
そうか。
どの教室にも居ないのなら、部活に行っていると考えるのが自然かもしれない。即帰ったという線もなくはないが、メッセージの返信が無いことから、部活で何かをしている可能性の方が高そうだ。
じゃあ美術室に行こう、と思ってから、俺は立ち止まる。
「そういえば」
アイツ、四つの部活に入ってなかったっけ……。
「あ、あの、すいません」
俺は取り敢えず、美術室へ向かった。扉を開けると、数人の女子がキャンパスに向かっている。
「入部希望者?」
すると、奥にいる黒髪の女子が立ち上がり、こちらに歩いてきた。
「あ、いえ。その……宮町って居ます?」
「宮町さん?」
その女子は、宮町の名前を聞いて、きょとんとした顔をする。
「あ、居ないですか。すいません」
俺が頭を下げると、黒髪の女子は困ったように笑う。
「あの子、あんまり部活に来ないから」
そして、絵を描いていた他の部員も、口々に宮町のことを話し出す。
「折角上手いのにねー」
「もっとちゃんとやれば良いのに」
「宮町さんと知り合いなら、言ってやってください」
彼女らの口調は、宮町が来ないことを責めるというよりは、才能が埋没することを惜しんでいるようなものだった。
「……一応、言っときます。それじゃあ、失礼しました」
とにかく宮町が居ないことは分かったので、俺は美術室を後にする。
そうなると、次に近いのは放送室だろうか。
階段を下り、職員室の隣にある放送室へ足を運ぶ。
「すいません、宮町さんって居ますか」
扉を開け、中にそう呼びかけると、放送部員たちは一斉にこちらを見た。
「申し訳ないけど、見ていないなぁ」
ヘッドフォンを外して、部員のうち一人が返事をしてくれる。
どうやら放送室の中では、ラジオか何かの録音が行われていたらしい。考えなしで扉を開けたのは、良くなかった。
「失礼しました」
扉を閉めようとすると、一人の部員が言う。
「もし宮町と会うなら、ドラマの撮影があるから来れないか、って聞いといてくれ」
「……はい」
そして俺は、放送室の扉を閉じた。
何だか嫌な予感がするが、このままテニスコートに行ってしまおう。
テニスコートへ行くと、赤坂が練習しているのが見えた。爽やかな汗を流す姿は、同性の俺からも魅力的に思われる。まぁでも、それと付き合う付き合わないは別問題だが。小夜ちゃんも、きっとそうなのだろう。
「おーい!」
すると、俺の姿に気付いた赤坂が、こちらを向いて手をブンブンと振る。俺も軽く手を振ってそれに応じた。
「宮町って居るかー?」
ネットの外から俺が赤坂へ話しかけると、数人の男子部員がこちらを見る。
「居ないけどー! 理沙ちゃん、全然来ねぇもん!」
「そうかー! すまん!」
何となくそんな気がしていたが、宮町はテニスコートにも居なかった。ならば、残るは写真部だが……。
「写真部って、普段どこで活動してるんだ……?」
行事の時には物凄く活躍しているイメージがある写真部だが、普段何をしているのかは、よく分からない。それどころか、活動場所さえ不透明だ。
どうしようかと考えていたら、一眼レフカメラを持った女子が花壇の前に立っていた。リボンの色から、一年生だということが分かる。やわらかい風に、三編みがふわりと揺れた。
「あの、もしかして、写真部の……?」
俺が話しかけると、その女子は「はい、写真部ですけど……」と不思議そうな顔をする。大方そうだろうとは思っていたが、ちゃんと写真部で良かった。
「あの、宮町って今日写真部に来てる?」
「あぁ、理沙ちゃんなら、写真部には来ないですよ」
即答だった。
今までの部員の対応からすると、宮町は入った四つの部活のうち、写真部にはあまり来ていないらしい。
……じゃあ、何で入ったんだよ。
それにしても、結局宮町はどこの部活にも居ないということが判明したが、これは帰ったということなのだろうか。
俺が考えていると、写真部の子が困り顔をして、何かを言いたそうな仕草を見せる。
「?」
「あの、私、同じクラスなんですけど……理沙ちゃんは今日、サボりなので、学校のどこにも居ないです」
彼女がそう告げた瞬間、俺の携帯が震えて、画面にメッセージが表示される。
『家に居ます♡』
それは明らかに、宮町からの返信だった。
「そういうことか……」
帰ったどころか一度も学校に来ていなかったとは、全く考えもしないうことだった。しかし言われてみれば、納得である。
「何か理沙ちゃんに御用でしたか?」
「あぁ、まぁ……」
写真部の子に聞かれて、俺は頷く。すると彼女は自分の持っていた鞄からクリアファイルを取り出した。
「あの、もし理沙ちゃんのお家に行くなら、このプリント渡してくれませんか? 先生から頼まれたんですけど、私、大会前の追い込みで忙しくて……」
「へ?」
「あ、ご迷惑だったら、全然良いんですけど」
「えっと……」
俺は目の前に差し出されたクリアファイルをじっと見つめる。
単純に宮町の家へ行くのは少し躊躇われるが、物を届けるという他の理由があれば、行けるような気がする。
「それじゃあ、これは預かるよ」
「ありがとうございます! 彼氏さん」
俺はクリアファイルを受け取って、校門へと向かおうと……。
「彼氏さん?」
「違うんですか?」
「……いや、まぁ、それで良いや」
否定するのが面倒なので、俺はそのまま、今度こそ校門へ向かった。
そして、校門の前に立ち、俺は気付く。
「よく考えたら、宮町の家ってどこだ?」
何も考えず引き受けてしまったが、俺は宮町がどこに住んでいるのか全く知らなかった。多分ファイルを渡してくれたあの子は、俺が宮町の彼氏だと勘違いしていたから家の場所も当然知っているものだと考えたのだろう。
宮町に家の場所を聞くのも何だかアレだからなぁ……。
『用があるから、どこかで会えないか?』
数分考えた結果、俺が宮町に送ったメッセージは、こうした内容だった。家を聞くのが躊躇われるなら、宮町自身を動かせば良いのである。
『じゃあ、家来てください』
そんな俺の考えに反し、宮町の返信はこうしたものだった。そのメッセージの下には、ピンが刺されたマップが表示されている。
まぁ、教えてくれるなら、別にそれでも良いのだが。
『女子に家の場所を聞くなんて大胆ですね。実は今日、家には誰も居ないんですよ♡』
『そっちが教えてきたんだろうが』
申し訳程度にツッコミを入れて、俺は携帯をポケットにしまう。
マップによれば、宮町の家は学校から割と近かった。そこまで複雑な道では無いので、マップをよく見るまでもなく、結構簡単に辿り着くだろう。
そして俺は十数分歩いて、目的地に辿り着いた。
その家には『宮町』という表札があり、ここが宮町 理沙の家であるということがほぼ間違いないことが分かる。
「……え?」
しかし俺は、その家を見てひどく驚いてしまった。
その建物は、海外セレブが住んでいるような、豪邸だったのだ。
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