第27話 独白➁(三条 小夜の場合)
私にとって、ちーくんは全てだった。
小さい頃、私は、引っ込み思案で、怖がりな子どもだった。おばけが怖くて、確か、小学五年生くらいまで一人でトイレに行けなかった記憶がある。
でも、やっぱり今でも、おばけって怖いよ。いつまでも、怖い。分からないものっていうのは、全部怖い。
そんな私にとっての希望が、ちーくんだったのだ。
ちーくんは、好奇心の塊みたいな男の子だった。まぁ、あれくらいの年齢の男の子っていうのは、誰でもそうなのかも知れないけど、とにかく、物怖じしないその姿は、私にとってひどく眩しかったのだ。
ちーくんと、色々なところへ行った。小学校の学区ギリギリまで、色々な公園や、建物を探検した。ちーくんと、色々なことを話した。お母さんやお父さんとは出来ないようなお喋りは、本当に新鮮だった。
小学二年生の、あの時。多分、私の半分は両親、半分はちーくんで出来ていたと思う。間違いなくそう思える程、私とちーくんは仲良しだったのだ。
だから、転校が決まった時、私は半身をもがれるような気持ちだった。私はちーくんを失って、どうやって生きていくんだろうって、そう思った。
でも、ちーくんは最後の最後、別れ際にも、私に希望をくれた。
「さよちゃん、けっこんしよう」
結婚。
夫婦になること。
消えない絆を持って、ずっと一緒にいること。
現実はどうあれ、小学二年生の私の結婚に対する解釈というのは、そういったものだった。
「うん、いーよ。さよ、ちーくんすき」
そう言いながら、私は思ったのだ。
あぁ、大丈夫なんだ。目の前に居る彼だけは、心から信じて良いんだ。
そして、ちーくんに勇気を貰った私は、新しい学校で、今まで出来なかったことをしてみようと考えた。
何でもやってみて、そして、いつも一生懸命なちーくんに並び立てるように。挑戦というやつを、してみたくなったのだ。
そうした私の挑戦は、現在までに料理や運動、ファッションなど色々なものがあるが、その中で一番初めにやったのが、友達を作る、ということだった。
きっと大丈夫。ちーくんとだって、仲良くなれたんだから。そう自分に言い聞かせて、私は転校初日。今まででは考えられないほど明るく、ニコっと笑って自己紹介をした。
効果はテキメンだった。新しい学校の皆は私を受け入れてくれて、沢山の友達が出来たのだ。私は小学四年生まで、その学校で幸せに過ごした。本当に楽しかった。ちーくんのことを、少しの間忘れてしまうくらい、楽しかった。
「小夜ちゃんのことが、好きだ!」
しかし、私の楽しかった学校生活は、一つの告白によって、何の悪意もない、誰も悪くない事件によって、滅茶苦茶になってしまう。
明るい男子だった。運が悪かったのは、その男子が、クラスでもトップカーストの女子の想い人だったことだ。その男子の告白を断ったことによって、私はその女子と気不味くなってしまった。
そして、その女子の友達とも気不味くなる。そうすると友達の友達とも気不味くなり、友達の友達の友達の……。
「小夜ちゃんって、私たちとは違うもんね。可愛いからって、チョーシ乗ってるっていうか」
いじめられるとか、そういうことは無かった。
でも、何だか「皆と違う」みたいな、そういう目を向けられるようになってしまったのだ。自分の顔立ちが整っているという自覚が生まれ始めたのも、この頃だった。
「あ、あの、サヤカちゃん……」
「今日は、小夜ちゃんじゃない子と遊ぶから」
「……そっか」
少し前まで友達として笑い合っていた人に避けられるという経験をして、私は、すっかり人が怖くなってしまった。しかも、何度も転校したことによって、私は、そういったことがどの学校でも、誰の身にでも起こりうることを知った。
おばけよりも、何よりも、人の方がずっとよく分からなくて怖いということに私は気付いたのだ。
転校を繰り返すにつれて、私はどんどん友達を作るのが上手くなって、それと同時に、表面上の付き合いをするのが上手くなった。次第に、寂しさが風船のように膨らんで、心の中で破裂しそうになっていった。
そして、そんな時。
私の心を支えてくれたのが、ちーくんだった。
誰も信じられない世界で、私に唯一残された絆が、ちーくんだったのだ。あの約束だけが、人生の道標だった。
そうだ。他の誰も信じられないなら、ちーくんだけを信じればいい。
他は表面上の付き合いで済ませて、大丈夫だ。だって、ちーくんはきっと、私を迎えに来てくれる。私とちーくんは、心の奥深くで繋がっている。そうに違いない。
「私には、幼馴染が居てね……」
その頃には、私は、自分の幼馴染という存在を、周りに隠さなくなった。それどころか、積極的に話して、周りに聞かせるようになった。
周りにちーくんの話をすると、すごく気が楽になった。「私は好きな人がいるから、貴方たちの告白は受け付けないよ」という、男子へのメッセージになったから。その上ちーくんの話は、「私は貴方の好きな人を取らないよ」という、女子へのメッセージにもなった。
そして、周りに話すうち、私の中にあった未来のちーくん像は、どんどん美化されていった。最終的には、ちーくんは白馬の王子様も裸足で逃げ出すような究極生命体ということになってしまったのだ。
思ってみれば、転校初日に私が今のちーくんを見て叫んでしまったのは、失礼極まりない態度だった。けれど、私の夢想していたちーくんと現実との落差は、本当に凄まじいものだったのだ。それこそ、思わず叫んでしまうくらいには。
そうして、ちーくんとの再会により私は、寄る辺を失ってしまった。
私を貫いて、真っ直ぐ立たせてくれていた芯が、ぽっきりと折れてしまったのだ。
そうすると、私の中に残ったのは、ちーくんに好かれる為に鍛えた技能と、それなりのコミュニケーション能力。そして……他人への恐怖だけだった。
ちーくんさえ居れば良いと、今まで本気で思ってきたのに。
ちーくんが居なくなってしまったら、私の心には誰も残らないのだ。
怖い。
誰も本当の私を見てくれない。当然だ。だって、私が隠しているんだから。でも、本当の私なんて見たら、皆幻滅するに違いない。本当の私は、怖がりで、嫉妬深くて、面倒で……。
ちーくんと別れた後、私は公園のベンチに座った。こんなところにベンチがあるんだ、と思う。彼と私が遊んでいた時には、この公園にベンチなんて無かったはず。
私は自分の頬がじっとりと濡れているのを、ハンカチで拭いた。
泣くつもりなんて、無かったのに。
ちーくんはもう、私の味方じゃなかった。そんなの分かりきっていることだったのに。彼は何度も私に「自分のことは忘れてくれ」と言っていたのに。
それでも私は、自分が本当に孤独だということを知って、泣いてしまったのだ。
もう、本当の私を分かってくれて、守ってくれるような人は居ない。
そうだ。私は、一人で立たなければならないのだ。誰の支えも無しに、頑張らなければならない。でも、それが過去に縛られず、普通に生きるということなのかも。
「……泣いてる場合じゃ、ない!」
私は自分の頬を叩き、ベンチから立ち上がる。
もう噂は、流れてしまった。どうしようもない。きっと近いうち、赤坂君は私に告白してくるのだろう。
人と向き合うのは、怖い。本当に怖いけど……でも、もう私は逃げられないんだ。
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