第24話 ラブコメ(話が好きなだけだから)
「どうも先輩! 暇ですか? 暇ですよね!」
放課後に帰り支度をしていると、宮町が教室に現れた。相変わらずの決めつけである。まぁ、もう慣れたから、今更驚いたりはしないが。
「一応、予定はあるけど」
鞄を閉じて、俺は宮町の方を向く。これは決して強がりではなく、俺は今日、大切な予定があったのだ。
「先約があっきー先輩だったら問答無用で着いていきますけど」
この前のことを思い出したのか、宮町はそんなことを言い出す。
「いや、別に先約が居るとかじゃない」
「それじゃあ、一体何の用事ですか?」
髪をさらりと揺らし小首を傾げる宮町。
普通に説明したら絶対着いてくるよなコイツ……。
「えっと……」
実は、用事というのは本屋に行くことだった。今日は俺の好きな漫画の発売日だったのだ。
その漫画というのが、表紙に可愛い女の子が描かれているラブコメもの。自信を持って面白いと言える作品なんだが、宮町に買っているところを見られるのは、嫌だ。まぁ、宮町に限らず誰にも見られたくないのだが。
別に後ろめたいことなど無いし、宮町にそのことについてどう思われようと関係無いのだが、それでも隠したいと思ってしまうこの気持ちは何なんだろう。
「言いづらいようなら、無理にとは言いませんけど」
そう言いながらも、宮町はしゅんとする。そして、こちらをチラチラと見てきた。明らかにわざとらしい仕草。
面倒だなぁ……。
「……ただ、本屋に行くだけだよ」
「ちょろ」
別にお前の演技に絆されたんじゃなく、面倒だから言っただけだけどな。でも、結果的に用事を教えてしまっているんだから、確かに俺はちょろいのかもしれない。
「とにかくそういう用事があるから、じゃあな」
「先輩が本屋デートをご所望とあらば、仕方がありませんね」
別れの挨拶をしたはずなのに、宮町は当然の如く着いてくる。
「……人の話を聞け」
振り返って、宮町を軽く睨んでやる。しかし彼女は俺の視線を別段気にした様子も
なかった。
「何でそんなに嫌がるんです? 私のこと嫌いですか?」
「いや、そうじゃなくて」
「否定するってことは好きなんですね。私も好きです。さぁ、付き合いましょう!」
もの凄く適当なテンションで告白してきやがった。やっぱりお前、別に俺のこと好きじゃないだろ。
「……仮に恋人でも、一人で居たい時ってのはあるんじゃないか?」
好きと言っても嫌いと言っても面倒そうなので、一般論を説いてみる。恋人どころか、長年連れ添った夫婦だって、常に一緒という訳にはいかないだろう。
「つまり、ちぃ先輩は本屋へ私に知られたくないような本を買いに行くと」
「まぁ、言ってしまえば、そうだな」
何だか言い方が引っかかるが、間違ったことは言ってないので同意する。変な誤解をして着いてくるのを止めてくれれば、尚良し。
「まぁ、ちぃ先輩も男の子ですからね。私はそーゆーのに理解はある方ですよ。何なら一緒に選んであげましょうか?」
「何だその高度なプレイは……」
男友達でもそんなことそうそうしないんじゃないか? 知らないけど。
「ま、制服でエッチな本を買いに行くとは思ってないですけど。もう本屋に行くって吐いちゃったんですから、今更何を買うにしたって一緒ですよ。言っちゃいましょう。楽になりますよ」
肩をポンポンと叩いて、俺が買うものを話すよう促してくる宮町。まぁ、エッチな本にも理解を示す宮町だ。それに比べたら別にラブコメ漫画くらい、引かれることもないか……。
「分かったよ。ただちょっと……ラブコメの漫画を買うだけだって。それを言うのが何か嫌だっただけだ」
「なぁんだ。そんなことですか。どうしてオタク属性を持っている人って、好きなものを隠そうとするんですかね? 悪いことをしてる訳でもないのに、堂々としていれば良いじゃないですか」
まぁ、オタク属性を持っている人が皆それをひた隠しにしているかと言えばそうではないし、最近は赤坂みたいなクラスの中心人物でさえ漫画を普通に読んでいたりするから、隠すのは妙なのかも知れない。
でも、そうした論理を抜きにしても、俺が今から買う漫画のような、可愛い女の子が出てきてちょっとエッチな感じの漫画を買うのがバレるのは、何ならただのエッチな本を買うのがバレるよりも場合によってはキツいかもしれない。
それにあの漫画は、内容が内容だし……。
「それじゃあ、行きましょう。私も丁度、本でも買おうと思っていたところなんです。嘘ですけど」
宮町はいつにも増して適当なことを言って、やっぱり当然のように着いてこようとする。
「なんか、もう、良いや……」
俺は諦めて、宮町と一緒に本屋へ行くことを決めた。
歩き出すと、宮町は隣で鼻歌を歌いはじめる。流行りのポップ・ミュージック。確か、なんかのコマーシャルに使われていたような。自動車か、携帯電話か……。
「で、結局、そのラブコメ漫画っていうのはどういうヤツなんですか?」
すると、昇降口を出た辺りで、宮町が聞いてくる。
「そういうことを話すのが嫌だから隠してたって言ってんのに、どうしてグイグイ質問するんだお前は……」
「好きな人の好きなものを知りたいと思うのは、普通のことだと思いますが」
言われて、ちらと隣を見る。宮町の横顔は、平然としたものだった。よく照れもなくそんな台詞を言えるものである。
すると、宮町もまたこちらを向いて、そして、にやりと挑発的に笑う。
「それに、これくらい強引じゃないと、先輩のような駄目人間さんたちは、テリトリーに入れてくれませんよね?」
「……それは、確かに」
宮町の言葉に、俺はとても納得した。
人を恐れ、逃げ癖のついた駄目人間を口説くのに、ひたすら強引に行くというのは理にかなった判断かもしれない。
きっと宮町は、中学時代に彼氏を取っ替え引っ替えしながら、駄目人間を口説くのに最も良い手段を習得したのだろう。
「ってことで、先輩の好みを知るためにも、どんな漫画なのか教えていただきたいものですね」
「……一応言っておくけど、俺は話が面白いから買っているのであって、ヒロインがそのまま俺の好みとかそういうんじゃないからな」
「あーもうそういう長ったらしい注釈は良いですって」
やれやれといったジェスチャーをする宮町。
「……引くなよ?」
言うとなったら少し不安になったので、無意味とは思いつつ確認をしてみる。
「今更私がちぃ先輩にドン引きすると思いますか?」
宮町は芝居がかったように自分の髪を撫で、舐められたものですね、とでも言いたげだ。
そこまで言うなら、話してやろうじゃないか。
「……幼馴染がメインヒロインの、甘々なラブコメなんだけど」
「うわぁ」
宮町は後ずさりして、俺から離れる。
「だから話したくないって言っただろ!」
「いや、それは流石に予想外だったというか……私はそれを聞いてどう反応すれば良いんですか?」
「言っとくけど、聞きたがったのはお前だからな?」
強引に聞き出し、勝手にドン引きする。
あまりに酷い仕打ちだ。まぁ、正直こんな反応されるんじゃないかとは思っていたけれど。
「何ていうか『○○ちゃんは俺の嫁! ブヒブヒ』みたいなのより遥か上のレベルの現実逃避を見せつけられてるような気がして、ちょっと心臓がきゅっとなりました」
自分の胸に手を当てる宮町。正直、俺も幼馴染モノの漫画を自分が読んでいるのはどうなんだろうと思うことはあるが、やっぱり客観的に見ても、なんか、こう……アレだよな。
「まぁ、言ったのも聞いたのも後悔したところで、着いたぞ」
俺の話にダメージを受けたのか、宮町が思い切り本屋をスルーして先へ行こうとしていたので、声を掛けてやる。
「そうですね。気を取り直しましょう。ここは、後輩がメインヒロインの漫画を調査してですね……」
宮町はよく分からない方向にやる気出して、いそいそと本屋へ入っていく。
「一応言っておくが、幼馴染がメインヒロインだからその漫画が好きなんじゃなくて、好きな漫画のメインヒロインが幼馴染だっただけだ」
俺は全くの事実なのに恐らく言い訳にしか聞こえないであろう言葉を発しながら宮町の後を追う。
「まぁ、何でも良いですけど。本屋デートと洒落込みましょうか!」
俺の方を向きながら、漫画コーナへ向かおうとする宮町。
「わっ」
「きゃっ」
すると、宮町は曲がり角で人とぶつかってしまう。宮町に隠れて相手はよく見えなかったが、その人が落とした漫画が、俺の足元まで床を滑ってきた。
咄嗟に拾うと、それは俺が目当てにしていたラブコメ漫画の新刊だった。同じ作品のファンが居ることを目の当たりにして、少し嬉しい気分になる。
「あの、大丈夫でしたか? これ……」
そして、宮町がぶつかった相手に漫画を手渡そうと……。
「ち、ちーくん……」
その声を聞き、俺の身体は漫画を差し出したまま硬直する。
「え」
そこには、ひどく青ざめた小夜ちゃんの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます