第21話 手紙(当たり障りのない)

 俺と朝日君は、公園から商店街の方へ向かった。

 プレゼントと、レターセットを探すためだ。


「うーん、どれにしようかな……」


 立ち寄った100円ショップで、朝日君は眉にしわを寄せて悩む。どんな便箋にするかを考えているのだ。


 小学一年生の朝日君は、当然のことながら大金を持っている訳じゃない。俺がお金を支援することも心情的には吝かではないが、急に幼い弟から高級な手紙とプレゼントが来たら喜びより困惑が勝ってしまうだろう。それに、その金はどこから来たんだと家族会議になりかねない。


 しかし、100円ショップならば、朝日君のお小遣いでも十分に手が届く範囲のものを用意出来る。


「よし! これに決めた!」


 十数分ほど悩んだ後に朝日君が選んだのは、クローバーのイラストが書かれた五枚入りのレターセットだった。可愛らしいけど落ち着いた柄で、小夜ちゃんに贈るのには丁度良いデザインである。


「うん、良いと思う」


 どんなものでも朝日君の選択を否定するつもりなど毛頭ないが、素直に良いと思ったので、俺はアドバイザーとして一応賛成をしておいた。


 この子、別に俺が居なくても普通に買い物できたんじゃないか? いや、100円ショップを勧めたのは俺だから、一応役に立ってはいるか。


「あとは、プレゼントかぁ……」


 レターセットを俺が持っている買い物カゴに入れ、朝日君はプレゼントについて考え始める。


「お姉ちゃんは、何が好きなの?」


「えっとね、えっとね。ケーキ……はたかいし。ほん……はよくわからないし。あとは、好きなもの、好きなもの……」


 腕組みして「うーむ」と唸る朝日君。


 どうやら、あまりピンと来ていない様子だ。現在の小夜ちゃんの好きなものなんて、俺も全く見当がつかない。


 じゃあ昔はどうだったかなぁ、と考える。何か無かっただろうか。何か……。


「でもやっぱり、ケーキとか、おかしとかかなぁ」


 しばらく考えて、朝日君はそう結論づけた。


 まぁ、確かに食べ物は結構無難だろう。少なくとも、100円ショップの変な小物を貰うよりは、お菓子のほうが喜ばれそうだ。


 そして、俺たちはお菓子コーナーへ向かった。

 普段そんなにお菓子を食べないので、このコーナーを見るのは久々だ。目を輝かせている朝日君を見ていると、何だか、懐かしい気分になってくる。お菓子の顔ぶれは結構変わっているが、子どもの方はあまり変わっていないようで安心した。


「どれがいいかなぁ……おねーちゃんのすきなおかし……」


 色々と手にとって、朝日君はお菓子をじっくり選ぶ。また時間がかかるだろう。俺は後ろからその様子を眺めた。


「あ」


 そして、俺は思わず声を上げてしまう。朝日君が一つのお菓子を手に取ったからだ。それは、指輪の形のキャンディーだった。宝石に当たる部分が飴になっており、実際に指に嵌めて食べる代物だ。


 朝日君は振り返って、突然声を出した俺へ訝しげな視線を向ける。周りの数少ない客も、こちらを見ていた。


「どうしたの?」


「あ、ごめん。俺の記憶では……朝日君のお姉ちゃんが、それ好きだったような」


「そうなの!?」


 どうやらそのことを知らなかったらしく、朝日君は興味津々といった様子で詰め寄ってくる。


 まぁ、小学二年生時点での情報だから、今もこのキャンディーが好きだとは思わないけれど。多分、懐かしくなってはくれるんじゃないだろうか。


 何を隠そう、俺が小夜ちゃんに指輪のシールを贈ったのは、このキャンディーの影響でもあるのだ。

 小夜ちゃんはしきりにこのキャンディーを買って、俺に「おひめさまみたいでしょ!」と自慢してきた。だから、俺は別れ際に小夜ちゃんが好きだった指輪のシールを渡したのである。


「これにしようかな……」


 朝日君は指輪型のキャンディーをしげしげと見つめる。


「うん、これにする!」


 朝日君は便箋とキャンディーを持って、レジへ走り出す。


「走ると危ないよ」


 咄嗟にそう言うと、朝日君は「うん!」と返事をして、今度はレジへ歩いた。


 何だかよく分からないけれど、自分の口角が上がっているのに気付く。あんな弟が居たら、どんなに良いだろうか。まぁきっと、俺が一人っ子だからそんな風に思うだけで、現実は色々大変なはずだだろうけれど。






 朝日君が手紙を書いているところをお姉ちゃんに見られたくないと言うので、俺は彼にスーパーの二階にあるイートインスペースを紹介した。休日なので人はそれなりに居るが、満席という程でもない。

 コンビニでは行きづらかったが、今は二人だ。余裕である。


「あ、ペンがない」


 席に着くなり、朝日君が青ざめる。そういえば、便箋のことばかり考えてペンの用意を忘れていた。


「……俺の筆箱なら、あるけど」


 ちょっと考えて、俺は自分の鞄に筆箱が入っているのに気付いた。気が向いたら図書館かどこかで勉強でもしようと持っておいたのだ。

 決して種類が豊富とは言えないが、幾つか色ペンもあるし、手紙を書くのには十分なはずである。


「ありがとう!」


 素直にお礼を言って、朝日君は手紙を書き始める。見ると、文字が大きくて、すぐ一枚が埋まってしまいそうだった。


 きっと小夜ちゃんは喜ぶだろうなぁ、と微笑ましく思っていたら、十分もしないうちに「終わった」と朝日君が宣言した。


「え? もう?」


「うん。おわったよ」


 見ると、手紙は五枚入りのうち、四枚分で終わったようだった。まぁ、考えてみれば毎日過ごしている家族に、改めてとは言えそこまで長々と書くことなんて無いか。


「なんて書いたの?」


 何気なく聞いてみると、朝日君は書いた手紙を隠す。


「ひみつ」


「そう言わずに教えてくれても……」


「ひみつ」


 ぷいっと背を向けてくる朝日君。


 考えてみれば、朝日君は小夜ちゃんのお婿さんになると言っていた。ラブレターを見られることが恥ずかしいのは当然か。


「ごめんごめん。もう見ないから」


 俺の言葉で安心してくれたのか、朝日君は振り返り、テーブルの上で四枚の手紙を丁寧に折った。そして、レターセットに入っていた封筒へ丁寧に入れる。


 それから朝日君は、余ってしまった一枚へと目を向ける。そうやら、処理に困っているらしい。確かに、捨てるのは勿体ないけど、後になってこれ一枚を使うことって無さそうだよなぁ。


「そうだ!」


 すると、何か名案を思いついたらしく、朝日君が身を乗り出してくる。


「どうしたの?」


「おにーさん、一枚書いてよ」


「……え?」


「だって、おにーさん、おねーちゃんのともだちなんでしょ?」


 朝日君は、俺が小夜ちゃんの好きなお菓子を知っていたことなどから、俺と自分の姉が友達であると推測したらしい。


「まぁ、うん……そうだね」


 まさか自分が『ちーくん』ですと明かす訳にもいかないので、俺はそれを認めるしか無かった。


「ともだちのメッセージだったら、げんきでるとおもう。だから、かいてほしい」


 朝日君はすっと俺の前に便箋を差し出してくる。

 友達を名乗ってしまった以上、ここで断るのも妙な話だ。……一つだけ、保険をかけておこうか。


「じゃあ、書こうかな。でも、恥ずかしいから、お姉ちゃんには俺が書いたこと、秘密にしてくれないかな」


「うん、いーよ」


 自分が手紙を見せるのを恥ずかしがった手前もあるのか、朝日君はすんなりと俺の提案を受け入れてくれた。

 彼がどれくらい小夜ちゃんを誤魔化せるかは知らない。しかし、手紙の内容を人が特定出来ないようなものにすれば、少ない情報から小夜ちゃんが俺に辿り着くのは不可能のはずだ。

 まぁ念の為、普段と微妙に筆跡が違うように書いておこうか。


「それじゃあ、書くか……」


 俺はシャープペンシルを持ち、小夜ちゃん送る手紙の文面を考える。


「……」


  小夜ちゃんに元気が無いのはきっと、まだ変わり果てた幼馴染の姿を自分の中で消化できていないからなのだろう。


 そうだ。俺は、小夜ちゃんに前を向いて欲しいんだ。過去の思い出に雁字搦めにされることなく、どんどん進んでいって欲しい。


 赤坂は、小夜ちゃんが寂しそうだと言っていた。でも、小夜ちゃん。君は、寂しがる必要なんて無いはずだ。こんなに友達が居て、赤坂みたいに心配してくれる人が居て、美人で、可愛くて、俺よりずっと上手く生きているんだから。


『貴方が幸せでいられますように。ずっと前を向いて、生きていけますように……』


 俺は幾つか言葉を選び、わざわざいつもとは筆跡を微妙に変えて、俺は手紙を完成させた。


 顔も分からない相手に、こんな手紙を送られても、きっと気持ち悪いだけだろう。

 でも、これ以外に俺は、小夜ちゃんへ伝えたい言葉が見付からなかった。どうせ誰が送ったかなんて分からないし、本人的には弟からの手紙の方が重要だろうから、まぁ、別に良いよな。


「おにーさんは、なんて書いたの?」


 朝日君は、二つ折りにした俺の手紙を受け取り、封筒に入れる。


「……秘密」


「えー」


 への字口で不満げな声を上げる朝日君。手紙の入った封筒を大切そうに鞄へしまうと、俺の顔をじっと見てくる。


「……?」


「おにーさんってさ……」


 言いかけて、朝日君は目を逸らす。


「どうしたの?」


「もしかして、おねーちゃんのこと、すき?」


 どきりとした。

 周りにいる人達の話し声や、歩く音が、なぜだか妙にクリアに聞こえる。急速に喉が渇くような感覚。


「好きじゃ、ないよ」


 それでも何とか、俺は笑顔を作ることが出来た。


「……ふーん」


「勿論、素敵な人だけど。恋人になりたいとは、思わないかなぁ」


「なんで?」


「なんでって……」


 いつの間にか、朝日君は再びこちらを向いていた。既に辺りは黄昏時になっており、窓から差し込む西日が、彼の瞳に不思議な輝きを与える。

 真っ直ぐ、怖いくらいに真っ直ぐ、俺は見られていた。


「だって、お姉ちゃんは、朝日君と結婚するんでしょ?」


 言ってから、思った。

 あ、俺。

 今、多分、逃げた。

 こんなに小さい子から、逃げた。


「とーぜんじゃん! おねーちゃんのこと、だいすきだし!」


 溌剌とした声を聞き、俺は窓の方へ目を向けた。思った以上に日が眩しくて、目を閉じてしまいたくなる衝動に駆られる。


 朝日君とか、宮町とか、赤坂とか。好きなものをはっきり言える人が、俺は羨ましい。そんな風に生きていければ、どんなに良いだろうと思う。まぁ、俺は逆立ちしてもそんなこと出来ないんだけど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る