第19話 リフティング(アイス130円)
俺は、自分と小夜ちゃんの小さい頃の思い出を、それなりに掻い摘んで話した。特に、子供らしい恥も外聞もないイチャイチャ行為については、その殆どの描写をカットさせていただいた。
俺の話を聞いた赤坂と宮町は、すっかり困惑したような顔でこちらを見る。もしかして、何か分かりにくいところがあったのだろうか。
「……私、途中まで顛末を忘れて、普通に良い話だなぁ、って思いながら聞いちゃってましたよ」
「あー、俺も理沙ちゃんと同じだわ。途中まで良い話だって思った」
共感し合う二人。頷き合うと、示し合わせたようにこちらを見てくる。
「よくもまぁその流れで約束を破れましたね」
「ほんとそれな。まぁ、俺が言うのもおかしいんだけど、約束守れよ」
本当に赤坂が言うのはおかしな話だった。もし約束が守れていたら、俺と小夜ちゃんは今頃付き合ってるはずだ。まぁ、あり得ない話だけど。
とはいえ、二人の気持ちは分かる。俺だって、自分が約束を守った未来を夢想したことがない訳じゃない。
「それについては、まぁ、俺が駄目な奴だったっていうだけで……」
「幾らなんでも駄目すぎると思いますけど」
駄目人間好きの宮町にガチで突っ込まれるのだから、やっぱり俺は相当やらかしてしまったのだろう。転校初日、俺が河内 千尋だと知った小夜ちゃんの反応だって、考えてみれば過剰でもなんでも無いのだ。
「……まぁ、とにかく、そういう過去があったっていうことで、取り敢えず納得してください」
俺はすっかり萎縮してしまって、敬語で二人に話しを進めるよう促す。
「うん。三条さんがどうして寂しそうに見えるのか、少しだけ分かった気がする」
赤坂はおちゃらけた表情を引っ込めて、小夜ちゃんのことを、真剣に考えているようだった。
「まぁ、今の話を聞いていると、幼馴染さんの執着心も少しは理解できる気がします。まぁ、私は……」
宮町はそこで言葉を止め、俺の顔を意味深に見る。
「?」
「いえ、何でも無いです」
宮町はあからさまに目を逸らす。それから「あ」と短く声を上げた。
「ん? 理沙ちゃんどうかしたん?」
赤坂がその声に反応する。
宮町はさっきまでの話など無かったかのように悪戯っぽく笑う。
「私、アイス食べたいんですけど、お二人はどうです?」
俺と赤坂は、宮町の言葉に顔を見合わせた。
宮町の視線を辿ってみると、そこには自動販売機があった。そういえば、受付のあたりにはアイスの自販機もあったはずである。恐らく宮町は、そこからアイスを連想したのだろう。
まぁ、話しながらずっとサッカーボールを回し続けていたので、俺たち三人は皆薄く汗をかいていた。アイスを食べたいと思うのは別に不思議なことではないが……。
どう考えても、話を逸らされたよな、これ。
「ほら、もうすぐ時間でしょう?」
宮町はポケットに入っていた携帯の画面を見せてくる。確かに、あと十数分でフットサルコートの貸し出し時間は終わってしまう。
「話だけで終わるのも勿体ないので、最後にアイスを賭けて一勝負、いかがでしょう?」
話が逸らされたのは分かりつつも、それを指摘して話を戻すほどの勇気は、俺には無かった。それに、こうもあからさまに話を逸らしたということは、宮町にもそれなりの考えがあってのことだろう。
例えば、俺か赤坂のどちらか一方にだけ聞かせたい話だった、とか。
「良いね。何で勝負する?」
そうした宮町の意図を察したか否か、赤坂は彼女の提案に乗り気な姿勢を見せる。
「……えっと、何で勝負するんだ?」
俺はその勝負というやつを極力やりたくなかったが、とはいえ、ここで「絶対に嫌だ」と駄々をこねるのも良くない。なので、俺は取り敢えず勝負の内容を聞くことにした。
「フットサルで勝負と言うと……PK対決は、流石に私が不利ですし、あれです。リフティングの回数対決とか」
宮町は自信満々にそんなことを言う。ボールの蹴り方から、宮町は決してサッカーやフットサルが得意そうには思えなかったが、本当にその勝負で良いのだろうか。
そんな俺の視線を察したのか、宮町は胸を張る。
「私、サッカーの授業で数回やっただけで、女子トップの成績を叩き出しましたから。相手が先輩方だろうと、負けませんよ?」
運動神経抜群の宮町様は、どうやらリフティングも得意なご様子。きっと、あらゆることで飲み込みが早いのだろう。羨ましい限りだ。
「じゃあ、リフティング対決な!」
「私が女子だからって、手加減無しですよ。そーゆーの、このご時世では大問題ですからね。正々堂々いきましょう!」
正々堂々戦おうと誓い合う宮町・赤坂コンビ。何とも爽やかなスポーツマンシップである。
「……正々堂々、うん。そうだな」
俺は、手を抜く気満々で、宮町の言葉を繰り返す。
「じゃあ、行きますよ!」
俺たちはそれぞれボールを持って、リフティングを始める。まぁ、数回やったら適当なところでわざとミスをしよう。
「いち、に、さん、しー……」
集中しているせいか、宮町が口に出して自分の回数を数え始める。自信満々なだけあって、宮町は初心者とは思えないほど上手かった。
赤坂も、持ち前の運動能力で何とかボールを落としていない。
そろそろだろうか。
俺はわざと足の角度を変え、ボールが遠くに跳ねてしまうように……。
「ちぃ先輩! 手を抜いたらさっきの話、全校生徒に話しちゃいますから!」
すると、俺の考えを見透かしたように、宮町が叫ぶ。
考えるより先に、身体が勝手に動いた。
俺の故意によって遠くへ跳ね飛ばされたボールを、必死に追う。着地点にギリギリ滑り込んだ右足が、ボールを高く上げた。ボールが落ちてくるまでに、急いで体勢を整える。そして俺は胸でトラップをして、何とかリフティングを続けた。
身体からぶわっと汗が出てくるのを感じる。
「まぁ、冗談ですけど」
宮町がへらっと笑う。
「お前な……」
文句を言ってやろうと、リフティングをしながら彼女の方を向く。
「あれ?」
すると、宮町も赤坂も、リフティングをしていなかった。
「どんだけ続くんだよ、それ……」
赤坂が目を大きく見開く。
「クラスで隅の方に居る陰キャは運動神経が悪いというのがお決まりのはずなんでけどねぇ」
宮町は顎に手を当てて、納得いかなさそうにこちらを見る。何だその偏見。まぁ、正直分かるけど。
「まぁ、一時の気の迷いとはいえ、サッカー選手を目指したことがある訳だから、逆にリフティングが普通の人より出来なかったら問題だろ」
俺以外の二人が止めてしまった時点で、勝敗は確定している。俺は高めに上げたボールを手でキャッチして、リフティングを終えた。
「でしょうね。そもそも、パス回しの時点でなんか上手い人の動きしてましたし」
「え、そうなの?」
別に特別なことはしてなかったはずだが……。
「まぁ、経験者だろうなぁ、とは思ってたけど、そんなにリフティングが出来るとは思わなかったわ」
赤坂は首の後ろをさすって、爽やかに笑う。短い髪から滴る汗はさらりとしていて、久々の運動である俺が出すそれとはまるで別物だ。
というか、経験者だってバレてたのか……。
最終的な結果では、宮町の惨敗だった。女子にしてはかなり出来ていた方だったが、これは相手が悪かったとしか言いようがない。
そして俺たちは、諸々の片付けを終え、受付に行って会計を済ませた。残る用事は、宮町に奢って貰うことのみだ。
「後輩に奢らせるんですか?」
唇を尖らせ、俺を睨みつける宮町。
「いや、ルール決めたの誰だよ……」
そもそも俺が経験者だって気付いてたんなら、宮町は自分に勝機がないことくらい分かってたんじゃないか?
「ま、次この三人で集まった時、なんか奢るよ。それでいいっしょ?」
ボールを片付け終えて戻ってきた赤坂が、宮町の肩をぽんと叩く。
当然のように次があると思っているところ、流石陽キャである。
「じゃあ、次は焼き肉にでも行きましょうか。寿司でも良いですが」
宮町が「ねぇ」と同意を求めてくる。そんなことになったら、俺が奢る頃には高級料亭とかフルコースとかになってそうだ。
「理沙ちゃん。遠慮って言葉知らない?」
「私の辞書にはありませんね」
宮町がどっかの皇帝みたいなことを言い出す。
「まぁ、宮町は遠慮を知らないらしいから、ハーゲンダッツ買うか」
俺は赤坂に助け舟を出すことにした。確か、この近くにスーパーがあるから、購入は直ぐできるはず。
「お、良いね。食うの久々だわ、ダッツ」
「ハーゲンダッツをダッツって言う奴初めて見た……赤坂家ではそうなのか?」
「俺も今初めて略した」
などと軽口を叩きあっていると、宮町が首をぶんぶん横に振る。
「いやいやいや。アイスっていうのはですね。あそこにある自販機のアイスのことであって……」
「……宮町」
「……何ですか」
頬を膨らませる宮町。ぷんぷん、という擬音が似合いそうな怒り方だった。
「残念ながら、この勝負のルールに『自販機』という単語は一度も登場してない。お前はアイスを賭けて勝負、としか言ってないんだよ」
「屁理屈ですよそれはー!」
俺の肩をガシッと掴み、宮町は身体をぐらぐらと揺さぶってきた。
「遠慮を知らない理沙ちゃんに対して、遠慮をする必要は無いからなー。何味のダッツにするかなぁ、グリーンティ?」
「いじわるー!」
今度は赤坂の肩を掴む宮町。
「ま、冗談はさておき、何のアイスにするかなぁ」
流石にやりすぎたと思ったのか、赤坂は自販機のアイスを品定めし始める。俺もそれに続き、アイスを物色する。
「……なんかお二人、仲良くなってません?」
ちょっと拗ねたような声色で、宮町が言う。
俺と赤坂が、仲良くなった?
「ほら、親友だから!」
笑って肩を組んでくる赤坂。肌と肌が触れ合い、互いの汗でべっとりとする。しかし、不思議と不快ではなかった。
「……え、親友だったの?」
「そこはノリで同意するところっしょ!」
「えぇ……」
そう言われても、ノリってなんだよ。そういう空気を読むみたいな芸当は苦手なんだ。というか、得意ならこんなに友達が少なかったりしないはずである。
「まぁ、さ。俺も三条さんのことどう思ってるかとか、話したし。千尋ちゃんも、昔のこと、話してくれたじゃん? これで仲良くならなかったら、嘘っしょ」
赤坂にそう言われて、俺は気づく。
考えてみれば、自らの過去をあんなに詳しく話すことなんて、今まで全く無かった。不思議なもので、何一つとして解決していなくても、ただ過去を打ち明けることが出来たという事実が、俺の心を確かに楽にしてくれているようだった。
「なんか、私だけ除け者感があるんですが」
「じゃあ、なんか、ぶっちゃけ話カモン!」
赤坂がくいっと手招きをする。宮町はしばし考えて、口を開いた。
「……よく考えたら、私は秘密なんて無い清廉潔白な美少女なので、ぶっちゃけ話なんていう類の用意はありませんね」
「じゃあ、宮町は除け者ってことで。……このソーダとバニラのやつにしようかな」
「ちぃ先輩、私の扱いがなんか雑じゃありませんか! 惚れた弱みに付け込んで女の子を雑に扱うなんて、最低ですよ! 最低の中の最低です!」
別に、雑に扱ったつもりは無いんだけどなぁ。正直、今まであれだけ強キャラ感を出してきた宮町がからかわれているのが面白いというのはあるけれども。
そして、俺たち三人はアイスを食べた後、娯楽施設の前でそのまま別れた。別れ際、赤坂は突然ぐっと親指を立ててみせる。
「やっぱり、三条さんのことを知るには、話すしか無いと思うからさ。遊びに誘うのとか、頑張ってみるわ!」
その姿は、あまりにも青春じみていて。赤坂を照らす街灯が、スポットライトのように見えた。
「あぁ。頑張れ!」
俺は心から、赤坂にエールを送る。もし上手くいったなら、盛大に祝ってやろう。アイスと言わず、焼き肉でも、何でも。
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