第14話 宮町理沙の恋愛事情(落合によると)

「なぁ落合」


「ん?」


 次の日。俺と落合は、卓球のラリーをしていた。ラリーとは言っても、本当に球を軽く返し合うだけの、迫力のないものだ。この退屈な体育の授業中を、俺達はよくこうして潰していた。


「赤坂と宮町に、幼馴染のことバレたわ」


「……まじか」


 落合は言葉ほど驚いた様子を見せなかった。いつも眠そうな目も、そのままだ。


「そもそも、小夜ちゃんにもバレてるし」


「やっぱりか」


「やっぱり?」


「三条も赤坂も、滅茶苦茶お前を気にしてるぞ」


「え、そうなの?」


「お前って、結構鈍感だよな」


 小馬鹿にしたような調子で、落合は大げさなため息をつく。


「つーか、お前は何でそんなに俺のこと見てんだよ。俺のこと好きなの?」


「は?」


 割とガチな「は?」いただきました。眉にシワを寄せ、嫌悪感丸出しな表情である。いや、ほんの冗談だから……。


「後ろの席だから、よく見えるだけだ。それに、赤坂とか三条とか、あと宮町もだけど、あいつら目立つだろ?」


「それは確かに」


 クラスの中心の赤坂は言わずもがな、小夜ちゃんも宮町も美人だ。嫌でも目に入ってくるだろう。


「三条に気付かれたってことは……なんつーか、どうなったんだ? その、幼馴染関連の諸問題は」


「なんだその大仰な言い方。まぁ、うーん……。色々あったけど、最終的には、微妙に悪化した感じだな」


 昨日までのことを簡単に説明すれば、そうなるだろう。複雑すぎて、一言ではどうしても言い切れない諸々はあるが、しかし、それを落合に言っても仕方がない。


「結婚の約束までした幼馴染が数年ぶりに偶然再会して、関係が悪化することってあるんだな」


「……前も言ったけど、漫画の見過ぎだ。現実なんて、こんなもんだよ」


「で、悪化の原因は?」


「それは……まぁ、俺が悪いんじゃないか」


 約束を破ったのは俺だし、理由を隠しているのも俺だ。そりゃあ、小夜ちゃんが怒るのだって無理はない。本当に、あんなにがっかりさせるなら、永遠に再会出来なければ良かったのに。


「最早才能だな。どんなだけ人と関わるのが苦手なんだお前は」


 落合が小馬鹿にしたように鼻で笑う。


「別に好かれようとして行動したわけじゃないから、苦手とか、関係ねぇよ。取り敢えず、お前が言ってた『ワンチャン』ってやつは、完全に消え去ったな」


「……じゃあ、なんで三条はお前の方ばっか見てんだよ」


「それは、ほら。嫌いな相手って気になるだ……ろっとぉ!」


 会話の方に集中しすぎたせいで、俺は思い切り空振ってしまった。そういや、体育の授業中なんだったな、今。


「そういうもんか?」


 落合はボールを拾う俺を見下ろす。


「あ。つーか川内。お前、宮町が来たときに俺の方へ隠れるの止めろよ」


 突然、落合は俺が宮町に誘われた昼休みのことを思い出したらしかった。ラリーが途切れたことで、会話の流れも途切れたのだろうか。俺にはそれがとてもありがたかった。


「でも、急に声掛けられたら怖いだろ? 隠れたくなるじゃん」


 他ならぬ落合なら分かってくれると思って、俺は同意を促す。コイツも大概人付き合いが苦手だから、共感できないということはないだろう。


「俺の方に隠れる必要は無いだろうが」


「……確かに」


「宮町とは、あんまり関わりたくないんだよ」


「ふーん」


 俺は落合がここまで宮町に対し拒否反応を示す理由がいまいちピンとこなかったので、返事も曖昧なものになった。その返事は、ともすれば、理由を求めるのような響きを持っていたかもしれない。


「中学の時から、アイツは変人で有名だった。噂に疎かった俺ですら噂を知ってたんだから、相当なもんだ」


「まぁ、確かにおかしいよな、宮町は」


 誰にでもあんな対応なんだとしたら、有名なのも頷ける。


「まぁ、変な奴なんていうのは絶対に数人居るもんだし、そこが問題なんじゃねぇよ。よく分からんがアイツは美人で人気があるくせに変な奴とばかり付き合って、しかも彼氏を取っ替え引っ替えしてた」


「そういや、前にクソビッチとか言ってたっけ」


「あぁ。毎回唐突に宮町の方から別れを告げて、以降はまともに話してもくれない。まるで、人を人だと思ってないみたいだったとか。なんつーか、人を本当に好きになったことが無いんだろうな」


 落合の話に、俺はあまり驚かなかった。彼氏にすぐ飽きる宮町の姿は容易に想像できたし、人を好きになったことが無さそうという点も、それなりに同意できた。


「何様のつもりなんだろうな。そりゃ美人で、家も金持ちで、勉強も運動でも出来て、凄い人物なのかもしれないが、だからって、人を傷つけて良い理由にはならないだろ」


 落合の宮町に対する恨み言はとどまるところを知らなかった。もしかしてコイツ、以前に宮町と付き合ったことがあるんだろうか。


「中学の時、知り合いとか同じ部活の奴とか、軒並み宮町と付き合ってすぐ飽きられてたからな。モテない男を勘違いさせて楽しんでるんだろ。俺が一番嫌いなタイプの人間だ」


 どうやら、落合の周りの人間が随分被害に遭ったらしい。そこら辺の事情を知ると、段々、宮町のことが怖くなってくる。


「なんか、宮町って俺の想像以上にとんでもない奴だったんだな……」


 まぁ、これは落合の言い分だから、全部が全部真実って訳じゃないだろうが、しかし、初対面の俺に保健室であれだけグイグイ来たのを考えると、多分大体は合ってるんだろうなとも思う。


「まぁ、お前も精々気をつけろよ」


「俺は別に宮町と付き合ってないし付き合う未来も見えないから、大丈夫だと思うけどな」


 飽きられたところで、特に何があるわけでもない。そもそも、もう飽きられているかもしれないし。


「宮町が教室でお前を呼んで、お前が隠れてんの、正直イチャイチャしてるようにしか見えないからな」


「……気をつけます」


 自分で気付いていなかっただけで、宮町みたいな美人に言い寄られて、密かに調子に乗っていたのだろうか、俺は。

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