第8話 駄目人間(だがそこがいい)
放課後。何度も帰りたいと思ったが、俺は仕方なくテニスコート前に立ち、宮町を待った。
しかし、なかなか来ない。
暇だったのでテニス部の練習を見る。赤坂を中心に、見たことのある顔がちらほら。テニスのことはよく知らないし、特にこれといって感想は浮かばなかった。
そうやってぼーっとしていると、校舎の陰に隠れている人の姿が見える。もしかして宮町かもしれないと思いよく見てみると、そこには小夜ちゃんが居た。
……え? 小夜ちゃん?
「……何してるんだ?」
前髪を上げてピンで止め、マスクを付けているが、それでも、見間違えるはずもない。あれは間違いなく小夜ちゃんだ。もしかして、変装のつもりなのだろうか。一体、何のために?
「先輩!」
すると、宮町が手をブンブン振ってこちらへ駆けてきた。彼女の声を聞いて、小夜ちゃんは隠れてしまう。
……。
これ、どう考えても、俺と宮町をつけようとしてるよな。
小夜ちゃんは俺と宮町の関係を誤解している。彼女の視点から見れば、俺は結婚の約束をした幼馴染を放っておいて他に恋人を作っているわけだから、そりゃあ印象は最悪だろう。
だからって、尾行して一体どうしようと言うのだろうか。
「先輩? なにぼーっとしてるんですか。駄目ですねぇ」
宮町は、小夜ちゃんを気にする俺のネクタイを掴み、無理やり顔を自分の方に向けさせた。
「あ、ごめん」
驚きつつも素直に謝る。しかし、宮町は一向にネクタイを離そうとしなかった。
「これ、なんか、リード持ってるみたい。私、犬飼ってるじゃないですかぁ。気分は散歩ですよね、散歩」
「犬扱いかよ」
「ほら、先輩、結構可愛い顔してるし。向いてるんじゃないですか、ペット」
言いながら、ようやく宮町はネクタイから手を離す。
「全く嬉しくない褒め言葉ありがとう。……で、そろそろ本題に入らないか」
このまま続けていたら、永遠に終わら無いのではないかという勢いだったので、俺は会話を打ち切った。
仮にそれが気まぐれだったとしても、呼び出して、しかもこうして待ち合わせ場所に来たからには、宮町は俺へ何か用事があるはずである。
「本題?」
しかし、宮町はきょとんとするばかりで、別に何の話も用意していないようだった。からかっている、という態度でもない。
「本題、とは?」
宮町が首を傾げる。なんだか不思議なものでも見ているような目だ。
「え?」
俺もまた、短く声を出した。恐らく、こっちの表情も、目の前の宮町とそう変わらないだろう。
「私は、ただ先輩に、デートのお誘いをしただけですけど」
「で、でーと?」
言葉の意味は理解できたが、宮町の話している意味が理解できなかった。何故、俺とデート?
「あぁ、そういうことですか」
宮町は俺の顔を見て、ぽんと手を打つ。
「毎日下ばかり見て人との関わりを最低限にして傷付かないように迷惑をかけないように生きてきた駄目人間であるところの、ちぃ先輩は、私のような美少女が何の脈絡もなく好意を伝えてきたことに恐怖している訳ですね」
腕組みして、うむうむと一人納得する宮町。
……ちぃ先輩って、俺のことか? 赤坂をあっきー先輩と呼んでいたことといい、宮町は人にあだ名をつけるのが好きなのだろうか。
それはともかく、宮町の言うことは、大体合っていた。こんな安いギャルゲーでも避けるような唐突な展開、普通なら怖がるに決まっている。
「ところで、先輩は絵はお好きですか?」
すると、宮町は急にそんな質問を投げかけてきた。
「絵? 漫画とかは読むけど、何の話だ?」
「まぁ、漫画でも良いでしょう。漫画の絵というのは、現実とは微妙に違っていますよね」
「それは、まぁ」
どんなに写実的な漫画でも、すっかりそのままとはいかないだろう。
「仮に、現実をそっくりそのまま書き写したような完璧な漫画があったとして、それって、面白いですかね?」
「まぁ、あんまり楽しくはなさそうだ」
ささやかな日常を描いた作品というのもあるにはあるが、それだって、まるきり現実ということではなく、脚色や美化が為されているだろう。
「でしょう? 私の持論としては、漫画っていうのは、現実ではないから面白いんだと思うんですよ。完全なものには、遊びがない。工夫の余地がない」
何だか、やけに実感が籠もっているような言葉だった。しかし、その話とさっきの話と、一体何の関係があるのだろう。
「私は絵が好きなんです。抽象画とかが特に好きで。写実的な絵なんて写真に任せておけば良いんですよ。完全っていうのは退屈なんです。ただただ素晴らしいものっていうのは凄いだけで面白くないんです」
宮町は俺の手を取ると、校門の方へ走り出した。
「私、人もそうだと思うんですよ! ただ良い人とか、完璧な人なんて、つまらない。味わいが無い。寧ろ、不完全であればあるほど、面白い。私、駄目人間が好きなんです! つまるところ、だから、先輩が好きなんですよ!」
夕日をバックに汗をキラキラ輝かせて、爽やかに俺への想いを宣言する美少女。
というのに、心がときめかないどころか、胸を刺すような痛みを感じるのは何故だろうか。いや、駄目人間って自覚はあるけど、こう改めて言われると流石にダメージがある。
「何でそこまで駄目人間駄目人間言われなきゃいけないんだ……」
「誤解の無いように言っておきますが、褒めてます」
「全く褒められているようには感じられないんだが」
「そこは価値観の相違というやつですね。私としては、最上級の賛辞を述べているのですが」
「そう……」
やっぱり、宮町には話が通じないらしかった。
急に好きだとか何だとか言われても、いまいち実感が湧かない。それに、仮に宮町と付き合っても上手くいかないだろうことが、この数分の会話で理解できた。
「健気な幼馴染を裏切り、一人ぼっちでいつでもつまらなさそうな顔をしている。そんなドラマチックな人間、世界広しと言えど、そうそう居ませんよ。先輩は、ご自分の価値を理解すべきです」
「……まぁ、俺の価値はともかくとして。つまり、俺はお前の告白を断れば今まで通りの日々に戻れると?」
宮町の話を本当に単純に解釈すれば「お前が好きだ。デートしろ」ということである。それなら、俺には断る権利があるはず。
「いや、何でもするって言ったのは先輩の方でしょ?」
何を言ってるんだこいつは、といった視線を向けてくる宮町。そういえば、そうでした。
「つまり、俺に選択権は無いと?」
「いや、流石に無理やりっていうのは趣味じゃないですし、別に断ってくれても良いんですけど。ただ、こんなに可愛い女の子に言い寄られる機会を無駄にして本当に良
いのか、ということを逆にお聞きしたいです」
堂々とした態度で、宮町は目で俺に返事を促す。
まぁ確かに、宮町は美人だ。変な奴だということを差し引いても、普通、こんな女子から「好き」とか言われたら、どんな男だって心が揺らぐだろう。俺だって別に、全くドキドキしていないとかいうことでもないのだ。
ただ……。
「それとも別に、好きな人が居るんですか?」
宮町は改めて俺の正面に立ち、じっとこちらを見つめて来た。答えあぐねている俺を急かすような仕草だ。
「えっと……」
「どうなんですか?」
更に一歩踏み込んできて、顔を近づけてくる宮町。
思わず目を逸らすと、テニス部用倉庫の陰に小夜ちゃんが居るのが見えた。さっきより近付いてるんだが!?
しかも小夜ちゃんはがっつり聞き耳を立てている様子。一体なんだっていうんだ……。
好きな人。
一瞬、小さい頃の思い出が浮かんでしまったが、直ぐに過去を中断する。それは過去の話だ。関係ない。
「いや、別に、居ないけど」
「じゃあ、私にも可能性はあると」
「えぇ? そう言われても」
「あるんですね?」
あるって言っても面倒だし、ないって言ったら何故か問い詰められそうだな……。どう答えても詰みっておかしいだろ。
「この会話で、なんとなく俺はお前が苦手だと分かったので、可能性は無いと思う」
「好きの反対は無関心ですから、可能性はあるということですね。それじゃあ、今日のデートでお願いは消化ってことで」
なんなんだこいつ無敵か?
でもまぁ、何をするかは知らないがデートくらいで許されるのなら安いものだ。赤坂に怪しまれていたこともあるし、俺と小夜ちゃんの件が広まるのだけは避けたいからな。
「……じゃあ、どこに行くんだ?」
「普通に遊ぶなら……カラオケとかですかね? 行きましょう」
校門へと歩き出す宮町。その足取りは軽かった。
「カラオケ?」
俺は重い足を引きずるようにして、宮町に付いて行く。
あぁ、気が進まねぇなぁ。
「嫌そうな顔しますねぇ」
クスクス笑う宮町。仕方ないだろう。だって、カラオケとか嫌だし。
「人前で歌ったのなんて、中学の合唱コンクール以来かもな」
「へぇ、何歌いました?」
「大地讃頌を、口パクで。やや音痴だから、女子のパートリーダーに歌うなって言われた」
「じゃあ、大地讃頌を入れれば取り敢えず歌えるわけですね」
「それ、盛り上がるか……?」
「私のタンバリンとマラカスで、何とか」
「なんだその地獄みたいなカラオケは」
そんなことを話しながら、俺と宮町は駅の方面へと向かう。普段行かないから記憶が曖昧だが、確か、どこかにカラオケがあったはず。
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