第7話 恋愛相談(男どうし)

「……その、宮町 理沙って知ってるよな?」


 俺がそう聞くと、赤坂は目を丸くした。


「え」


 短く声を漏らす赤坂。


「へ?」


「あ、ふーん。千尋ちゃんってそうなんだ。まぁ確かに理沙ちゃん美人だからなぁ」


 赤坂は腕組みしてうんうん頷き、何やら納得した様子だった。

 まぁ、そういう誤解を受けるような気はしていたが。とはいえ、赤坂にどう思われていようとさしたる問題は無い。


「まぁ、その宮町がさ。どういう人なのか知りたくて」


「どういう人、ねぇ。まぁ、俺もそんなに話したこと無いけど……」


 赤坂は腰に手を当てて、少しの間考え込む。まぁ、例え仲がいい間柄でも「この人はどういう人か」なんて聞かれたら簡単には答えられないだろう。それが昨日出会ったばかりの人なら、尚更だ。


「取り敢えず、変わってるよな。色々と。男子テニス部のマネージャーと美術部と演劇部と……放送部だっけ? 四つ部活に入るらしい」


「四つ……?」


 どう考えても無理がありそうだが、もしかして宮町は不可能を可能にするような多才な奴なんだろうか。


「取り敢えず色々入ってみることにしたって言ってたな」


「えぇ……」


 別に、多才とかそういう訳では無いらしい。


「中学の時から気分が乗らないと保健室でサボってたって言ってたし、なんつーか発言も色々自由で、掴みどころがないっていうか……」


「はぁ……」


 掴みどころがない、というのは、俺も同意できた。俺があの一度の邂逅で宮町へ抱いた印象を、ぴったり言い表した言葉だ。


「でも美人だし明るいから、孤立するようなタイプでも無いよなぁ。なんか、何もかもが特殊だから逆に受け入れられる……みたいな」


 よく分からないが、まぁ、あんな変な言動でも、美人だとなんとなく許されてしまうのだろう。なんという理不尽。俺が同じ言動をしたら、きっといじめられるんじゃなかろうか。逆に受け入れられるなんてこと、あり得ないだろう。


「とにかく、変わってる美人、と」


 俺は赤坂の話を短く纏めて、改めて口に出してみた。赤坂はそれを聞いて、小さく笑う。


「千尋ちゃんの恋、応援するぜ?」


 白い歯を見せて笑い、サムズアップする赤坂。


 それにしても、赤坂は何だか怖いくらい協力的だ。昔から、ただより高いものはないと言う。こうして無条件で色々助けてもらうと、居心地が悪くなるのは俺だけなのだろうか。


「……あのさ」


 赤坂は芝居がかった笑みを引っ込めて、俺の目を見る。


「?」


「千尋ちゃんが理沙ちゃんを狙うってことは……俺、別に三条さんに告白しても良いんだよな?」


 やや緊張した面持ちの赤坂を見て、俺はようやく、彼が協力的だった理由を理解した。宮町と同様、赤坂もまた、俺と小夜ちゃんとのことを疑っていた、という訳か。


「何で俺の許可がいるんだよ」


 赤坂から目を逸らし、俺は思い切りとぼける。


「でも、三条さんは千尋ちゃんのこと気にしてるからさ。幼馴染の話とか、あったし。もしかして、って……」


 この一週間、どのタイミングで小夜ちゃんを好きになったかは知らないが、俺のことを疑ったのは、赤坂なりに彼女を観察して思うところがあったからなのだろう。

 小夜ちゃんが俺を気にしていたなんて、俺は知らなかった。それもそのはず。俺は意識的にそっちに目を向けないようにしていたのだから。


「幼馴染の話は、単なる偶然って言っただろ? 三条が俺を気にしてるなんて、そんな訳ない」


 俺は赤坂の言葉を強く否定した。


 それから俺は、改めて赤坂の方へ目を向ける。


 俺より背が高い赤坂は、その引き締まった体型からも分かる通り、立派なスポーツマンだ。それに、結構イケメンだし、俺みたいなぼっちにも声を掛けてくれる程度には良い奴である。


 きっと、小夜ちゃんはこういう奴と付き合えれば……少なくとも懐古にとらわれて俺なんかと恋をするより、ずっと幸せになれるだろう。


「俺は、赤坂を応援するよ」


「……ありがとう! 千尋ちゃん! お互い頑張ろうな!」


 言いながら、拳を突き出してくる赤坂。

 ……。

 あれか。拳と拳を合わせるやつか。そういう文化に馴染みが無さ過ぎて、気付くのにしばらくかかかった。つーかこれ、実際やるの恥ずかしいな。ここ、廊下だし。


「……頑張ろうな」


 俺は力なく拳を突き出して、俺達は拳をぶつけ合った。


「なんか俺達、めっちゃ青春してね!?」


 赤坂はそれから、突然肩を組んできた。そのままグイグイと歩いていって、教室へ向かってゆく。

 俺は特に抵抗しなかった。出来なかった、と言った方が正しいだろう。


 教室に戻ると、クラスメイトはやけに仲が良さそうな俺達の姿に何だかちょっと意外そうな視線を向ける。


「なに、赤坂、どうしたの?」


 女子の一人が質問すると、赤坂は「うーん」としばし考えて


「デートでめっちゃ仲良くなった」


 と、はぐらかすような答えを口にした。


「何だそれ」


「千尋ちゃん困ってるだろー」


 赤坂の冗談を笑うクラスの面々。ツッコミを入れつつも、皆楽しそうだ。よく見ると落合も笑っていた。まぁアイツの場合は俺が注目を受けて固まっているのを笑っているんだろうが。


「な、千尋ちゃん」


 赤坂が俺に笑いかけてくるので「……まぁ」と、濁すような返事をしておいた。


「世紀のカップル誕生じゃん」


「式には呼べよー」


 すると、益々赤坂の冗談に皆が乗っかり始める。


 うーん。

 まぁ、良い奴なんだけど。

 やっぱり苦手だなぁ、赤坂。多分こいつを素直に好きになれていたら、俺は陰キャなんてやっていないのだろう。

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