第6話 私と付き合って(意味不明)
「ほら、早く名前。高校二年生にもなって自己紹介の一つも出来ないんですか?」
何でこんなに偉そうなのこいつ……。
「そっちが何で保健室に居るのかは知らないけど、俺は具合が悪いから放っておいてくれ」
とにかく、かなり面倒そうな雰囲気だったので、俺はこれ以上彼女と関わらないことにした。
薄い布団に深く潜り込んで、寝返りをうつ。ちょうど宮町の方に背を向ける形だ。
「……貴方は今、悩んでいる」
宮町が俺の耳元で囁く。
どうして分かった、とは思わない。占い師なんかがよく使う手法だ。悩みなんて、無い人間の方が少ないはずである。こういう質問は、当てずっぽうでも当たるように出来ているのだ。
「例えば、結婚の約束をした幼馴染と再会した、とか」
「!?」
思わず、ベッドから飛び起きて宮町の顔を見てしまった。
「図星です?」
「いや、いや……別に」
そうは言ってみたものの、自分でも声が震えているのが分かった。
「二年五組の川内 千尋先輩。テニス部の部室であっきー先輩が話してたんですよね。転校生の幼馴染がどうのって話」
どうやら宮町は俺が先生に名乗っていたのを聞いていたのに、わざわざ名前を質問していたらしかった。
というか、部室で俺の話をする人物って、誰だ?
「あっきー先輩っていうのは……?」
「赤坂 明先輩です。……クラスメイトですよね?」
怪訝な顔をする宮町。あぁ、そういえば、赤坂って下の名前は明か。随分と可愛らしい呼ばれ方してるんだな。
って、そんなことはどうでもいい。仮に赤坂があの時のことを話していたとして、それは単に偶然同姓同名の人が居たというだけの話だ。何故宮町は俺と小夜ちゃんが幼馴染だと確信したような発言をしたのだろうか。
「偶然にしては出来すぎた話だなあ、と思ってたんですよね。だからカマをかけてみたんですけど、まじで幼馴染なんですか」
「カマかけ?」
「はい」
綺麗に笑う宮町。俺が動揺しなければ誤魔化せたかもしれなかったのか……。それにしても、俺と小夜ちゃんの過去を暴いて何をするつもりなんだろうかこの女は。
それはともかくとして、今俺がすべきことは一つ。
「何でもするので、その話を広めないで下さい」
俺はベッドの上に正座し、頭を深々と下げた。
「……んふふ。何でも、何でもですかぁ」
言葉を反復して、宮町は愉快そうな声色だ。
俺が顔を上げると、宮町はぐいっと顔を近づけてきた。深い茶色の瞳。顔の全てのパーツが整っていて、まるで何かの芸術品のようだ。
硬直している俺をまじまじと観察すると、真顔でこう言い放つ。
「じゃあ、私と付き合って下さい」
「……はぁ!?」
いよいよ訳が分からず、俺は声を上げた。
すると、一番窓に近いベッドのカーテンが開く。
「あの、保健室で騒がないで貰え――」
カーテンの隙間からは、寝癖がついて髪がボサッとしている小夜ちゃんが見えた。
「……」
小夜ちゃんはこちらを見て、絶句する。小さく口を開けて、呆けている姿は、まるで幻でも見ているみたいな様子だ。
ベッドの上で見つめ合う俺と宮町。そして、それを目撃する小夜ちゃん。俺もまた、頭がぼんやりとして、狐にでも化かされているような感覚である。
「じゃあ、今日の放課後、テニスコート前で」
宮町はそれだけ言って、保健室から出ていこうとする。
「いや、ちょっと待っ」
俺の静止も聞かず、宮町はドアをぴしゃりと閉めて、去っていった。
保健室は、静寂に包まれる。
恐る恐る小夜ちゃんの方を見ると、彼女は自分の髪を左手で軽く撫で、それから、真顔で言い放った。
「裏切りもの」
それだけ言って、小夜ちゃんはカーテンを閉めてしまった。薄いカーテンの向こうは、見えない。風一つで揺れ動くそれが、俺は決して越えられない隔たりのように感じられた。
俺はその後、保健室を出て、トイレの中で授業時間をやり過ごした。授業中に戻る度胸も、保健室に残って小夜ちゃんの隣で寝る度胸も、俺にはなかったのだ。
体調は優れないままだったが、この際、俺の身体のちょっとした不調よりも重大な事態が起こっているのだから、気にしている暇など無い。
宮町とかいうあの頭のおかしな女の言うことを、俺は聞く必要がある。さもなければ、俺と小夜ちゃんの過去が言いふらされる可能性があるのだから。そんなことになったら、俺はともかく、小夜ちゃんがあまりに可哀想じゃないか。
「放課後、テニスコート前か……」
全く気は進まないが、行くしか無いか。
仲良くしたいとか付き合いたいとか言っていたが、あんなのが本気な訳がないし、恐らく、俺に何か特別な用事があるのだろう。いや、それとも、本当に単なる気まぐれなのかもしれない。他ならぬ俺に用事なんて、何も想像できないし。
そんなことを考えていると、授業終了のチャイムが鳴った。
……教室に戻るか。
「保健室でなんかあったのか?」
教室に戻るなり、落合は俺にそんなことを聞いてきた。
「え、なんで?」
「保健室に行って疲れて帰ってくるのなんて、お前くらいだろ」
「……疲れてるように見えるか」
「凄く」
即答だった。
「まぁ、うん。疲れた」
言いながら、俺は宮町の顔を思い浮かべる。
「なんかあったのは、三条とか」
「……何で分かった?」
「お前らが揃って保健室に行くもんだから、気になって仕方がなかったよ」
「言われてみれば、そうか」
確かに、事情を知っている落合からすれば、確かに俺と小夜ちゃんが保健室に行って、俺が疲れた顔で帰ってくれば、推測は容易い。
小夜ちゃんがどうして保健室にいたかは分からないが、何となく、俺と似たような理由なんじゃないかと思った。加害者の俺が言うことではないが、常に同じ教室に自分を裏切った幼馴染がいる心労はとんでもないだろう。
そういえば、宮町は俺のことを赤坂から聞いたと言っていた。それも、テニス部の部室で。集合場所もテニスコート前を指定してきたし、恐らく彼女はテニス部の関係者なのだろう。
宮町のことをもう少し知ることが出来れば、もしかして彼女が何を考えて俺に接触したのか分かるかもしれない。
「……」
俺は友達に囲まれて話している赤坂の方をちらと見る。
話しかけづらいなぁ……。
「あれ、千尋ちゃん、どしたん?」
すると、赤坂は俺の視線に気付き、こちらに声を掛けてきた。
赤坂と一緒に居た数人の視線も自然とこちらへ向いて、俺は自分の鼓動が早くなっているのを感じる。
「え、あー……。ちょっと、聞きたいことがあって。出来れば、時間ある時で良いから、話せないでしょうか」
「え、なに?」
俺の頼み方が堅苦しかったせいで、赤坂はちょっと身構えた様子を見せる。
「大したことじゃないし、長い話にもならないはずだから」
「なんか、人前じゃ話しづらい感じ?」
「いや、そうでもないけど……いや、うん。出来れば二人で話せるとありがたい」
よく考えたら、俺みたいな地味な奴が急に後輩の女子について聞いてくるなんて怪しすぎるし、あらぬ誤解を受けそうだ。そう意味では、周りに人が居ない方が良さそうである。
「よっし。それじゃ、俺ちょっと千尋ちゃんとデートしてくるわ!」
すると、赤坂は気を遣ってくれたのか、席を立ち、俺に教室から出るよう促した。
「いってらー」
赤坂と話していたクラスメイト達は、特に気にする様子もなく赤坂を送り出す。
そして俺と赤坂は廊下に出た。
宮町のこと、ちゃんと聞けるだろうか……。
今更になって、滅茶苦茶不安になってきた。
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