第5話 隣のベッドの変人(後輩)
小夜ちゃんに正体がバレてから、一週間。
俺は、特に小夜ちゃんとあれ以上話もせず、前と同じような、ぼっち生活を送っていた。
小夜ちゃんの方はというと、転校初日にあった幼馴染トークは鳴りを潜めており、そして、周りはそのことについてさしたる違和感を感じている様子は無かった。これは想像に過ぎないが、転校したてでテンションがおかしかった、とでも思われているんじゃないだろうか。
とはいえ、それじゃあ特に問題無し、という訳にはいかず。
朝起きたら、身体が酷くだるかった。ここ数日はずっとそうだ。頭に重りがついているような感覚。ベッドから立ち上がることすら辛い。
多分これは、心因性のやつだ。
とにかく俺は、学校に行きたくなかった。より正確な表現をするならば、三条 小夜と会いたくなかった。多分あっちだって、俺に会いたくはないだろう。
「はぁ……」
とはいえ、「今日だるいんで休みます」なんて言えるほど俺は不真面目な人間ではない。そもそも、そんなこと言ったら親が怒り出してしまいそうだ。
具合が悪いのは事実だが、行くしかない。
教室に入ると、そこには特に変哲もないクラスの風景があった。
「このお菓子めっちゃ好きなんだけど、三条さん、いる?」
「ありがとう!」
小夜ちゃんは、至って普通にクラスの女子と話している。新発売のチョコ菓子をニコニコしながら齧る姿は、昨日の様子からは考えられないほど明るかった。
彼女のこの態度が無理をしているものだったにせよ、俺はそれを見てかなり安心した。これで塞ぎ込んでいたなら、俺は罪悪感でどうにかなってしまっていただろう。
俺は、小夜ちゃんに随分酷なことを言ってしまったと思う。かなり勝手な言い分だった自覚はある。
でも、俺が嘘つきであって、約束を果たせるような人間ではないということは紛れもない事実だ。なら、俺を忘れて、前を向いて生きていくのが小夜ちゃんにとって最も幸せな道のはずである。
そこら辺のことを俺はちゃんと納得しているはずなのに、小夜ちゃんの「嘘つき」という言葉が、耳から離れてくれない。胸がもやもやして、どんどん具合が悪くなっている気さえした。
何か水でも飲もうと自販機へ向かう。その途中、廊下で落合とすれ違った。落合は俺の顔を見るなりぎょっとする。
「お前、酷い顔色だぞ?」
落合が何かを言う。何だか意識がぼんやりして、聞こえているはずなのに意味が理解しきれなかった。
「誰の顔が酷いって?」
「そりゃあ美形だとは口が裂けても言えないが、今はそんなこと言ってねぇよ」
落合は気怠そうに腰に手を当てて、改めてこっちを観察してくる。
「保健室行ったほうが良いんじゃねぇの?」
落合の判断的には、俺は授業に出るべきでない程に調子が悪い様子なようだった。その瞳には、少し困ったような色が見える。
「落合に心配されるとか、明日は雨だな」
「死ね」
落合は俺を蹴り飛ばした。
ものすごく優しく、しかも、それとなく保健室の方へ押し出すような形で。
「……」
落合の反応で、俺はようやく、自分が思っている以上に酷い状況なのだと気が付いた。まぁ、小夜ちゃんに嫌われるようなことを言ったのは自業自得なのだが、それがこんなに身体の方に響いてくるなんて。
仕方がない。保健室に行こう。
俺は廊下をゆっくり歩いて、一階の奥まった場所にある扉を開いた。
消毒液の香り。
「失礼します……」
保健室に入ると、養護教諭の先生は書類に何かを記入していた。そして俺のことに気付くと、先生は優しげな目を向ける。
「どこか怪我したの? それとも、具合が悪い?」
「ちょっと気持ちが悪くて……」
「それじゃあ、楽にして座って。クラスと名前は?」
「二年五組の、川内 千尋です」
「取り敢えず、熱測ろっか」
事務机の引き出しから体温計を取り出す先生。ちょっと古いタイプのやつだから、測るのには時間がかかりそうだ。
脇に挟んでしばらく待つ。
「今日はなんだか、体調不良になる人が多いみたい」
先生はベッドの方をちらと見る。三つあるベッドのうち、二つには先客が居るようだった。カーテンで中は見えないが、人の気配がする。
ピピ、ピピ、ピ。
体温計が鳴る。幸いなことに、俺の体温は平熱だった。風邪とかではないらしい。まぁ、違うだろうとは思っていたが。
「熱はないから……そうね。ベッドで休む?」
「ちょっと昨日寝れなかったので……そうします」
「ちゃんと寝ないと駄目よ」
「……はい」
まぁ、そもそも昨日は寝るに寝れなかったのだが。
そんな事を考えながら、俺はブレザーを脱いだ。制服で寝るって、ちょっと妙な感覚だ。
「しばらく出なきゃいけないから、何かあったら職員室に来てね」
俺がベッドに入るのを確認すると、先生はバタバタと保健室を出ていってしまった。養護教諭が普段何をしているかなんて俺には検討もつかないことだが、きっと、何かしら忙しいのだろう。
「はぁ……」
カーテンで区切られた空間で、俺はため息をつく。
試しに目を閉じてみたが、どうにも気が休まらなかった。
「なんかもう、全部嫌になってきた……」
頭の中に靄がかかったような感覚。腹の底から吐き気にも似た不快さがこみ上げてくる。
幼馴染と再会したくらいで、自分がこんなになるとは思わなかった。
俺は自分が思っているよりずっと、あの約束を引きずっていたらしい。
「全部嫌になってきた。そうですか、そうですか」
すると、隣のベッドから何か声が聞こえた。
どうやら、俺の独り言を聞かれてしまっていたらしい。
「あー、悪い。もう黙るから……」
他に寝ている人が居るのに、配慮に欠けていた。そう思って謝ろうとしたのだが、俺の言葉は遮られた。
カーテンが、開かれたのだ。
現れたのは、女生徒だった。栗色の髪と、透き通るような白い肌。どことなく儚げ
な雰囲気を持っていた彼女は、しかし次の瞬間、ニヤリと挑発的に笑みを浮かべた。
「なんか、貴方からは私好みな雰囲気を感じますね」
理解不能。
突然何を言い出したんだ、この女。
「えっと……?」
これは、どう対応するのが正解なんだ? 蛇に睨まれた蛙のように、俺は動くことが出来ない。有無を言わせない迫力が、彼女にはあった。
「申し遅れました。一年の宮町 理沙です」
彼女は制服の胸ポケットからスマートフォンを取り出し、何やら操作をする。
そして、それを俺にビシッと突きつけてきた。
「……?」
それは、何らかのQRコードだった。意味がわからず首を傾げていると、宮町とやらはやれやれと首をすくめた。
「LINEくらい知ってるでしょう? 友達申請用のコードですよ」
「いや、そうじゃなくて、何で俺に友達申請をするんだよ」
すると、宮町は俺が寝ているベッドの上に座って、にたりと笑った。彼女の瞳には、俺の酷く怯えた顔が映っている。
「お名前、聞かせて下さい。私、貴方と仲良くしたいんです」
「……はぁ?」
彼女と対面して、俺の体調不良は益々悪化しているようだった。話すだけで体力が奪われているような気さえする。だってこんなの、ちょっとした恐怖体験だ。
保健室で偶然隣になっただけなのに何故か、仲良くしたいと言われる。
一体、何が起きてるんだ……?
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