第3話 再びの再会(商店街にて)
幼馴染との再会によって罪悪感に苛まれた俺は、一刻も早く家に帰ろうと決断した。家に帰ってさっさと寝て、明日になったら全部無かったことになっていたら良いのに。そんなことはあり得ないのは分かっているが、とにかく悪い夢のようなこの状況から逃避したいのは確かだ。
ということで、俺は帰りのホームルームが終わった瞬間、一目散に昇降口へ向かった。
「あれ、川内くん」
そして、靴箱の前で何故か小夜ちゃんに会ってしまった。
「え、あ、何で……」
てっきり、小夜ちゃんは新しく出来た友達と遊んだり、部活の見学に誘われたりで放課後は忙しいのだとばかり思っていた。
「私、引っ越したばかりだから、家のこととか色々あって。早く帰らないといけないんだよね」
「あぁ、そうなんだ……」
あくまで興味ない風を装って返事をする。しかし、俺の心臓は今にも破裂しそうなほどバクバクいっていた。
会話を切るタイミングを無くしてしまい、俺と小夜ちゃんは一緒に靴を変えて、昇降口を出る。
「川内くんの家って、どこらへん?」
小夜ちゃんは特に何かを考えている風でもなく、世間話といった感じで俺に質問をした。
「家は……」
普通に答えようとして、俺は固まる。危ない危ない。俺と小夜ちゃんは小学校の時、彼女の転校によって離れ離れになった。そして、あの頃から俺の家は全く変わっていない。ここで正直に家の位置を話したら大変なことになる。
「どうかしたの?」
「いや、なんでも無い。家は……商店街の方面、だと思う」
「何故に自信なさげ……?」
眉間にシワを寄せて訝しげな視線を向けてくる小夜ちゃん。こういう顔も可愛いのだから、美人というのはズルい。
「とにかく、商店街の方なんだ! それじゃあ!」
「あ、ちょっと待って」
俺が逃走を図ろうとすると、小夜ちゃんはそれを引き止める。
まだ何かあるのか……? 段々腹の中のどこかが痛みだしたんだが。
「私、実は昔ここに住んでてさ」
知ってる。
「でも、商店街とか結構様変わりしてるでしょ? 実は色々と家の買い物を頼まれてたんだけど、全然場所がわからなくて。良かったら案内してほしいんだけど……駄
目、かな」
上目遣いで両手をすり合わせお願いする小夜ちゃん。
小夜ちゃんとは関わらないと決めていたのに、どうしてこうなった。
「その、多分、俺よりクラスの奴らの方が詳しいと思うよ。ほら、陰キャだから、外出ないんだよね」
「書店とか、スーパーとかの位置を教えてくれれば良いから」
それでも尚、頼み込む小夜ちゃん。
実は俺が幼馴染と気付いていて、追い詰めようとしているんじゃあるまいかと思うほどの食い下がりだ。怖い。
とはいえ、家が商店街の方という嘘をついてしまったから、そっちに行かない訳にもいかない。
「……じゃあ、案内だけ」
諦めてそう答えると、彼女の顔はぱっと明るくなった。
「ありがとう」
「えっと……どういたしまして」
何だか、どっと疲れてしまった。そもそも、小夜ちゃんじゃなくても俺は普段あまり人と喋らないのだ。多分下手な筋トレより、会話のほうが体力が奪われてしまう。
「川内くん、川内くんかぁ……」
小夜ちゃんはそんな俺の姿を見て、クスクス笑う。
「?」
何か馬鹿にされてるのかと思ったが心当たりがない。まぁ、全身馬鹿にされてもおかしくない俺だが、どこかに笑いどころがあっただろうか。
「なんていうか、私の幼馴染とは正反対だなぁ、と思って。同姓同名なのにね。本当、全然違う」
あまり聞きたくない話題だった。
しかし、ここで妙な反応をしてしまったら、何か勘付かれてしまうかもしれない。
「へぇ、そうなんだ……」
「うん。ちーくんはサッカーが大好きでね。太陽みたいに明るくて、すごく優しいくて……。きっと、背も私よりずっと高くて、爽やかなスポーツマンになってるんだろうなぁ」
目を輝かせ、現実とは掛け離れた『ちーくん』の予想図を語る小夜ちゃん。
「正反対、か」
確かにそうだなぁ、と思ったら、口から勝手に呟きが溢れた。
小夜ちゃんは俺の呟きをどう捉えたのか、あわあわと手を動かす。
「あ、いや。別に、川内くんが暗いとか優しくないとか、そういうことじゃなくて」
「間違ったことは何も言ってないから安心してくれ」
どう考えても正反対ってそういう意味だと思うが、まぁ、別に気にするほどのことでもない。
「……私が言うのも何だけど、もうちょっと怒ったほうが良いと思うよ?」
俺は大人な対応をしたつもりだったのだが、小夜ちゃんはドン引きだった。でも、多分激怒しても引かれていたと思う。
段々会話に気まずさを感じてきた頃、目的のスーパーが見え始めた。その先には、書店の看板がある。
「……あ、ここがスーパーで、向こうが書店だから」
ようやく街案内もお役御免だ。俺は安心して小夜ちゃんに説明をした。
「やっぱり昔と全然違うね……。ありがと。今度、何かお礼させて」
「いや、本当に気にしなくていいから」
ちょいちょい不用意な発言は目立つが、こういう所、やはり小夜ちゃんは人当たりが良いようだ。
昔は、かなり内向的で嫉妬深い印象だったが……。友達があまり居なくて、俺が誰かと話すたびに怒っていた記憶がある。
でも、俺が陰キャなのも、小夜ちゃんがすっかり明るい美少女になっているのも、考えてみれば何もおかしなことなんて無いのだ。俺達が離れ離れになって、もう八年経っている。それだけあれば、人はどんなにだって変わるだろう。
「……どうかしたの?」
その声で、俺はハッとした。
小夜ちゃんは不思議そうにこちらを見てくる。
「いや……なんでも無い。それじゃあ」
とにかく、一刻も早く小夜ちゃんから逃げたい。俺はそそくさとスーパーから離れて……。
「あれ、千尋。こんなところでどうしたのよ?」
「げっ」
聞き覚えのある声がして、俺は思わず声を出してしまう。
「?」
俺の声を聞いて、スーパーに向かおうとしていた小夜ちゃんが、こちらを振り向く。そして、彼女の視線は俺に声を掛けた人物へと移っていった。
「ほら、母親が買い物で重い荷物持ってるんだから、手伝ったって良いんじゃないの?」
母さんは小夜ちゃんの視線に気付かず、買ったものが沢山入ったエコバックを掲げて俺に持つよう促す。
八年もあれば、人は変わる。
とはいえ、勿論それには個人差があって、小学生から高校生になった俺や小夜ちゃんは内面は勿論見た目も変わっているが、八年前も大人だった人はその限りではない。
そりゃあ俺が小学校の頃と母さんの見た目は変わっていると言えば変わっているが全くの別人とか、見分けがつかないとか、そういったことはない。
つまり。
「おばさん……?」
例え俺のことが分からなかった小夜ちゃんも、母さんのことは分かってしまうということだ。
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