#17〔無知〕
「フィルル……逃げろ」
レインが言う。如何にも俺を本当に心配しているような口調で。
「うるさいよ。」
思わず突き放してしまう。いや、いくら考えたとしても、この場でとるべき方法は変わらなかっただろう。
レインを無視して進む。第一ここから全力で逃げたとして追いつかれるのは目に見えている。有象無象の聖騎士ならば、逃げても無視されるだろう。しかし目の前の男が見据えるのは俺。ならばそれに応える他に選択肢はない。
「フィルル!逃げて!」
またしても不快な声。見れば想像通りの人物がいた。盗賊のローラである。
どうにか忘れることが出来るのではないかと思った矢先にこれだ。恐らく世界で最も不運なのはこの俺だ。
「黙れよ!」
煩わしい。俺は今からこの男と闘うのだ。邪魔だ。俺を追放した元・幼馴染の言葉などになぜ従わなくてはならないのだ。
——少し考えて、俺は冷静になる。
そうだ。こんなどうでもいい連中に時間を割いている時間はない。
微かに目が潤っているのを無視して男の方へ再び進みだす。
そして、向かい合う。
「茶番は終わったか?」
とてつもない威圧感。しかし気圧されることは許されない。
「あぁ。少しは楽しんでくれたか?一流の喜劇だろう?」
「三流の間違いじゃないのか?」
「それは残念だ。」
「度胸だけは一流のようだな。」
「本当に度胸だけかどうかは、すぐにわかるだろうよ。」
「そうか。ならばそろそろ始めるとしよう。」
「それがいいだろう。」
〈豪腕〉〈筋力強化・特〉〈敏捷化・特〉〈属性付与術・氷〉
準備が整う。そして——
互いの拳は——激突する。
✳︎ ✳︎ ✳︎
〈隠密〉というスキルは特性上、発動中は同程度の〈隠密〉を発動している者を視認できる。
その証拠に今回の場合も、〈隠密〉を発動させた仲間の隊員を視認している。数は12名。全員が〈隠密〉を発動させているために一切目立つことなくここまでやってきている。最も、ダイブによる陽動が功を奏した部分もあるのだが。
壮大にして神聖なフランチャルド教神殿。
標的である教皇の塒は神殿内——もっといえば神殿の地下だ。宮廷などがある訳ではない。
閉ざされた門は城壁を登った時と同じ要領で登ることができる。その後は臨機応変な対応が要求されるが、それができない者はここにはいない。
誰もが任務の成功を確信し、ほくそ笑む。
しかしそんな愉快な時間はすぐに終わりを告げる。
男達の背筋に冷たい何かが走る。
「こんな時間に何か用かな?」
首に突き立てられた短剣。見れば、その全員が首に剣を突き立てられていた。精鋭であるはずのニーズルーグの隊員をもってして、その圧倒的な力量差は認める他なかった。確かに相手との圧倒的な力量差を感じる場面は多くあった。だがその全ては自分たちが上位の存在であった。
〈隠密〉を発動していたにも関わらず視認出来なかった。即ち〈隠密〉より高位のスキル又は魔法であるということ。そんなものは限られてくる。とすればこの男達が行使したのは〈
なんとか逆転の目を探る。圧倒的に不利な状況。ならば一撃で——起死回生の、乾坤一擲の一撃を与えるしかない。それが不利な状況での、上位の存在との戦い方だ。
首に短剣を突きつけられた男は腰の短剣を手に持つ。手足を制御しないのはあまりにも不用心だぞと相手に心の中で警告しておく。
男の太腿に向かって力を込め、剣を突き刺す——ことは叶わないかった。剣が——空を切ったのだ。
理解できない男が咄嗟に後ろに振り返る。そこに今まで剣を突き立てていた男の姿はない。
(まさか!)
男は答えに辿り着く。しかし、既に手遅れであった。
〈麻痺〉
腕に擦り傷が出来たのを見る。短剣をサッ、と当てられたのだろう。たかがそれだけ。しかし短剣に付与された〈麻痺〉の効果を発動させるには十分すぎた。
全員が麻痺で倒れている。精鋭たる暗殺者を全員無力化できる存在がいるなど、男達は聞いていなかった。そして男は麻痺した身体で、どんな集団がここに潜んでいたのか確認するため、ピクピクと顔を上げる。
——1人。
指して特徴もない男が、1人。
(まだ〈
「不思議そうな顔だね。」
喋りたくとも口は動かない。相当強力な麻痺効果だったようだ。
「そうだね。逃げることもできないみたいだし、種明かしぐらいはしておこうかな。」
言った瞬間、男が増える。
「どう?幻術の1種なんだけどね。僕は盗賊と
(何者だ!こんな奴がなぜ無名なのだ!情報さえあれば対処できたものを!)
「教皇直轄秘密親衛隊員。アリアラス・ラスト。」
男が最も求めていた答えを告げる。
フランチャルド教に於いてその序列から完全に外れた唯一の存在。たった1人の親衛隊員の強さは、他の者達と一線を隔てていた。教皇に心からの忠誠を誓う最強の護衛。ラストの存在は教皇の他に神殿長しか知らない。だからこそ、どれだけの騒動があったとしても、教皇の元から離れることはなかった。
男は考える。我が隊の隊長とどちらが強いか、と。隊長が対処できないとなれば、最早なす術はない。
——しかし、男は自分の望んだ結論に至る。
(これならまだ隊長の方が強い。隊長は生・命・の存在を敏感に察知することが出来る。こいつの幻術も、隊長には通用しない。)
絶対的な信頼を置く最強の存在はこの男に勝てるという大きな大きな安堵が、男を包む。それに誘われるように、男は意識を失った。
「まずいなぁ。生命を察知、か。僕には勝てないかもね。——でも。」
ラストは見る。そして轟音がした方向に、自分と互角か、それ以上の強者が2人いることを確認する。そして——
「頑張ってね。」
切なる想いを込めた、エールを送った。
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