#16〔真実②〕

フィルルの背中を見送る。フィルルはこちらに一瞥もくれることなく冒険者ギルドを後にした。ローラは既に号泣の域まで達し、ルリナも一筋の涙を頬に流している。


この理由を俺は知っている。ローラもルリナも、フィルルのことが好きなのだ。俺がそのことを知ったのは冒険者になってからなのだが、なんでも2人は中等部の頃に休戦条約を結び、フィルルから告白された場合は恨みっこなしで受け入れることにしていたらしい。

しかし、そんな日が来ることはなかった。


もっと上手いやり方があったのではないか。今になって思うが、フィルルなしでは何も出来ないことがわかったあの日から、それは3人で散々考えてきたことだ。その結論がこれなのだから、受け入れる他ない。

追放の案を最初に出したのは意外にもローラだった。確かにその頃には3人とも頭の中ではその結論に至っていた。だがそれを他の2人に打ち明けることでそれは現実味を帯びる。

そのため、ローラは相当な勇気と覚悟を持って言ったことだろう。


確実にこれは上手いやり方ではない。100人に聞けば、80人は俺たちを非難するだろう。それでも俺たちにとっての最適解は『追放』であったのだ。


「これで、良かったんだよな?」


「えぇ。仕方がないのよ。」


事情を知る周囲の冒険者たちの目にも、少しの涙が溜まっていた。


✳︎ ✳︎ ✳︎


「よし、それじゃあ行こうか。」


今日でベリトリズとはお別れだ。というのも、フィルルがいない状態で冒険者を続けることは困難。そのために実家のある、聖都市アスタリスクに帰るのだ。家族達には便箋で伝えてあるので問題はない。


御者に案内され、馬車に乗る。多くの人が乗る定期便で向かっても良かったのだが、荷物が多く、金にも困ってはいないため専用の馬車だ。


ルリナとローラが乗り込んだのを確認してから俺も乗り込む。


「それでは出発しますね。」


御者が告げると、馬は少しだけ鳴き、ゆっくりと歩き出した。


✳︎ ✳︎ ✳︎


大きな城壁が見える。冒険者になって以来1度も帰って来ていない。こんな親不孝者を両親は快く迎えて入れてくれるだろうか。一抹の不安が脳裏によぎるが、それを追い払うのは簡単だった。あの明るい両親がたかが数年帰って来ないだけで怒るなど想像すらできない。


最早ただの身分証明書に成り下がった冒険者カードを門番に見せると、問題なく中に入ることができた。

久しぶりに吸う空気だ。アスタリスクは森林に囲まれているために非常に空気が美味い。その森林も、一部の宗派の者達から聖森林と呼ばれているだけあって非常に美しい。


家が見える。さほど大きくない、かと言って小さいわけでもない平凡な家。フランチャルド地区の最西端。リーザル地区に隣接する位置にある。隣の家はローラ。ここから30秒ほど歩けばフィルルとルリナの家が連なっているのが見えるはずだ。


「ただいま。」


来訪ではなく帰宅の挨拶。奥から声が聞こえるが周囲の喧騒に揉まれてここまで聞こえない。その代わりに廊下をドタドタと走る音が聞こえた。

いつになっても変わらない親だ。

小さなの呆れと大きな安堵が思考を支配する。


「おかえり!レイン!」


絵に描いたような典型的な『オカン』が出てくる。


「久しぶりだね。母さん。」


「本当に久しぶりよ。たまには帰ってきても良かったのよ?」


「ごめんね。いろいろ忙しかったんだよ。」


「で、なんで帰ってきたの?」


「冒険者、やめてきたんだ。」


「………え?」


「冒険者、やめてきた。」


「どうしたの!?誰か怪我でもしたの!?」


「違うよ。僕らは……弱いから。」


「?? わからないわ。あんた白金プラチナ級までいったって言ってたじゃない。」


言ってた、というのは語弊があるが概ね間違いではない。定期的に実家へ手紙を送っていたのだ。


「まぁね。」


フッ、と笑う。自嘲の笑み。


「みんな帰って来ちゃったの?」


「フィルルだけは、今ごろ金剛不壊鋼オリハルコン級のはずだよ。」


「言ってることがよくわからないわ。1からしっかり説明してちょうだい。」


もとよりそのつもりである。話す義務が、俺にはある。


「……実はね——」


✳︎ ✳︎ ✳︎


「なるほどね。」


中等部からの出来事を、順を追って母さんに話した。難しそうな表情を、母さんは浮かべている。


「よくやった……とは言えないわね。」


「もちろんだよ。言って欲しい訳じゃない。」


「3人で話し合った結果なのね?」


「そうだよ。ずっと話し合ったさ。どうにか別の手段がないか、ってね。でも僕らには思いつかなかった。」


「そう……仕方がない……のよね。」


再び複雑そうな表情を浮かべるが、そこに怒りの念は込められていないように思える。


「これからどうするの?」


当然の疑問。その答えを俺は持っている。


「アスタリスクって神官が多いから、ポーションが売ってる店とか薬屋って少ないでしょ?」


「…そうね。フランチャルド区にはないわね。」


「でしょ?だからポーションでも売ろうと思ってね。開店できるぐらいのお金は持ってるし、ルリナは錬金術系の魔法を習得してる。ローラは薬草の発見と判別ができるスキルを所有してる。まぁ俺は専ら戦闘要員なんだけどね。」


「なるほど。それはいいんじゃないかしら?応援するわ。」


「今から教皇様に許可をもらいに行くんだ。店になる建物はもう買ってあるよ。」


もちろん教皇様に直接というわけではない。神殿まで届けるのだ。最終的に承諾するのが教皇様というだけである。


そんな言葉を聞き、暗かった母さんの表情が、少し晴れた気がした。


✳︎ ✳︎ ✳︎


「ふぅ。疲れたな。」


開店の準備の一環として、薬草の採取に出ていた。時刻は門が閉められるギリギリの21時前。今回の薬草はローラのスキルを持ってして、暗闇でなければ発見できない〈癒毒草〉の採取だったためにこんな時間になってしまったのだ。といってもこれは想定内。今日は明日の開店に向けて夜通し作業をしなくてはならない。



2時間ほど開店準備に明け暮れた。夜はかなり更けている。時刻にして深夜3時。


「流石にそろそろ寝るか?」


「ダメよ。明日寝坊して準備が間に合わないなんてことになったら——」


恐らく続く言葉は『どうすんのよ。』だっただろう。しかしそれが告げられることはなかった。


——ドゴン!


途轍もない轟音が響いた為に。


一瞬の葛藤。行くべきか、逃げるべきか。


正しい答えは決まっている。否、答えとは正しいことだ。ならばこの場合の選択肢はたった1つだろう。答えは〝逃げる〟だ。非力な俺たちが先の轟音を起こした相手と相見えるなど愚かなことだろう。


しかし、俺の足は動いていた。逃げるためではない。向かうためにだ。何が俺を動かしたのか。そんなのはわからない。フィルルへの贖罪かもしれない。元冒険者としてのプライドかもしれない。幼馴染としての——最期の意地かもしれない。或いは、その全てかもしれない。


とにかく、俺は走り出していた。いつもの剣を持ち、いつもの靴を履き。


どうやらそれはルリナとローラも同じだったようだ。


いつもの杖を持ち、

いつもの短剣を手にして。


これが、冒険者としての最期の役目だと、何処か感慨にも似た感情に浸って。


✳︎ ✳︎ ✳︎


それほど時間は掛からず、轟音の原因は見えてきた。


俺は、感じる。


その威圧感を。

その力量差を。


それでも、進む。何度目の〝不正解〟だろうか。そんなものはもうわからない。


轟音の原因たる大男は、俺達など見向きもせず、1人の男に向かって進んでいた。

この状況ならもしかすると、一泡吹かせることが出来るかもしれない。捕縛には至らなくとも、少しぐらいは役に立つかもしれない。元プラチナ級冒険者だと、フィルルの幼馴染なんだと、胸を張って言えるかもしれない。


だから、進む。


一点だけを見据える大男に、死角から——一閃。


しかし——無傷。



大男は腕を払う。本当に軽い動作。それでも俺を吹き飛ばすには十分だった。俺は大男が見据える男の側まで飛ばされる。


「大丈夫か?」


男が問う。『大丈夫だ。』と言いたいが、声が出せない。どこまでも俺は非力だった。結局俺はフィルルの力を借りていただけの道化師だったのだ。


あぁ、願わくば最期に、フィルルに謝罪する機会を与えてはくれないだろうか。


俺はフィルルの背中を思い浮かべる。


「レイン!?」


男が声を上げる。



俺は理解が出来なかった。



思い浮かべていた男が目の前にいるなど、理解が出来なかった。

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