#18〔狂戦士〕
ダイブ・ア・ロート。
異常な程に筋肉が隆起した彼は、ある二つ名を冠している。
〝狂鬼〟ダイブ。
そう、狂った鬼なのだ。意味もなく狂っているなどと付けられるはずはない。もちろん罵倒でも皮肉でもない。
〝狂鬼〟と呼ばれる由縁はダイブが有する職業にある。1つ目は拳闘士。
そして2つ目が——
世界を見渡しても、狂戦士などという職を修めている者は少ない。それは大き過ぎるデメリットに起因する。
狂戦士は、1度戦闘に集中してしまえば、目の前にある全てを破壊し尽くすまでその衝動は治らない。思考はかき乱され、武器を持つ手は止まらない。発動すれば最後。それは人間の形をした魔物へと成り下がる。
それが一般の認識だ。
確かにそれは合っている。何一つとして間違った事はないだろう。
しかし一流の狂戦士は、止まらない手の中で、思考する隙を見出す。
超一流の狂戦士ともなれば、冷静な思考すらも可能にする。
それでも武器を止める事は出来ない。それだけで、狂戦士などという職業が非難されるには十分だった。
とはいえ、もちろんデメリットの他にメリットもある。
狂戦士が持つ唯一のメリットとは———
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拳と拳が、ぶつかる。
ゴツゴツと硬い物がぶつかるような音が、辺りに鳴り響く。周囲には聖騎士や神官が集っているが、フィルルに加勢する事はない。ただ、見つめる。勝負の行く末を。
止まらない拳。思考を侵す衝動。それでも頭の中だけは、なんとか冷静を保っていた。
久しぶりに自分と勝負になる存在と出会った。そんな満足感の中、ダイブは相手を侮っていたと、今更ながら思い直していた。
(それにしてもなんなんだ?この腕は。)
右手だけが異常に膨らんでいる異様な姿。
ダイブは自らの拳を、かの神縛りの
(こんな存在がいたとはな。)
しかし徐々に徐々に、自らが攻撃をし、相手が防御をする、という渡り合いに移行してきているのをダイブは感じていた。
ダイブが振るい、フィルルが受け止める。
(この均衡が破れない限り、自分に負け筋は存在しない。)
確信にも似た思いを胸に、止まらない拳を振るう。
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20分経っても、均衡は破れなかった。俄然有利なのはダイブであり、不利なのはフィルル。
神に祈る神官がいる。フィルルに祈る聖騎士がいる。
それでも、状況は変わらなかった。
しかし、周りに見えないところで、状況は変化の兆しを見せていた。
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有名な戦闘学者がいる。王国の半分以上の者は、学者と聞かれて真っ先に思いつく人物。名をオーウェン・ジーニアス。
ジーニアスの最も有名な戦闘論に、こんなものがある。
『不死者最強説』
神殿から糾弾され、民から疎まれ、冒険者に討伐される魔物の1種である。脆弱を極める
1つは『感情の欠如』
喜び、悲しみ、怒り、恐怖、驚き、困惑。様々な感情の中で宿す感情は『憎悪』のみ。敵に対して一切の躊躇いなく突進することが出来る。これは驚異であるだろう。
もう1つが、この論文の主の部分となる。
それが『疲労しない』ということ。
馬車馬の如く働き続ける事が出来るのだ。どれだけ走り回ったとしても、その疲労は蓄積しない。
『そんな
という言葉で、この論文は締められる。
アンデットへの嫌悪感などは別として、この論文は高く評価された。そのために感情の起伏を抑える魔道具や、疲労を無効化する魔道具の作成に、鍛治師はこぞって取り組んだ。しかし未だにその完成品は発表されていない。
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