#18〔狂戦士〕

ダイブ・ア・ロート。

異常な程に筋肉が隆起した彼は、ある二つ名を冠している。


〝狂鬼〟ダイブ。

そう、狂った鬼なのだ。意味もなく狂っているなどと付けられるはずはない。もちろん罵倒でも皮肉でもない。


〝狂鬼〟と呼ばれる由縁はダイブが有する職業にある。1つ目は拳闘士。


そして2つ目が——狂戦士ベルセルク


世界を見渡しても、狂戦士などという職を修めている者は少ない。それは大き過ぎるデメリットに起因する。


狂戦士は、1度戦闘に集中してしまえば、目の前にある全てを破壊し尽くすまでその衝動は治らない。思考はかき乱され、武器を持つ手は止まらない。発動すれば最後。それは人間の形をした魔物へと成り下がる。


それが一般の認識だ。


確かにそれは合っている。何一つとして間違った事はないだろう。


しかし一流の狂戦士は、止まらない手の中で、思考する隙を見出す。

超一流の狂戦士ともなれば、冷静な思考すらも可能にする。


それでも武器を止める事は出来ない。それだけで、狂戦士などという職業が非難されるには十分だった。


とはいえ、もちろんデメリットの他にメリットもある。


狂戦士が持つ唯一のメリットとは———


✳︎ ✳︎ ✳︎


拳と拳が、ぶつかる。


ゴツゴツと硬い物がぶつかるような音が、辺りに鳴り響く。周囲には聖騎士や神官が集っているが、フィルルに加勢する事はない。ただ、見つめる。勝負の行く末を。



止まらない拳。思考を侵す衝動。それでも頭の中だけは、なんとか冷静を保っていた。


久しぶりに自分と勝負になる存在と出会った。そんな満足感の中、ダイブは相手を侮っていたと、今更ながら思い直していた。


(それにしてもなんなんだ?この腕は。)


右手だけが異常に膨らんでいる異様な姿。


ダイブは自らの拳を、かの神縛りのアダマンタイトにも匹敵すると自負している。そんな自分の拳と対等に渡り合える武器など、それこそ本当にアダマンタイトで出来た物ぐらいであると考えていた。しかし目の前にいるのは拳闘士。アダマンタイトに匹敵するダイブの拳と互角にぶつかり合っているという事は即ち相手もアダマンタイトレベルの硬さであるという事。


(こんな存在がいたとはな。)


しかし徐々に徐々に、自らが攻撃をし、相手が防御をする、という渡り合いに移行してきているのをダイブは感じていた。


ダイブが振るい、フィルルが受け止める。


(この均衡が破れない限り、自分に負け筋は存在しない。)


確信にも似た思いを胸に、止まらない拳を振るう。


✳︎ ✳︎ ✳︎


20分経っても、均衡は破れなかった。俄然有利なのはダイブであり、不利なのはフィルル。


神に祈る神官がいる。フィルルに祈る聖騎士がいる。

それでも、状況は変わらなかった。


しかし、周りに見えないところで、状況は変化の兆しを見せていた。


✳︎ ✳︎ ✳︎


有名な戦闘学者がいる。王国の半分以上の者は、学者と聞かれて真っ先に思いつく人物。名をオーウェン・ジーニアス。


ジーニアスの最も有名な戦闘論に、こんなものがある。


『不死者最強説』

神殿から糾弾され、民から疎まれ、冒険者に討伐される魔物の1種である。脆弱を極める骸骨スケルトンから、非常に強力な吸血鬼ヴァンパイアまで。多くの種類が存在する不死者アンデットの主な共通点は2つある。


1つは『感情の欠如』

喜び、悲しみ、怒り、恐怖、驚き、困惑。様々な感情の中で宿す感情は『憎悪』のみ。敵に対して一切の躊躇いなく突進することが出来る。これは驚異であるだろう。


もう1つが、この論文の主の部分となる。


それが『疲労しない』ということ。

馬車馬の如く働き続ける事が出来るのだ。どれだけ走り回ったとしても、その疲労は蓄積しない。


『そんな不死者アンデットが強大な〝個〟であったとすれば、それは最強の存在となり得るのではないだろうか。』


という言葉で、この論文は締められる。


アンデットへの嫌悪感などは別として、この論文は高く評価された。そのために感情の起伏を抑える魔道具や、魔道具の作成に、鍛治師はこぞって取り組んだ。しかし未だにその完成品はされていない。

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