#5〔豪腕〕
さて、悲惨な小劣鬼ゴブリンの死体を目にしているわけだが、ここで1つ豆知識を紹介したいと思う。
ゴブリンの習性についてなのだが、ゴブリンは血の匂いがするとその方向に向かってくるのだ。これはゴブリンの常に満たされることのない食欲に起因するのだが、ここで俺が言いたいことは分かるだろう。最も、こうなるのは覚悟の上だったのだが。
どこから湧いてきたのか。わらわらとやってきたゴブリンに、いつしか囲まれていた。数は8体。リュカは相も変わらずうっとりと座ったまま。助けは必要ないと判断しているのだろう。
例の如く、俺は自分にバフをかける。
〈属性付与術・氷〉〈敏捷化・優〉〈身体強化〉
そして、初めての試みをしてみせる。
〈豪腕化〉
ボコン、とでも音が鳴りそうな勢いで俺の腕が大きく膨らむ。あまりにもアンバランスな腕の膨らみは脂肪によるものではもちろんない。硬すぎる筋肉だけで構成された、『豪腕』というに相応しいものだった。
俺は未だ左手に持った武器を地面に投げる。膨らんだ右手を一瞥すれば、白く凍っている。それでも使用者——つまり俺に冷気を感じさせないのは、偏に右手が武器であると認識されているからだ。
「フンッ!」
大きく振りかざして垂直に下ろした腕はゴブリンを文字通り潰した。ゴブリンはさらに気持ちが悪い容姿となった。
そんなことを考えていると今度は2体同時にやってくる。1体が俺に向かって振り下ろした剣を右手で握るように受け止め、右足でゴブリンを蹴り飛ばす。するとゴブリンの手は剣から離れ、10メートルほど後方の大きな木にぶつかって口から血を吐く。死んだのを確認した俺は右手に握られた剣の柄の部分をもう1体の腹に突き刺す。鋭利ではなくともその腕力だけで柔らかいゴブリンを貫くには十分だった。
次のゴブリンを——と思った俺だが、同胞の無惨な姿を見たゴブリンたちは既に逃げ出してしまっていた。
初めてのソロ戦闘は——どうやら完勝のようだ。
「アオン」
リュカが寄ってくる。
「どうしたんだ?」
「グル」
リュカが向いた先にあったのは小さな滝壺だ。その後俺の身体を見るもんだから見てみれば、服はゴブリンの黒い返り血で染まっていた。
「なるほど。行くか。」
「アオン!」
心底可愛いやつだ。そう思いつつ、早く血を落とそうと滝壺に向かって走り出した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
2人の男が対面する。
「神殿長直轄特殊部隊ニーズルーグ隊長ダイブ・ア・ロートに命ずる。フランチャルド教教皇カルロ・ディ・アレイ・クローチェを——抹殺せよ。」
とても神聖とは言えない、邪悪な気配の中で、男が言う。髪は殆どが白に染まり、顎からは長い髭を生やしている。
ダイブと呼ばれた男はニヤリと口角を上げる。
ダイブの身体は異常だった。筋肉があり得ないほどに隆起し、筋の一本いっぽんがその硬さを強調させてくる。そしてなによりその存在感。生物的な恐怖を感じさる。
「かしこまりました。抹殺さえすれば——いいんですね?」
含みのある言い方をする。どうやらもう一方の男はその意図を正確に受け取ったようだ。
「あぁ、その通りだ。その際に街が破壊されたとしても、死人が出たとしても、誰も責めることはないとも。」
周囲にいた者は野太い笑い声を、夜の喧騒の中に聞いた。
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