#4〔ゴブリン〕

数多くあるカウンターの中で最も短いと思われる列に並ぶ。従魔の登録に来る者はそう多くないので専用のカウンターは用意されていない。雑踏の中でもやはりリュカは群を抜いて異様だ。好奇の視線に晒される。当のリュカはというと、全く気にもせずに俺に寄り添ってくる。


順番が回ってくると、受付嬢は顔をピクピクさせながら話してきた。


「え、えぇと、その魔物は何かな?」


灰輝狼ミスリルウルフです。従魔登録に来ました。」


「ミスリルウルフ……た、多分この子はミスリルウルフの中でも上位の個体ね。」


「はい、そうだと思います。」


「それにしても……どうやって手懐けたのかしら?」


「えーと、実は瀕死のところを助けてあげたら妙に懐かれまして。」


「瀕死!?ミスリルウルフを追い込んだ魔物がいるのね!?すぐに討伐隊の編成を!」


「あー、えー、違います!この子を拾ったのは昔のことでして。もう大丈夫なんですよ。」


「そ、そうなのね。良かったわ。えーっと、登録だったわね。まずは身分証明書見せてくれる?」


王都に入った時と同じように冒険者カードを出す。


「ふむふむ。アスタリスクから来たのね。犯罪歴は…ないわね。OK!登録を許可します!」


はいどうぞ。と渡されたのは首輪だ。王国の紋章が刻まれおり、従魔につけることで登録済みであることを伝える。


「それにしてもすごいわね。ミスリルウルフって高貴な魔物なんでしょ?そんな魔物に認められるなんて…あなた相当綺麗な心をしているのね。」


「どうでしょう。」


俺は笑ってみせる。


「これからどうするの?またアスタリスクに帰るのかしら?」


「いや、ここで活動しようと思います。」


「へぇ。神縛りのアダマンタイト級目指して頑張ってね!」


「いえ。」


2文字の否定。そして、1拍だけ置いて、告げる。



放浪者ナスターになろうと思っています。」



✳︎ ✳︎ ✳︎


ナスターになる。言ってみたはいいものの、俺は何をすべきか決めかねていた。リュカがいるとはいえ、迷宮を甘く見ることはできない。リュカ以上の強敵が出て来てもなんら不思議ではないような場所に赴くのだ。


大陸に5つ発見されている中の1つ、ラブリュス迷宮。5つある迷宮の中で最も広いとされ、足を踏み入れる者は愚者であるとされる。

しかし、俺は行く。アダマンタイト級を目指したあの時のように、英雄を目指して。


とはいえまだまだそれは先だろう。俺がリュカまでとはいかなくともせめてオリハルコン級ぐらいの強さにはならねば迷宮ではなんの役にも立たない。


どうやればそこまで強くなれるのか。考えてみたがやはり実戦あるのみだろう。魔物を狩ってそれで食いつなぎつつ高みを目指す、というところか。それなら冒険者でもいいと思うかもしれないが、新しいことに挑戦することに、俺はこの上なく興奮している。興奮してしまっているのだ。愚かだろう。馬鹿だろう。それでも、この胸の高鳴りを抑えることは出来なかった。

追放されて良かった。そう思う。否、思わずにはいられないだけかもしれない。別の方向に思考してしまえば、きっと辛くなるから。思い出したくないのだ。信じていた幼馴染に裏切られた衝撃と悲痛は、頭の中に、心の中に、纏わりついて離れようとしない。きっとこの先も、離れることはないだろう。


✳︎ ✳︎ ✳︎


方針を決めた俺は森に来ていた。王都の東に広がるルナーラント大森林。駆け出し冒険者が狩りをするような場所だ。援護師であることを考慮してここにいるのだが、さすがに大丈夫だろうと踏んでいる。


「リュカはここで見ててくれ。」


リュカを座らせて鉄で出来た剣を持つ。穏やかな風が、草木を揺らし、木漏れ日を誘う。


そんな心地よい空気の中に、醜い姿を視認する。汚らしい身体に生理的な嫌悪を誘うルックス。最弱であるとされる魔物、小劣鬼ゴブリンである。


ゴブリンに発見される前に、俺は魔法を発動させる。



〈武器硬化・特〉〈敏捷化・優〉〈属性付与術・氷〉



いつもは仲間に使っている、いわば十八番のバフだ。


ゴブリンがこちらを見つけたようで、グギャグギャと醜い声を上げながら向かってくる。ゴブリンの知能は極めて低い。前進と後退しか能がないのだ。向かってきたゴブリンの錆びた剣を受け止める。


——軽い。軽すぎる。


幼い子供と木の棒で遊んでいるようだ。

あまりにも軽い。勝ちを確信した俺は剣を左手だけに託す。そして右手を大きく振りかざして——顔面を殴った。ブシャリ。嫌な音が鳴った。左手にあった幼い子供の重みは無くなり、遥か後方でコトリと何かが落ちる。そして目の前のゴブリンも後方に倒れた。


一瞬の混乱の後、自分が何をしたかを知る。目の前で倒れるのは首をなくしたゴブリン。そして遥か後方にはその首があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る