#3〔放浪者〕

列に並ぶ。長く続く列はその殆どが商人で構成されている。昼時であることも関係してか、順番が回ってくるまでに少々時間がかかった。


「はい、身分証明書を見せてね。」


20代ぐらいの門番がいう。俺は身分証明書として冒険者カードを見せる。門番は納得した様子で通す——はずもなく。


「その魔物は?」


灰輝狼ミスリルウルフです。綺麗でしょう?」


俺はもともと考えていた嘘を言う。ここで白々しくただのウルフです、なんて言おう者なら即座に詰め所送りだ。俺からしてみれば1度だけ見たことがあるミスリルウルフの何倍もリュカの方が綺麗だが、ミスリルウルフを見たことがある者なんてそうそういない。上を知らない者を騙すのは案外簡単なのだ。


しかし、だ。


「ミスリルウルフだと!?お、お前さんはそんな名の知れたテイマーなのかい?ミスリルウルフを使役するなんて聞いたことがないぞ!?」


ミスリルウルフでも破格なのだ。故に——


「えぇ。まぁそれなりには。この子はたまたまなんですがね。」


多少の嘘はやむを得ない。


「それはまた… まぁともかく許可するよ。問題を起こさないように頼むよ。それと、これを。」


門番から渡されたのは首輪だ。従魔登録を終えていない魔物が都市に入るのに必要な仮の首輪だ。使い回されているであろう首輪を不憫に思いつつもリュカにつける。


「ありがとう。それじゃあ。」


そう言って俺はリュカに跨り、その場を後にした。


✳︎ ✳︎ ✳︎


都会の喧騒を直に浴び、辟易しながら通りを進む。やはり都会の空気は美味くない。昨日まで活動拠点にしていた城郭都市ベリトリズに初めて来た時と同じような感想を思い浮かべながら進む。


右手に冒険者ギルドがあるが、それを素通りする。向かう先にあるのは異常に大きな建物だ。名を王国総合受付場。困ったことがあればここに来ればいいというほどに国民からの信頼が厚い。とはいえ俺は全く困ったことはない。ここには従魔の登録に来たのだ。


従魔の情報を管理するのは王国側だ。ギルドではない。というのも、ギルドに所属していない者にも従魔を使役する権利があるのだ。そのために一律で国が管理することとなったのはつい20年ほど前らしい。


冒険者でない者が従魔を使役する意味があるのか、というのはここでは愚問だ。ペットの様に扱われることもあるし大商人にでもなれば馬よりも力が強い魔物で馬車を引くこともある。


そしてなによりの理由がある。それは王都近郊にある迷宮の存在である。実はギルドは所属する冒険者に対して迷宮への出入りを禁止しているのだ。そのため、迷宮の攻略を志す者はギルドに所属しない。


ギルドが迷宮への立ち入りを禁止する理由については様々だが、最も大きな理由はその致死率だ。何層にもなると思われる迷宮は未だ1階層も攻略出来ていない。


それだけを聞けば行くメリットはない様に思われるがそれもまた違う。各地に点々とあるダンジョンと違い、魔物を倒した際に何故か魔道具がドロップするのだ。何がドロップするかは倒した魔物の強さに応じて変わると言われるが、総じて価値が高い。冒険者で言えば歴戦のプラチナ級パーティが全力で戦って1体を葬れるとされる。


そんな迷宮の攻略を——英雄を目指す者を、人々はたっぷりの皮肉と、少しばかりの敬意を込めてこう呼ぶ。



——放浪者ナスター、と。



✳︎ ✳︎ ✳︎


「この少年を見なかったか?」


「いやぁ、すまないね。」



ここは城郭都市ベリトリズ。美しい少女が1人の少年を探していた。


「おい、本当に追放されたのは昨日なのか!?」


「そうだよ!まだそう遠くにはいないはずなんだ!」


「クソッ!何処に行ったんだ!」


多くの視線を集めながら男と女が話していた。男も女も、その焦燥感を全く隠せていない。



再び女は走り出す。反対方向に男も走り出す。



1人の少年を——フィルルを探す為に。

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