02-2.問題児は問題児であることを自覚しない
「それにしても、イザト、よくそんなに覚えていたわね。私だってそんなこと忘れていたわよ!」
「必要ならまだ上げようか?」
「ふふっ、断るわ。別に私は自分のしてきたことを振り返りたいわけではないからね! ちなみに、覗きに関しては反省も後悔もしてないわ。ただ、貴族のお坊ちゃまの貧弱な姿には笑っちゃうわね! 見られても恥ずかしい姿なら騒いでもしかたがないわね! あんなの見ても損しただけよ!」
「開き直るんじゃねえよ。覗かれた俺たちのことも少しは考えろや!」
「あ、ごめん、ごめん。その貧弱お坊ちゃまの中にはリンも含んでいるから怒らないでよ。ふふふ、イザトとリンの驚いた顔はいつだって最高ね! 写真に収めておかなかったことを後悔しているくらいよ!」
「まじで最低じゃんか! 二度とするんじゃねえぞ」
ガーナの言葉に対して思わず声を上げたリンに対し、勝ち誇った笑みを浮かべた。浴場を覗いていたガーナの姿を思い出したのだろう。リンはあれほどに屈辱なことはなかったと言いたげな表情を浮かべていた。
「あははははっ! 嫌に決まっているじゃないの。おバカねえ? 見られても大丈夫なように今の内から身体を鍛えておくといいわ!」
指摘されても尚、彼女の高笑いは止まらない。
反省をする気は一切ないようだ。
「逆なら聞いたことがあるって先生が言ってたよね」
「懐かしいわね。そんなことを先生が言っちゃダメだってみんなで大笑いしたのなら覚えているわよ!」
「去年のことだからね。懐かしもなにもないでしょ」
「ふふっ、良いじゃないの。イザトだって、楽しかったでしょ? 今度は一緒に覗きをしようよ。イザトなら小柄だから女子風呂に紛れ込んでもわからないわよ?」
ガーナの誘いにリンは頭を抱えていた。
今年、十六歳になる年齢にしてはイザトの発育はよろしくない。イザトが生まれ育った環境を考えれば栄養が足りていなくてもおかしくはないものの、女子生徒の中に紛れ込んでいても見つからないと考えるガーナの発言には耳を疑うものがあった。
そういう言葉に限って、ガーナが本気で言っているというのは、皆、経験の中で分かっていることだった。
「うん、それだけは遠慮しておくよ。他のことならば、……まあ、先生に目を付けられなければ協力をしてもいいよ」
「えぇ、残念。イザトなら女装しても似合うわよ?」
「嫌だよ。ヴァーケルさんは、日頃からふざけて窓は割るし、授業妨害するし、なに
かと問題ばかりを起こすんだから、そういう言葉はあまり言わない方が良いと思うよ」
「ふふふ、おかしいわねぇ。イザトの話を聞いていたら私がとんでもない問題児みたいじゃないの!」
「え? なにを言っているの? そんなことをする主犯を問題児扱いしないわけがないよね。そんな人が問題児じゃないなら誰が問題児だっていうのさ」
「嫌だわ、そう言われたらなにも言い返せないじゃないの! 心当たりしかないわね!」
「うわー、さすがに呆れるよ。僕の言ったことは、全部ヴァーケルさんにとって自信にしかならないなんて」
イザトはそう言ってから、大げさにため息を零す。
それも最初から分かっていたと言いたげな笑顔である。どうやら、大げさにため息をついたのはわざとのようだ。自然と笑い声が零れている。
「あーっはははっ! その通りよ、イザト! 私は私のしてきたことに後悔はしないし、全てはこの私の自信になっているの。素晴らしいと思わない?」
大げさに頷きながらガーナは豪快に笑う。
自覚をしたとは言え、それを正すのは“らしくない”。
……私は私だもの。誰の指示も受けないわ。
まるで誰かに抵抗するようだとすら感じるのだが、それを決して口にはしない。すれば、認める気がした。――昨日、追いかけたシャーロットが言い放った言葉を認めるわけには行かなかったのだ。
……冗談じゃないわ。私は、化け物なんかじゃない。
最愛の兄がいるべき場所には、相応しくない。
帝国民が崇め、畏れ、慕われる始祖には成りたくはない。
そのような場所には立つべき存在ではない。ガーナはどこにでもいる人間だ。帝国の為に全てを捧げるようなことはできない。そこまでして帝国に貢献をしたくはないと思ってしまうのは、国民として相応しくはない思想だろうか。
その力と戦歴を畏れながらも、崇める人たちの姿を知っている。
全ては帝国の発展の為、帝国の繁栄の為と体裁のいい言葉を並べても、始祖たちが中心となって行っているのは他国への侵略行為だ。生物兵器の一種ではないかと邪推した異国の研究家が残酷な方法で殺害されたのも記憶に新しい。
帝国では始祖の存在を疑うことは罪となる。
彼らが戦争以外ではなにをしているのか、それは誰も知らないことだ。
裏切り聖女と呼ばれているマリー・ヤヌットの反乱以降、百年間、戦争が引き起こっていない。その間、帝国を守護する始祖たちがなにをしているのかは誰も知らない。
今までは、それについて考えるようなことはなかった。
そのことへ疑問を抱いたのはなぜだろうか。
なぜ、急にそのようなことが気になり始めたのだろうか。
まるで帝国の在り方を疑うような疑問ばかりが頭を過っていく。
……バカバカしい。昨日からおかしいわよ、私。
誰かと話しをしていない時は、様々なことを考えてしまう。
まるで身体の奥底から書き換えられているかのようだ。今までは考えたこともなかったことばかりを考えてしまうことに対して恐怖を抱いてしまう。
「後悔をしてもそれをまた生かせばいいだけの話でしょ? だって人間なのだから失敗するのは当たり前じゃない。それに、やりたいようにやってみたい年頃ってあるじゃない。学生の私たちにはそれが許されるのだから、なんでもやってみるべきだと思うのよね」
「変なの。ヴァーケルさんの言葉は時々理解が出来ないよ」
「私はなにも変わったことなんて言ってないわよ。思ったことをそのまま言っているだけだもの!」
心の中で考えていることを悟らせないように笑って見せる。
そうすればなにもかも上手く進んでいく気がするのだ。ガーナはいつもそうやって乗り越えてきた。大げさな言葉や行動で自分自身を飾り立て、変わり者という隠れ蓑に本音を隠して道化者の真似をする。
そうすることにより友人たちと一緒にいられるのならば、それでいい。
「ふふふ。どうしたの? ライラ。変な顔をしているわよ」
「……変な顔とはどういった顔でしょうか?」
「よくわからない顔してるってことよ」
「そうでしょうか? 私、そのような顔をしていましたか?」
「うん。今、まさにそんな顔をしているわよ。鏡がないのが残念だわ。不思議で仕方がないって顔をしているのに見せてあげられないなんて」
首を傾げるライラの肩に手を乗せる。
相変わらず窓際に座ったままのガーナの髪は風で揺れる。それを見つめていたライラの眼は不安そうに揺らいでいた。
「妙なことを考えてしまったからでしょうね。ガーナちゃん、窓際に座るのはもう止めてくださいね。いつの日か、あなたが落ちてしまいそうで恐ろしいですわ」
「そう? ……落ちたって平気よ。私、浮遊魔法を覚えているもの。地面に叩き付けられる前に空を飛べるわよ」
「そういう話ではありませんわ。私はあなたが危険な目に遭う姿は見たくはありませんから」
「ふーん。変なライラね。ライラらしくないわよ」
それでもライラが嫌がるのならば、と、窓際に座るのを止める。
背中を壁に押し付けるようにしてはいるものの、窓際に座っている時のような解放感はない。風を感じにくいのだろうか。
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