03.それぞれの長期休暇の過ごし方
「うふふっ、ところで!! 春の長期休暇はどうだったぁ!? 皆々、離れたところに暮らしているわけであるし、色々と聞いてみたいわぁっ!」
「いきなり過ぎじゃね!?」
「急に思いついたの! 最初は、リンからね!」
「は? 俺!?」
「え、気分よ。気分! ほら、早く! 早く!」
へらへらと笑いながら、ガーナはそう言った。
先ほどまで落ち込んでいたリンは、制服を少し崩しながらも考える。朝礼時にはしっかりしていた制服も、今は無残なまでに解放されている。
名家の子息だということを忘れてしまいそうなまでに、自由な彼に対してライラは優しく微笑んでいた。
……本当に、ライラったら。
親友である彼女の笑みを見て、相変わらず、不満が募る。
……リンのどこが良いのかねえ。私にはわからないよ。
この場でそれを口にする気には、なれなかった。けれども、不満ばかりが募り、今にも文句を叫んでしまいたかった。
……ライラにはもっと似合う人がいるのに。兄さんみたいな人の隣にいるべきなのに。なんでリンのことが好きなのよ? 理解出来ないわ。
「春休みっつっても、なにもなかったんだよなぁ、俺。いつも通りに過ごしていたというか。特に変わったこともなかったからなぁ……」
注目を浴びながらも、思い出す。それから困ったように頬を掻いた。
二週間程の長期休みであったのだが、驚く程になにもないのだ。――特にガーナが期待しているだろう内容は。
「普通に、舞踏会とか誰かの婚約パーティとかそんなことばかりで、旅行も行かなくて基本的には実家か領地にある屋敷にいたしな。後は兄貴と剣を振り回して訓練してたくらいか。そんなんだぜ? 毎年」
「わぁ、君に取ったらそれが普通に入るんだね。僕、親友を辞めてもいい?」
「え!? それは酷いじゃん!?」
「聞きました、ライラさんよ。普通に、舞踏会とか婚約パーティですって。やだやだ。これだから貴族様は。普通の意味を理解していないんですわねぇ」
「あら。交友を深める事は義務ですわ。貴族や王族たるもの、常に最先端の情報収集をしなくてはなりませんもの。舞踏会はその最前線ですのよ? 立派な御役目を務められていたのですよ」
それに便乗するかのようにガーナは言うのだが、首を傾げてライラに聞き返されて笑いが止まる。そして、小さくため息を零した。
……身分差って怖いねぇ。
ガーナやイザト、それから未だに隠れているリカは平民だ。
帝国内ではもっとも人口が多いと呼ばれている階級の出身だ。今後もそこから抜け出すことは難しいだろう。
それは、舞踏会や婚約パーティなどの晴れ舞台に呼ばれる身分でもなければ、実家に帰れば、明日の生活の為に命を削るような労働を強いられる。
それでいて、容赦のない重税に苦しめられる。それが日常としている人々だ。
それこそ、なにも不自由なく暮らせている学園での生活は、天国に思うどころか申し訳なくなってくる気持ちが強く、同時にそんなことに金銭を使うのならば重税を軽くしろと怒りすら湧き出てくる。
そんな身分の考えと重税の苦労を知らない貴族や王族とは考えが異なる。当然、普通の基準も変わってくる。
「うふふっ、忘れていたよ、ライラ……。そう言えば、君は王族だったねっ! この市民の真似が大好きな王女様め!! 絶対的な支持と受けてるんでしょぉ!? 私だったら支持しちゃうもの! しかも、天然でやってそうだから素敵よ! 大好きだわ!」
「ええ、私も大好きですわよ、ガーナちゃん。――ところで、ガーナちゃん? 私が王族だってことを忘れておりましたの?」
ガーナは静かに目を逸らす。
……残念、誤魔化せなかったわ。
思わず、漏らしてしまった本音を消すように褒めたつもりだった。それもまた、普段から思っていることを叫んだだけではあったのだが、誤魔化せなかったようだ。ライラの姿はガーナが想像する王族の姿とは異なっている。
「ふふ、そんなことはないよ。うん、ありえないよ? ただね、国が変われば苦しみも違うのということを覚えておくと良いよー。帝国は身分差別が当たり前の国だからねえ。ライラのような天使のような考えをしている王族なんていないのさ!」
……忘れもするさ。だって、あまりにも王族のイメージと異なるんだもの!!
正当化するように叫びたかったものの、それを叫ぶことは出来なかった。
想像する王族の姿といえば、やはり帝国の皇帝陛下や皇后陛下の姿。帝国主義の独裁国家と民主主義の共和国では考えも王族の在り方も異なって当然だ。
……それに、触れたら友人じゃなくなりそうで怖いし。
身分差は乗り越えることができない。
今は傍にいることが出来ても、いずれ、王国へ帰る身分であるライラのことを必要以上に知ろうとするのは、返って苦しい思いをするだけである。
親友だと自負していても、自己防衛のために距離を取ってしまう。
……最低よねぇ、私。
結局、一番大切にしているのは、自分自身なのかもしれない。
自己嫌悪に陥りそうなところで、大きく、咳払いをした。
「王族の春休みはどうなんだい? 豪遊かい!? そうなのかい!?」
「いえ。舞踏会と公務と、それから視察に忙しい毎日でしたわ」
「えぇー、そうなのかい? 王女様ってのも大変なんだねぇ。もっと遊び回っているものだと思っていたのに」
「ええ、公務がございますので。それよりも、前回の大津波で倒壊してしまった船の修理を手伝ったり、塀の中にある街々を回って何か問題がないか聞き込みをしたり、おばあさんやおじいさんたちの畑仕事を手伝ったりと忙しいものですよ。それでも、充実した毎日でしたが」
「ミュースティさん、それじゃあ、王族って言うよりは農民だよ?」
「イザト君、良いですか? 国は民の為にあるのです、王族は国を纏める役目であって民に貢献するべき存在なのですよ。民と手を取り合って生きていくことは国を支えていく為には必要不可欠なことです」
ライラの言葉に、イザトは、ばれないように小さなため息を零す。
平民階級の人間であるとはいえ、数年前までは貧困街で暮らしていた彼には、民を思う王族など想像すら出来ない。ましてや、民の為に自らの手を汚すような真似をするなど偽善だと、嘲笑すら浮かんできそうになる。
……一緒に居てもライラのことをバカにしているんだろうなぁ。というか理解できないから苦しんでいるのかも。正反対だもんね。
イザトを見てガーナは胸が締め付けられた。
彼の境遇は知っている。
平民の中でもさらに貧しい者たちが暮らしている貧困街で生まれ育った彼はライラの言葉に共感ができないだろう。
ライラの語る理想的な話も都合のいい物語にしか聞こえていないのかもしれない。
……貧困街出身者と世間知らずのお姫様。小説みたいにはいかないよね。それでも一緒にいるから不思議だけど。
虐げられる側の気持ちは理解が出来る。
ガーナも、市民階級の人間というだけで、嫌味や陰口を言われてきた。嫌がらせだって受けて来た。
学園に通う貴族からすれば、貧困街出身者も平民階級の農村出身者も似たような存在だ。厭らしい存在だと決めつける貴族たちのことを憎いと思わなかったことはない。
……イザトからしたらライラも敵みたいなものだろうし。それでも前よりは攻撃的じゃなくなったけど。
見下される立場からは、脱出することは出来ない。
見下されることが日常の一部になっている人たちを、助けようとする王族の行為には理解が出来ない。帝国の権力を思うままに振り翳す皇族を知っているからこそ、現実味がない、偽善行為にしか聞こえないのだ。
……どうやったって、信用できないんだよね。きっと。
悲しくも、どれだけ傍にいても、それが現実だった。
「私の祖国、アクアライン王国は帝国のように細かな身分制度はありません。王族と国民は共にあります。それは初代女王陛下の時代から変わらずに保ち続けてきた私たちの誇りでもあります」
「ふうん。悪いとは思うけど僕には理解できないね」
「ええ。それでも構いませんわ。国が違えば考え方も違うのですから仕方がありません。私がしている行為は王族の義務を果たしているだけです。とはいいましても、お父様やお母様の様に大々的な貢献はまだできておりませんのが、お恥ずかしいところですが。イザト君、帝国の在り方が苦痛に思うのならば、一度、アクアライン王国に遊びに来てください。私たちは敵意のない人々を受け入れますから」
それでも、頬を赤らめながらも、胸を張ってそう言うライラはガーナたちの知っているこの帝国の皇族とは違うのではないだろうか。
……いっそのこと、亡命したらいいんじゃないかな。
その言葉を言うことが出来るのならば、イザトの心は救われるのだろうか。
帝国で生きるよりも他国へ亡命してしまえば、幸せになれる可能性はあるのではないか。戦時中ではない今ならば、亡命者への厳しい仕打ちもないだろう。それならば、それを薦めるのが友人の為ではないのだろうか。
……なんて、言えないんだけど。
ライラの言葉を聞いて、ガーナはそう思ったのだが、やはり、それも声には出せない。出す勇気も、それよって変わっていく環境を望めるほどに強くなかった。
「ガーナちゃんはどうでしたの? ふふ、そういえば、貴女から休みの日のお話を聞いたことがありませんでしたね」
ガーナの考えなど気づくこともなく、期待しているように目を輝かせて聞く。
その視線に応えるかのように、筋肉が消えてしまったのではないかと思わせる程に締まりのない笑みを浮かべる。真剣に考えるのは性に合わず、逆に空気に合わせて雰囲気を変えるのは得意だった。
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