ガーナ・ヴァーケルは聖女になりたくない

０２－１．問題児は問題児であることを自覚しない

「無視されてんじゃん。ざまあねえな。つか、来年からは問題児がお前だけになるじゃん？　可哀想に。俺たちが助けてやれなくなったら、退学させられるんじゃね？　仕方ねえから同情してやるわ。退学させられたら農民に逆戻りだな！」

「だから、私は、問題児なんかじゃないわよ！　私がいつ問題行動を起こしたって言うのよ！　それにね、農民のなにが悪いっていうのよ!?　御貴族様なんて好き勝手に農民から搾取していくけどねえ、私たち農民がいなかったらみんなが飢えて死んじゃうんだからね！　もっと、私に感謝しなさいって、笑ってんじゃないわよっ！　私のことをバカにしてると痛い目に遭うんだからね!!」

「あははははははっ！　あー、おかしい！」

「なにがおかしいって言うのよ！」

　ガーナの言葉に大笑いをするリン。

　それに対してなにがおかしいのか分からないと訴えるかのように腕を振り回す。その行動は駄々を捏ねている幼児のようだった。

　……本当にふざけてるわ！

「落ち着いてくださいませ、ガーナちゃん」

「うわっ!?　ちょっ、ちょっと！　痛いってば！　私が悪かったわよ！　もうリンを攻撃しないから離してよぉ！　痛い！　あのね、確かに、ちょっと殴ろうしたわよ!?　それを事前に察するって予言の才でもあるんじゃないの!?　痛い痛い！　ライラ、自分が怪力だってことを自覚してよ！」

　ライラは、穏やかな笑みを携えたまま、ガーナの腕を掴んだ。

　見た目からは想像が付かない力で腕を掴まれたガーナは、痛みに顔を歪めて振り払おうとする。

　……本当に怪力なんだから！

　自覚が無いのだから、質が悪い。

　解放された腕を撫ぜて、恨むようにライラを見る。しかし、相変わらず微笑んでいるライラを見ると睨む気力すらなくなる。腕を掴んだ行為に深い意味などないのだ。ただ、友人たちの間で繰り広げられる喧嘩を事前に阻止しようとしただけなのだろう。分かっているからこそ、それを注意する気にもなれない。

「まあ、怪力だなんて心外ですわよ。でも、リン君の言う通りですわよ、ガーナちゃん。こればかりはガーナちゃんが悪いのですわ」

「酷い！　ライラも私を問題児だって言うの!?　親友なんだから私の味方をしてよね！」

「いいえ、親友だからこそ味方をできないこともありますの。私たちが学園から立ち去った後のことが心配なのですよ。いつまでも一緒にいたいのですが、それは、母国が許しませんから。私も来年の今頃には王国に帰らなくてはなりません。ガーナちゃんもご存知でしょう？」

　ライラの言葉を聞き、ガーナは不満げに目を伏せた。

　……わかってるわよ。ライラもリカも居なくなっちゃうことくらい。

　体質により魔法学園の生徒として通い続けることが難しいことが予想されているリンも来年度には学園を立ち去ることになるだろう。そして、留学生であるライラやライラの後ろに隠れているリカも来年度には学園からいなくなってしまう。

　定められた留学期間以上に長居することは、許されない。

　それ以上の安全は保障されないのだ。例え、留学期間内であったとしても、帝国の情勢が危うくなれば、国へと帰還することになるだろう。そればかりは個人の我が儘ではどうすることもできない規則である。

　……残るのは、私とイザトだけなのかぁ。

　イザトも学園に滞在し続けるのかわからない。彼自身、自分のことを話そうとしない為、どのような事情をもっているのかわからないのだ。

　仲良く騒いでいられる日々は、時間が限られている。

　いや、限られた時間だからこそ、互いに飾ることなく接することが出来るのだろう。それぞれの生きる場所に戻れば、友人関係などあってないものへと変わる。身分は友情の前に立ち塞がることだろう。そうすれば再び笑い合うことはできないかもしれない。

「ガーナちゃんは、少し、問題行動を起こしてしまう癖があるのを、御自覚なさい。自分の首を絞めるようなことをしてからでは、遅いのですからね。私たちは心配なのです。大切な親友の危機に助けられなくなることが辛いのですよ。わかってくださるでしょう？」

　幼い子どもを宥めるように言葉を口にしたライラに対して、視線を向ける。

　全てを包み込むような優しい笑顔を浮かべているライラを見ると、心が安らぐ。なにもかも許されている気がしてくるのだ。それは、永久に続かないことを知りながらも、離れたくはないと心が訴える。

　……そうよね。こうやって言われるのも、もう一年しかないのよねぇ。

　このくだらなくも大切な日常が永久に続けばいい。

　叶う筈もない気持ちを抱いてしまう。

「はいはい、分かっているわよぉ。でもねぇ、私がなにをしたって言うのよ？　農民なのに成績上位者よ？　表彰だってされたもの。そりゃあ、私が評価される要因の一つには、兄さんの妹ってのがあるけど。それでもね、優秀なのよ。私は。誰もが羨むべき存在よ！　それなのに、どこが、問題児ですって!?」

　先程の仕返しだと言わんばかりに、ライラの腕を掴みながら、ガーナは叫ぶ。

　掴まれたライラは、相変わらず柔らかい笑みを浮かべ、どうしましょうと言いながら首を傾げていた。

　それでも、困ったような素振りはない。親友と自負するガーナが、自身へ攻撃を加えることなどありえないと信じきっているのだろう。異国の第二王女としては、油断しきった態度を見つめていたイザトは、ため息を零した。

「それ、僕が覚えている限りだけどいい？」

「ふふふっ、よろしい！　発言を許可しよう!!」

「偉そうな発言だね。普通に言えないの？」

「仕方ないじゃない私だもの！」

　豪快に笑って見せたガーナに対して、イザトは笑顔を崩さない。

　東洋の孤島と呼ばれる桜華国独自の名を持つイザトであるのだが、その容姿は帝国民と何一つ変わらない。年齢よりも幼い容姿をしているものの、イザトは温和そうな笑顔を浮かべている。

「交流合宿の時に、男性用の大浴場を覗きしようとして反省文書かされていたよね。体育祭の時もルール違反するし、玉入れで思い切り人に投げて出場停止喰らっていたよね。それから、文化祭の時も浮かれまくって他の部活に邪魔をしにいって、何か所か出入り禁止になったと思うよ。それに強化合宿の度に依頼のない魔物を持って帰ろうとするし、依頼者と喧嘩にもなるし。そういえば、校舎内の窓を壊したのは何回目だったかな？　一週間に一度はどこかの窓を割ってるよね」

　それから、指を曲げながら次から次へと上げていく。

　……あら、嫌だわ。よく覚えているんだから。

　心当たりはある。

　言われた事柄はもちろんのことだが、行事以外に行った反省文を書かなければいけないことを思い出す。授業が始まる前に書いてしまおうと鞄の中に入れたままの白紙の反省文のことを忘れていた。

　……ふふっ。私って、実は問題児？　新学期早々、反省文を書き忘れてまたお説教とか笑うしかないわね。

「毎回のように反省文を書かされていても懲りないね。問題ばかり起こしているのにどうして停学処分にならないのか、僕は不思議で仕方がないよ」

「ふふふ、停学処分になるわけがないわよ。だって毎回のように兄さんに泣きついてもみ消してもらっているもの！」

「うわ、最低だね。身内の権力を使うのはずるいと思うよ」

「なにを言ってるのよ？　学園にいる人は権力を使うじゃないの！　私たちにだってそれを使う権利はあるわ。大丈夫よ。兄さんはそのくらいのことなら簡単だって言ってくれるもの！」

　イザトがあげた出来事は、全て去年の一年間で起きたものである。それには、ライラやリン、それからライラの後ろに隠れているリカも頷く始末だ。誰も否定することができない問題行動ばかりを引き起こすのは、いつもガーナなのだ。

　誰もが認める問題児は、他でもないガーナ自身だった。

　それに気づいたのは、たった今、この瞬間だった。