01-3.自分勝手で騒がしい。それが彼女たちの日常である

 ガーナは自身が魔女であると知ったのはその検査の時だったのだ。

 それまではどこにでもいる魔力の持たない平民だったのだから。


「それでも、私は、立派な魔女様じゃない? 平均の二倍は魔力があるのよ? それを暴発させることも魔法を使うこともなく、幼少期を過ごしてきたのも、私の魔力の制御が優れていたからだと思わない?」


 十歳の時に魔力があることを知り、十二歳の誕生日を迎えた時、イクシードからフリアグネット魔法学園への入学を勧められるまでは魔法を使ったことがなかった。魔力を持っているとしてもそれを活かして生きていく方法を探そうともしなかった。


 通常よりも多い魔力を持っていても暴発すらしなかった。


 それがガーナの日常を変えずにいた原因なのだろう。魔力を操作する必要性を感じなかったのだ。身近に魔法を教えてくれるような人がいなかったというもの大きかっただろう。ガーナに魔力があると判明したころには、イクシードは故郷を離れていたのだから。


「時々思うんだけどね。本当に私って魔力あるのかなぁって」


「魔法を使えてるんだからあるだろ。バカじゃね?」


「そういう問題じゃないの! バカはリンよ。私は十二歳になるまで魔法を使ったことがないのよ? それなのに急に魔力があるって言われても変な話じゃない?」


「あー……。別にいいんじゃね? 魔力があることには変わんねえだろ」


「考え無しねえ。私にとってはそれが大事なことなのよ? それに比べて、リンって、お偉い貴族様だけど、魔法って使えるの? 私、お前が魔法を使っている姿を見たことないんだけど。魔法を効かない体質ってのも驚いたけど。魔法を分解して吸収する? って、言ってたけどぉ、そんなの昔話にだってないわよ。そのよくわからない体質なのに生きているって、実はリンって凄いわよね」


 魔法に関する基礎知識や簡単な魔法しか習わない中等部とはいえ、一度も魔法を使わないということはありえない。自主練習として安全性が確保されている学園内部ならば魔法を行使する事が許されているのだ。それなのにもかかわらず、魔法を使っている姿を一度も見たことがない。


 以前から気にはなっていたのだ。特殊体質を持っているということはリンから聞かされていたものの、正確なことは聞いたことはなかった。なんとなくではあったものの、それに触れてはいけない気がしていたのだ。


「ねえ。いい加減に教えてよね。本当はどうなの? 魔法が使えるの? 使えないの?」


 それをゆったりとした口調で指摘をした。


 リンが問題児といわれる原因はそこにある。


 彼は魔力を持っているが、魔法を使うことが出来ないらしい。しかし、魔法を吸収し、体内にて魔力として蓄えることは可能である。その蓄えた魔力がどうなっているのかは、未だに解明されてはいない。それでも、学園に入学する事が許可される魔力はある為、魔力を持っている限りは魔法使いと認識されているのだろう。


「仕方ねぇーだろ。そういう体質なんだからよ。前にも言っただろ。生まれつきの体質なんだよ、これ。学園側も理解した上で通わせてるんだから問題はねえの」


「でも、魔力はあるのよねぇ?」


「一応な。……っても、初級魔法を二、三発くらいだって話だしな。卒業は出来ねーんじゃねーの? 俺自身、進級できたのも驚いてるくらいだしな」


 進級試験には、合格は出来ないだろう。

 誰かに言われたわけではない。それでも、リンは分かっていた。


「お前からすれば想像がつかねえだろうけど、別に珍しいことじゃねえよ。俺も同じ体質の奴がいること知ってるし、そういう目で見られるのも慣れてるし、別に気にすんなよ。お前に気にされると気味が悪いじゃん? 好き勝手言ってこその農民根性なんじゃねえの?」


 ……あ、やばい。これって、触れちゃいけない話題だった。


 触れてはいけない話題ということはわかっていたはずだった。


 ……なんで。急に聞かなきゃいけないって思っちゃったんだろ。


 寂しそうに笑うリンを慰めようと言葉を考えるが、浮かばない。本来ならば、触れるべきではなかった話題の所為だろうか。少しだけ空気が重くなる。


 慌てて助けを求めるようにライラを見る。しかし、ライラも言葉を詰まらせているようで静かに眼を伏せていた。


 ……どうしよう。傷つけるつもりなんかなかったのに。


 いつも通りにふざけているつもりだったのだ。言葉を選ばなかったのはなぜだろう。今までならば、息をするように冗談を口にしていたはずだ。


 不思議なことにそれすらも出来なくなっていた。


 無意識の内に傷つけるような発言を口にする。それにより、自分自身から遠ざけようとしている。それに気づくのは、発言した後だった。


「あぁー……、その、ごめんね、リン。私、別にそこまで傷つけようとしたわけじゃないの。でも、なんだか、気になって……」


「だから気にすんなって! お前らしくねえじゃん? 別に気にしてねぇーし。あ、でも、俺じゃなかったら、ヴァーケル、処刑台に送られてたところじゃん? そういう奴らもいるんだから気を付けろよな」


 申し訳なさそうに謝るガーナの頭を軽く撫ぜながら、リンは笑う。

 本来ならば、怒鳴られても仕方ない所に触れたのだ。それなのにもかかわらず、気にしていないと笑う彼を見て、ガーナは困ったように笑って見せた。


 ……嘘吐き。


 傷ついていないわけがない。誰よりも気にしている筈なのだ。


 それでも、ガーナの為にわざとらしく笑って見せるリンに対して、これ以上、この話題に触れることは出来なかった。


 ……でも、ありがとね。


 心の中で感謝の言葉を告げる。


 失礼な事を口にする事が多いガーナに対して、呆れることもなく、今後は気を付けるように指摘してくれる友人がいるのはありがたいことなのだ。それを知っているからこそ、ガーナは、恵まれていると実感する。


 ……なんで私、こんなことばかりしちゃうんだろ。


 自分自身のことなのにもかかわらず、理解が出来ない。いつもならばしないことばかりをしてしまうことへ違和感を覚え始めていた。


「そんなことで処刑台に送られるなら、私、何百回と死ななきゃいけないじゃないの。冗談じゃないわよ!」


「例え話じゃん。マジでそうなったら知らねえけど」


「酷いわ! ねえ、ライラ! ライラは私の味方よね!?」


「ええ、ええ、当たり前ですわよ。私がガーナちゃんを救い出して見せますわ」


「やった!! ライラならそう言ってくれると思ったのよ! 殺されそうになったらアクアライン王国に移住するわね!」


「殺されるようなことが起きないのが一番ですのよ? それを前提にしてはいけませんわ。ですが、第二王女の権限を使ってでも、親友のガーナちゃんのことを受け入れますわ」


 ライラは、ガーナの言葉を冗談として受け止めたのだろう。


 ……ふふふ、これで私の安全は確保されたわ!


 残念ながらガーナは本気だった。


「甘すぎでしょ」


「なによ、イザト。今まで黙っていたのに、それは酷くない?」


「僕は巻き込まれるのは嫌だからね。黙っていただけだよ」


「酷いわ! 私はイザトのこともリカのことも巻き込むつもりなのに!」


 冷たい視線を向ける少年、イザト・ホムラの言葉に対してガーナは泣き真似をして見せる。しかし、それに対してイザトは興味がないと言いたげな視線を向けただけでなにも言わなかった。


「ちょっと、なにか言いなさいよ! 無視しないで!」


 ガーナの言葉が聞こえていないのだろうか。いや、それはないだろう。


 なにも聞こえていないかのような顔をして窓の外を見始めたイザトに対してガーナは喚き声をあげるものの、なにも反応はない。

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