01-2.自分勝手で騒がしい。それが彼女たちの日常である

「それより、私、むかついていることがあるのよねぇ。だから、いつも以上にリンのおバカをからかっちゃったわ」


 始祖は生きている。

 始祖である兄はどこにでもいる人間である。


 なぜだろうか。そう思ってしまうのだ。


 ……別にリンが悪いわけじゃないけど。そんなのはわかってるんだけど。


 頭の中で整理がついていないだけなのかもしれない。


 ガーナはため息を零す。鬱陶しいと言いたげに長い髪を右手で払い、ガーナは真っ直ぐな眼をリンに向けた。真剣そうな眼を向けられたことが意外だったのだろうか。思わず、なにを言われるのかとリンは身構えていた。


「お前はぁ、歴史に名を刻むであろう劣等生だろうけどさ、それって個人の問題じゃない? フリアグネット魔法学園が始まって以来の問題児はリンのことでしょ? それなのに、問題児を一か所に集めようとしたんじゃないかって? ちょっと、それは言い掛かりにも酷いじゃないの? まるで、お前以外に問題児がいるように聞こえるじゃないの!! 言い掛かり反対よ! 断固反対!!」


「お前だよ、お前!! なんで、自分が問題児じゃないと思ってるんだよ!? まさか、今まで無自覚で問題を起こしてたのかよ!? つか、劣等生言うな!! 地味に傷つくじゃんか! 真面目な顔でなにを言い出すかと思えばそれかよ! お前、その顔止めろよ! 傷つくじゃんか!」


「ええっ、ちょっと、傷ついている顔じゃないわよ!」


「いや、だって、お前に言われてもなぁ」


「やだー。このおバカ、相手を選んでいるんでしょ! ライラに言われたら泣くほど傷つくんじゃないの? ね? ね? そうでしょ? そうなんでしょ!」


「うるせえよ! なんなんだよ、お前は! そんなに俺を傷つけて楽しいかよ、この変態屑女!」


 叫ぶように文句を言ったガーナに対して、直ぐに言い返す。


 そのやり取りを聞いている友人たちは、いつものやり取りに笑い声をあげていた。誰も止めようとしないのはこれがいつも通りのやり取りだからだろう。傍から見れば暴言でしかないガーナの言葉も笑って許される。リンも言い返しはしているものの、またかと言いたげな目を向けているのは、それほど気にしてもいないからなのかもしれない。


 ……あら、酷い。ライラったら、庇ってくれてもいいのに。


 傷ついたとでも言いたげな泣き真似をするリンから、視線を反らすようにしているもののライラは笑っているのを隠せていない。感情表現が豊かなリンをからかって遊ぶのはガーナの好きなことの一つだった。


 こうして何気ないやり取りだって笑いに変わるのは、リンがわざとらしく泣き真似をし、傷ついたと言いながらも笑っているからだろう。


「ふふっ、バカな冗談を言うのねぇ。それより、その嘘泣き、腹立つんだけど。殴ってもいいかしらぁ?」


「それこそ冗談だろ! お前に殴られたら入院させられるじゃん! 平民に殴られて入院なんてさせられたら、それこそ俺の立場がねえよ!」


 両手を上げて降参だと言わんばかりに、泣き真似を止める。

 楽しそうに盛り上がる五人は、教室中から視線を集めていた。


 本来ならば、ガーナと一緒にいるべきではない身分であるリンとライラが、楽しげに笑っている。それも、自虐とも思える話題で盛り上がっている。


 ……それにしても、見ている連中が鬱陶しいねぇ。


 高等部に通う学生魔法使いとしては、おかしいことではないだろう。彼女たちの間に身分がなければ騒がしいというだけで見てみぬふりをされただろう。


 それは、貴族や王族の身分を持つ者としては普通ではないことだ。


 リンとライラにも、その自覚があるのだろう。盛り上がりながらも、時々、周りからの視線に対して、気まずそうな表情を浮かべていた。


「ちょっと! 怪力なのはぁ、私じゃなくてライラでしょぉ?」


「あら、失礼ですわよ。私、普通の範囲に収まっていますわ」


「それはライラの国の基準よ! 帝国より怪力な人が多いって有名よ? 怪力王国なんて不名誉な言い方だってされているじゃないの」


 農業王国としても有名であるアクアライン王国には、握力の強い魔法使いや魔女が多い。身体強化魔法が生み出されたのはアクアライン王国の魔法使いや魔女に勝つことを目的とされている、なんて伝承もあるほどだ。


 それを思い出してガーナが言えば、ライラは困ったように笑う。


 ……ああ、もう。私、絶対にこの子には勝てないわぁ。


 笑い方すら品のあるライラを見て、ガーナはため息を零した。


 生まれ育って環境なのだろうか。それとも、思考や性格の違いだろうか。穏やかに微笑むその笑顔を見ると、なにもかも、どうでも良くなってしまう。


 ……なんなのかしら? 絶対、聖女とかっていうなら私よりもライラやリカのことを言うんだと思うわ。不名誉な聖女様とか二人に押し付けられそうになったら私が追い払ってあげるけど。でも、この二人ならそう呼ばれてもおかしくはないわよねぇ。


 静かに笑っている黒髪の少女、リカに対して意味もなく頷いて見せる。意図が伝わらなかったのだろう。リカは困惑したように首を傾げている。


 ……あぁ、可愛い。可愛い。なんで首を傾げただけなのに可愛いの?


 他人を癒す効果でもあるのだろうか。


 リカの何気ない行動に対してガーナは心の中で叫ぶ。実際に声をあげると驚かれるので可能な限りは控えているのだ。そこまで丁重に扱うのもリカだけだろう。なぜかわからないのだが、ガーナはリカにだけは雑な扱いをしてはいけないような気がしていた。


「まぁ、あれよねぇ。ライラが普通だと思っているなら、それで良いと思うわ」


 留学生として帝国に滞在しているライラは、アクアライン王国の常識は、全世界に通ずるものであると思い込んでいる節がある。それを知りつつも、これ以上、指摘することはしなかった。それもライラの長所であるからだ。


「それよりも、あの腹正しいほどに有名な公爵家様! 大貴族様のジューリア公爵家の次男坊とはぁ、思えないよねぇ。少しは、ライラのお上品さを見習ったらどうよ? 御貴族様よ、御貴族様。上品の欠片もない御貴族様!」


「うるせーよ。つか、お前に上品さとか求められても説得力ねーじゃん」


「私は良いのよぉーん。だって、私、生まれも育ちも一般的な平民階級の農民様だもん。おーっほほほほっ! 平民階級の農民に上品さとか求めないでちょうだい! 私までそうなってしまったらこの学園は終わりよ!」


 学園では少数派である平民階級の出身であるガーナには、礼儀作法を教わる機会はなかった。そのようなものを覚える暇があるのならば農業に勤しむ必要があったのだ。生きる為にはその日の食糧を確保しなくてはいけなかった環境で育ったのもあるだろう。


 礼儀作法を指摘されるようになったのは、学園に入学した後である。


 それを指摘されるようになった当初は、こうなることを知っていただろう兄のイクシードを恨んだものである。


 ……でも、必要になるなんて思わなかったしねぇ。学園に入る前に兄さんに教えてもらっていたとしても、私、覚えていなかったと思うのよね。


 帝国の中でもっとも多い平民階級の子どもたちは、礼儀作法を習わない。


 その日、生きていくだけで大変なのだ。礼儀作法を覚える時間があるのならば、その日の食糧を確保しなくては生きていけない。ガーナがそのような環境で生きて来たのは珍しいことではない。帝国ではよく見かける光景である。


 ……魔女だなんて思わなかったし。


 帝国の中でも魔力がある人は、限られている。


 それは、王族や貴族、政府や軍に関係のある家柄が多く、平民階級出身の者からは少ない。ほとんどいないといっても過言ではないだろう。だからこそ魔力がある人間は希少価値なのだ。貴重な人材を生かす為に、全寮制の魔法学園が幾つも存在しているのである。


 ……ある日、突然、魔法が使えるようになっただけでも驚きなのに。その上、貴族様たちと友人になるなんて、さすがとしかいえないわね、私。普通じゃなくて素晴らしいわ。


 思い返せば、入学までの月日を、魔力の暴発を引き起こすこともなく過ごすことが出来たのは奇跡だったのだ。その身に宿している魔力は、同年代の学生の二倍もある。十歳の子どもを対象に行われている無料の魔力検査で判明するまではガーナは魔力がないと思われていた。それは異常なことだった。

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