02-2.ガーナ・ヴァーケルは変わり者の魔女である

 ……それに、純粋な子ほど裏がありそうなんだよねぇ。


 それは、学園で得た経験からの疑いであった。


 貴族の子息や令嬢が多く通うフリアグネット魔法学園では、ガーナのような市民階級の人間が通うことは少ない。当然、魔力さえ保有しているのならば通う権利は存在する。


 ……本当は私なんかが話しかけていい身分なんかじゃないし。そんなのは、幾ら私でも分かっているけど。でも、親友だもの。良いじゃない。学生同士の内は、身分とか関係のない友人関係を築くものだって、兄さんも言ってたし。


 優秀な魔法使いや魔女は、多ければ多いほど、国力の維持や拡大に繋がる。


 そこには身分制度以上の価値があるのだ。


 帝国を守る為の力には、身分など存在はしない。だけども、根強い身分差別や偏見は市民階級の子どもたちの心を大きく傷つけてきた。ガーナもその一人である。


 結局は、身分制度から抜け出せない。


 国の為に命を差し出し、得られるものは犠牲だけだった。

 自らの意思を貫き、その結果が帝国を守る為の生贄になることである。


 それが美徳とするのは、帝国民の根本に始祖信仰が根付いているからなのかもしれない。


「ねえねえ! まだまだ遊ぼうよ! ちょっとくらい豪遊したって怒られないでしょ? お金をいっぱい使おうよ!」


 それを学園で学びながらも、ガーナは変わらず笑っていた。


 ――彼女は知っている。

 もっと、酷い差別を受け、笑っている人の存在を。


「ええ、勿論ですわ。……豪遊は祖国へ迷惑がかかるので、致しませんけれど」


「いやーん。頭が固いねぇ! 少しの豪遊で経済が傾くならぁ、帝国はとっくに亡国よぉ! あんなにバカみたいにお金を使ってドレスを着ている貴族なんて飢えて死んでしまっているわよ。そんな人を聞いたことがないもの。だからお金をたくさん使っても大丈夫よ!」


「亡国なんて不吉な言葉を口にするものではありませんわ。不敬罪に処されますわよ。ガーナちゃん、あなたは軍に目を付けられているのでしょう? なにが切っ掛けになるかわかりませんわよ」


「いやーん! ライラが怒ったわぁ! こわーい!」


「こら! ちゃんと話を聞きなさい!」


 本来ならば、隣国の第二王女という高貴な身分を持つライラが、堂々と散策や買い物をするのには、色々と面倒な手続きを交わしたり護衛をつけたりしなければならない。


 その手続きをせずとも、こうして自由に行動する事が許されているのは、絶対安全を誇る設備があるからである。


 それは常に生徒たちを監視しているともとれる設備だった。


「でも大丈夫よぉー。フリアグネット魔法学園には、帝国が誇る古い時代の防御魔術が施されているんですもの! 魔法じゃなくて魔術よ? 今ではあの化身部隊しか使えないって噂のやばい力で出来てるのよ? すごくない? だから、亡国なんて不吉な言葉もブラックジョークとして受け入れられるの! 素敵でしょ? そんな歴史と魔法が残っている国なんて帝国しかないわよ!」


 科学と魔法の集大成と呼ばれる爆撃機の攻撃すらも、吸収し、魔力として循環させると謳われている結界を見上げる。


 学園都市を覆い尽くす半透明の結界越しの空は、雲一つの無い晴天。

 それが自然のものか、人工の景色かは分からない。


 見慣れた光景だからなのか。誰もそれを疑問に思うことはないのだ。


 ガーナはそんな空が嫌いだった。


 フリークス公爵領の外れにある田舎で育ったからだろうか。自然のものとしか見えない人工の空が好きにはなれない。それに対して疑問を抱かない同級生たちのことも好きにはなれなかった。


 なぜ、そのような疑問を抱くのか、ガーナにも分からない。


「それに安心してよね、ライラ。なにがあっても、このガーナ様が付いているわ。私の親友に危険なんてないんだから!」


 万が一の事があれば、国際問題になるのだ。

 一度、事件が起きれば、同盟国とは言え、戦争は避けられないだろう。


「まぁ、不死国の帝国を滅ぼすなんて戦争しかないでしょうけど。――でもね、それを引き起こすのは、ライラの国じゃないって信じているわ。だから、大丈夫! 過剰な心配をしないで楽しみましょう!」


「ええ、存じていますわ。ですが、先ほどから不吉な会話ばかりですわ。……ガーナちゃん、予言の才はないでしょうね?」


「あはっ、残念なことにね。兄さんは予言の才に溢れているのにね。偉大なる帝国守護神の始祖様には私の才能は必要じゃないのかしらねぇ? 私に予言の才能さえあれば、帝国は戦争に怯えない日々が続くと言うのにね! 始祖様ももったいないことをすると思わない? 兄さんじゃなくて私を選ぶべきだったのよ。そしたら、私が帝国を護ってあげられたのに残念だわぁ」


 ガーナは、露骨に肩を落として残念がる。


 不死国の一つとして数えられているライドローズ帝国の情勢は、非常に危うい。

 隣国であるヴァイス魔道国連邦との休戦条約を結んでいるものの、それが、どのような切っ掛けで破棄されるか分からないのだ。


 明日にも戦争が起きてもおかしくはない。


 そうなれば、“不死国”と“不死国”の戦争が引き起こされる事になる。


 それは、必然的に世界のバランスを壊すものであり、何度も引き起こされている終わりのない争いでもあるのだ。


「私は帝国の仕組みに詳しくはありませんが、そのような存在ではなくてなによりだと思いますわよ。神様として崇められるなんて人間の生き方ではありませんわ」


「うふふ、帝国に対して批判的だねえ。そういうところも好きよ、ライラ。ライラだけだもの。私の言いたいことをわかってくれるのは!」


「そうでしたら、そのような恐ろしいことを言葉にしないでくださいね。ガーナちゃん、私も好きで批判するわけではありませんの」


「ふふっ、それよりも、注目を集めるのは、なぁーんて素敵な事なのかしら! やっぱし、私は、注目されるべき存在よね! あぁ、なんて罪深いの! ライラの真面目な言葉も靴が得てしまう素敵な女性! さすが、私! さすが、ガーナ様! ねえねえ、そこの君もそう思わない? あ、ちょっと、走って逃げるってどういうことよぉ!?」


 体をくねらせ、自身の思うままに発言をするガーナに対し、ライラは苦笑せざるを得なかった。露骨なまでに自身を強調させた口調で語る姿は、自分自身に溺れているようにも見える。


 その裏では、流石は不死国の民と呼ぶべきか。


 未成年者でありながらも、帝国の現状を理解し、冷静な判断を下すことが出来るのだ。当然、親友であると自負しているライラも気づいていた。


 気付いていながらも指摘もせず、ふざけた言動を楽しむガーナに合わせて笑っていた。


「あら、私、ガーナちゃんが暴発を引き起こしそうだからこそ見られているのだと思いますわよ。前年度の試験結果、皆さまもご存知でしょうから」


 十八歳未満の魔法使いや魔女は、特例を除き魔法学園に通うことが義務付けられている。それは、十八歳未満の子供は心が不安定になりがちであり、魔力を自身の支配下に置き切れず、魔力の暴発という現象を起こしやすいからだ。


 特に、私立の名門であり絶対安全を謳う学園であるあるからこそ、他国からの留学生や帝国内の名のある貴族たちが多く通う。


 全寮制を採用していることも都市として、成立する理由の一つであろう。


「ああああ! 聞こえなーい! 神的天才の私の才能を図ろうとする試験なんて滅びてしまえばいいのよ! 試験なんて大嫌い! 貴族様のお綺麗な文章で書かれたってわからないのよ! もっと、こう、方言を全面的に出した文章を要求するわ! もしくは辞書を使わせてほしい!」


「ガーナちゃん。今年こそは淑女を目指しましょうね。そうすれば自然と言葉は身についてきますわ」


「もぉー、頭固いねぇ! これ、今日で何回目の台詞だと思ってるのぉ! それにぃ、私はぁ、淑女なぁーんてって堅苦しいのは大嫌いなの! 方言だって伝わらなさそうなのは使ってないんだからいいじゃない! そんなのはお貴族様がやっていればいいじゃないの! ばかみたい!」


 差別なき帝国、民主主義の帝国。

 古代からのやり方を否定し、新たな国家体制を。


 そんな目標を掲げている変わり者の皇帝の意志が反映された学園には、多くの政治家や非魔法使いたちも注目している。


 新しく吹き込まれる風は、帝国にとってどのような結果になるのだろうか。


 それを見極める為だけに注目を集められている。


 だからなのだろう。幾ら、皇帝が身分制度の撤廃を訴えても、学園からは差別がなくならないのは。身分制度も身分差別も必要であると学園側から訴えるように唆されている者たちが紛れ込んでいるのだろう。


 そのようなことはガーナだって知っていることだ。


 ……堅苦しいのは、性悪貴族だけで充分よ。


 ガーナは貴族が好きではない。


 もちろん、ライラのような例外もいる。

 友人の中には差別主義者ではない貴族出身者の者もいる。


 類は友を呼ぶというのだろうか。変わり者ばかりがガーナの周りには集まっていた。


 ……私は絶対にあんな性悪になってたまるものですか!


 市民すら貴族のようになってしまっては、この国は、終わりだろう。

 民主主義を求める民の声は、永久に届かない国になってしまうのだから。

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