02-1.ガーナ・ヴァーケルは変わり者の魔女である
裏切り聖女の呪いから、百年の年月が流れ、魔法歴二一二〇年の春を迎えた。
ゲルト大陸中に強大な軍事国家として恐れられた帝国が存在した。
千年にも渡る歴史を持ち、その名を世界中に知らしめる。
魔法と科学の融合化が進む近代文明よりも、遥かに劣ると囁かれる古より続く純粋な魔法だけで作られた魔法文明を保ち続けるその帝国の名は、ライドローズ帝国。
現在、帝国と同等の純粋な魔法文明を保つ国は存在しない。
多くは近代文明に飲み込まれ、歴史の一部と化してきたのだ。中には、魔法文明そのものが消えてしまった国もある。
それなのにも関わらず、幾多の戦を乗り越え、衰える事を知らない帝国。
近代文明である科学を排除し、帝国主義を貫き通す大国に対して、誰もが恐れを抱く。
しかし、いつ頃からだろうか。
世界中に幾つも存在する“不死国”――異常なまでに長い歴史を持つ国々は、死を知らぬ国として恐れられ、まるで呪いのようであると囁かれていた。
* * *
雲一つない、晴天。
眩い太陽の光を一身に浴びながらも、笑い合う少女たちがいた。
そこは、人の声が溢れる商店街。フリアグネット魔法学園都市と呼ばれる独立地区に住む人々の多くは、学生たちだった。学園に通う学生たちが自由に行き来することができる商店街はいつでも盛り上がっている。すれ違う人たちの多くは制服を着こみ、楽しげに会話を交わしていく。
「ねぇ、ライラ! 今度はあの店にいってみようよ! ふふふっ、私の予感が正しければ可愛い動物系のぬいぐるみがある予感がするのだよ!」
その中でも特に目立つ二人の少女がいた。
一人は、透き通った美しい青髪の少女、ガーナ・ヴァーケル。
十六歳の少女にしては背が高いガーナは、豪快な笑みを浮かべながらも両腕で大きな紙袋を抱えて歩く。見ている方も楽しいと錯覚させられる心地の良い笑い声を上げる。楽しくてしかたがないと言いたげな笑顔で話をし続ける彼女の隣にいるのは居心地がいいのだろう。並んで歩いている少女、ライラ・アクアライン・ミュースティはガーナの話を楽しそうに聞いていた。
「まあ、それは楽しみですわ。ガーナちゃんの予感は当たりますものね」
「うふふっ、そうでしょ? ライラとお揃いのぬいぐるみを買いたいね! 本当にライラと遊ぶのは最高だよ! 休日が終わらなければいいのになぁ! なんなら休日も私服で遊びに行ければいいのに、制服じゃなきゃいけないなんて頭の悪い校則、最悪だよね! そう思わない!?」
「ええ、そうですね。制服以外で遊びに行きたいものです」
それが叶わないことだと分かっていながらも、ライラはガーナの提案に頷いた。
国によって定められた決まりは絶対的なものだ。特にライドローズ帝国ではそれに逆らう者は国への反逆心があると疑われる。窮屈な規則ばかりの魔法学園は帝国の意思を反映しているといっても過言ではないだろう。
ライラは、隣国、平和な水の都や農業大国の異名を持つアクアライン王国第二王女だ。
同盟国である帝国には留学生として滞在している。
立場のある人間ならばそれ相応の付き合いをしなければならない。それを言い聞かせられて留学をしているのだろう。
「そうよねぇ、私もそう思うわ! やっぱし、ライラは私の親友ね! 私の言いたいことをわかってくれるのはライラだけだもの。本当に最高だわ」
並んで歩く二人には身分の差がある。
隣国の王女であるライラとライドローズ帝国の市民階級であるガーナ。
本来ならば並んで歩くどころか会話をすることすらも許されない。それなのにもかかわらず、二人の交友関係は黙認されている。なぜ、黙認されているのか、それは二人も知らないことだった。それでも、唯一無二の親友であると自負しているガーナとライラにはそのようなことは関係なかったのだろう。
ガーナは、肩から滑り落ちる荷物を持ち直す。
その表情は、友人との買い物を楽しむ年相応の笑顔だった。
「うふふ、ねえ、ライラ。みーんな、私たちを見ているわ。私のこの美しい容姿を見てしまえば思わず振り返ってしまうだろうけどね。ライラ、あなたのことを見ているのよ。失礼な奴らばかりだと思わない? 身分制度なんかくだらないものを気にしているくせに、なにもしない奴らなんて私の敵じゃないわ!」
大きく響くガーナの声を聞き、すれ違った学生が振り返る。
しかし、ガーナの隣で微笑んでいるライラの姿を視界に収めた途端に、眼を反らした。
……失礼な奴らよねぇ。全く。
隣を歩くガーナも、その視線に気づいていた。気付いてからこそ大声で文句を言ったのだ。言いたいことがあるのならば出て来い、自分が相手になると言いたげな表情を浮かべるガーナに対してライラは静かに首を横に振った。
「ガーナちゃん。それはいけませんわ。ガーナちゃんの敵は私の敵ですもの。大事になってしまうでしょう?」
「え? うーん、そうだねぇ……。ふふふっ、国を巻き込んだ大戦なんて私の趣味じゃないわ!」
「そうでしょう。それでしたら不特定多数の人間を挑発する真似はしてはいけませんよ」
「えー。ライラの言いたいことはわかるけど。それじゃあつまらないわ。私に見られているだけで我慢しろとでもいうの? このガーナ様よ? 私、そんな失礼なことをされて黙っているなんて嫌よ」
ライラは純粋な憧れや恋心、不純な動機など様々な理由から注目を集めている。
それは隣国の王女と関わりをもちたい者たちによるものだろう。そのような視線に気付かないほどに鈍感ではない。それは、ライラも同じである。
……見るなら、なにも考えずに話せばいいのに。
実際に声を掛ける人は、ほとんどどいない。
それは、その横で敬語や謙譲語という常識を知らないのではないかと思わせるくらいに友好的で立場を弁えないガーナがいるからなのだろうか。それとも、ライラの立場を考慮して距離を取っているのだろうか。
……ライラだって、見られて良い気はしないわよ。
ガーナは、そう考えていたが、実際は少しだけ違う。
身分に囚われることのない友人を求めているライラにとっては、身分を気にしなければいけない生徒から慕われても意味がないのである。それは、去年、起きてしまった出来事によって、誰もが理解をしていることだった。
「ねぇ、ライラ! 久しぶりの買い物をしているのだからさぁ、豪遊しようよぉ! 豪遊! たくさん、お洋服を買いましょうよ! 私ね、兄さんからお小遣いをもらったの。パパもママもそんなにくれなかったんだけど、兄さんがこっそりとね。だから一緒にたくさん買えるわ!」
ガーナは、そんなライラの肩を叩きながら笑った。
……全く。これでも王女様なのかねぇ?
声に出すことはないが、内心では疑っていた。
本当は同じような市民階級の人間ではないのかと願う気持ちが生まれてしまった疑問だろう。あまりにも優しすぎるライラとこれからも一緒にいたいと願うからこその疑問だ。
もっとも、警備の厳しい帝国で身分を偽ることは、ありえない話だ。
帝国には七人の始祖がいる。
彼らは帝国の害となる人間を受け入れることを拒絶する。
万が一にも、身分偽装をすれば、懲役刑が処されるのは間違いないだろう。下手をすれば、王族や貴族の名を傷つけた罪で極刑が処されるかもしれない。
そんな時代で命知らずな行為をする人はいない。
……でも、王族が豪遊しないなんて、想像できないのよねぇ。
帝国の皇族は、およそ千年の歴史を持つとされている名門家系。歴史の中ではネイチェル王朝からテンガイユリ王朝に交代するなどの出来事があったものの皇族に流れている血の尊さには変わりはない。
その地位を脅かす者は、誰であったとしても極刑に処される。
皇族の意見を無視しようものならば、その場で拷問が行われてしまうだろう。勿論、拷問が終わった後の生は望めない。苦しみ足掻きながら命を落としていく様を見て、ようやく、満足をするのだろう。例え、皇族の意思を尊重し、逆らう事の無い民衆が飢え死にしても、皇族や貴族は贅沢を止めない。
刃向う者どもは、例外なく皆殺しにされてきた。
それこそが、帝国を治める皇帝の姿なのである。
もっとも、現皇帝は、帝国を支えている“身分制度”を改革しようとしている噂ではあるが。――それが事実かは、確かめる術はない。
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