第12話 リーシャを助けにいこう

――――――――――ふう。なんとか上手くいったな。


「ぷるるん、降ろしてくれ」


 ぷるるんは荷馬車から降りて、俺を放した。

 俺は荷馬車の中に入り、妖精さんたちの許へ駆け寄った。


「人間さん、どうかしたでちか? やけにうるさかったでちけど」

「なんでもない、もう大丈夫だ。今、助けるよ」


 俺は妖精の入った檻を担いで、荷馬車の外へ出た。


「ぷるるん、この檻を酸で溶かせるか? 少しでいい。妖精さんたちが出られるようにできればいいんだ」

「きゅっ」


 狂乱状態のままのぷるるんが、身体をうにゅん、と檻にまとわりつかせた。

 すると、檻がジュウッと音を立てて溶けはじめた。

 程なく、妖精さんが楽に出られるだけの穴が空いた。


「助かったでちー!」

「人間さん、ありがとうでち!」

「スライムさんと蜘蛛さんもありがとうでち!」


 妖精さんたちが手を取り合って喜んでいる。

 それを見ているだけですべての苦労が報われた気がする。


――さて、これからどうしよう。


『赤風』は善いひとたちだった。

 カドルーとスーラも最後まで俺を助けようとしてくれた。

 会って間もない俺のために命を賭けてくれたのだ。


 だが、そんな彼らが妖精さんを捕らえることに、なんの罪の意識も感じていなかった。

 これでは妖精さんを連れて街へ行けるはずがない。


(森の中で生活するしかないか)


 人目を避けるのは妖精さんを守るための絶対条件だ。

 とはいえ、いつまでも森の中で暮らせるはずもない。


 水は【生活】の技能でなんとかなりそうだけど、食料はいずれ自分で確保しなきゃならなくなるし……。


 うーん………………わからん!


(とにかく今は早くここから離れて、できるだけひとが来なさそうなところへ移動しよう。考えるのはそれからだ)


 そう結論づけた。

 その時、


「人間さん、お願いがあるでち」

「お願い?」

「あたしたちをリーシャちゃんの許へ連れていってほしいでち」

「早くしないと、リーシャちゃんが死んじゃうでち!」


「リーシャって?」

「あたしたちの妹でち!」

「リーシャちゃんは怪我をしているでち!」

「早く行かないと死んじゃうでち!」

「お願いでち、早く連れていってくださいでち!」


 妹ということは、リーシャという娘は妖精さんか。


 それは急がねば!


「わかった。で、リーシャちゃんはどこにいるんだ?」

「あっちの方でち」


 妖精さんたちはいっせいに同じ方向を指差した。


「そこへ行くまでどれくらいかかる?」

「わからないでち!」

「いっぱい時間がかかるでち!」

「とにかく急ぐでち!」


 うん、急ごう。


 妖精さんたちはぷるるんかクモスケの上に乗ってもらって、俺は走って……。


 ふと、俺は広場の端に、一頭の馬がいるのに気づいた。

『赤風』たちが乗っていた馬だ。

 忘れていったのだろうか。


(動くのもやっとのひともいたから、ひとり一頭ずつってわけにもいかなかったんだろうな)


 よし、あの馬に乗っていこう。

 あ、でも俺、馬に乗れないわ。


 かといって、あの馬をここに残していくわけにもいかない……か?


 待っていればいずれ『赤風』たちが戻ってくるだろうし、このまま置いておいても……いや、魔物に襲われたら可哀想だ。


 どうするかなあ……。


「ちょっと待ってて」


 俺はそういって馬へと近づいた。

 傍までくると、


『馬を配下にしますか?』


 あの声が響いた。


 お、配下にできるのか。

 だったら……。


『馬が配下になりました』


「名前はルドルフ!」


 Okとばかりに、ルドルフがヒヒーンと嘶いた。


     *

名前:ルドルフ

種族:馬

主属性:光

従属性:地

技能:疾走Lv.1 蹴撃Lv.1

*雪宮和也の配下

     *


 魔物じゃないんだな……って、それもそうか。


「ルドルフ、俺たちを乗せて走ってくれるか?」

「ヒヒーン!」


 元気な返事。


「俺、馬に乗ったことないんだけど大丈夫か?」

「ヒヒンッ!」


 大丈夫といってるっぽい。

 どっちみち、ルドルフに乗っていく以外、選択肢はなさそうだ。

 よし、全員ルドルフに乗って、リーシャちゃんの許へ急ごう。


――けど、その前に……。


 俺は再び荷馬車の中へ入った。


【灯火】で中を照らすと、隅に置かれていた何冊かの本を手に取った。


(さっき入った時から気になってたんだよなあ)


『魔術大全』『魔術の基礎』『ユーディラハ大陸の歴史と神話』――。


 宗教詩集や民話集なんかもある。

 じっくり選別している時間はないので、なんとなく今後に役立ちそうなものを何冊か適当に【収納】した。


(他に宝石とか怪しげな魔道具っぽいものとか、値段の高そうなのもあるけど……)


 俺は窃盗をしたいわけじゃない。


 といっても、本と剣を持っていくだけでも盗みを働いたのと同じことなので偽善的ではあるが。


(それに、後で商人たちが戻ってきて、荷馬車の中のものがごっそりなくなってたら変に思うだろうし)


 すべて俺が仕組んだことだと思われたらやばいことになる。

 だから、あえて本も何冊か残した。


「ぷるるん、荷馬車を溶かしてくれ。全部じゃなくていい」


 俺は荷馬車を出ていった。


 ぷるるんは荷馬車全体を身体で包み込み、ジュウッと酸で溶かしはじめた。

 しばらくして、俺は止めさせた。


 ぷるるんが狂乱状態を解いて、元の愛らしい姿に戻った。

 荷馬車と中に積まれた雑多な荷物は、あちこち溶けてボロボロになっていた。


 中には完全に溶けて消えてしまったものもある。

 妖精さんを閉じ込めていた檻も、ほぼ溶けて無くなった。


――これで俺が盗んだと疑われずにすむだろう。


「それじゃ、リーシャちゃんを助けにいくか」

「「「「助けるでち!」」」」

「「「急ぐでち!」」」

「「「「「疾きこと風の如しでち!」」」」」


 妖精さんたちがテテテテテーッと走り出す。


「あ、待って。馬に乗っていくから」


 俺はぷるるんをルドルフの首に張りつかせ、妖精さんたちをそこにつかまらせた。

 というより、ぷるるんにつかまえてもらった。


 続いて、俺がルドルフに乗った。

 クモスケは俺の懐の中にいる。


「あ、くすぐったいからじっとしててな」


 俺がそういうと、クモスケは素直にじっとしてくれた。


「ルドルフ、最初はゆっくりで頼む」

「ヒヒーンッ」



 嘶きと共に、ルドルフが歩を進めた。

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