第13話 リーシャちゃんが元気になったでち!

 最初、ルドルフはゆっくり歩き、そこから少しずつスピードを上げていった。


 小走りになって数分後、いきなり脳裡に、


『【騎乗Lv.1】を獲得しました』


 というメッセージが響いた。


――【騎乗Lv.1】?


 どうやら、しばらく乗っていただけで、新たな技能を獲得したらしい。


 だったら、ルドルフをもう少し速く走らせることができるんじゃないか?


「ルドルフ、ちょっと速く走ってみてくれ」


 小走りしていたルドルフは、


(大丈夫?)


 と心配しつつ、また少しずつスピードを上げていった。


 うん、これならいける。

 少なくとも障害のない場所なら、多少速く走らせても大丈夫そうだ。


 俺は騎乗が楽しくなってきた。

 夜の森道ではあるが月の光が思いのほか明るく、目が慣れてきたこともあって、足元に不安はない。


「リーシャちゃん、頑張るでち!」

「あたしたちが必ず助けるでち!」

「お馬さんも頑張ってくださいでち!」


 走っている間、妖精さんたちがしきりに心配した様子でいう。

 その声に、自然とルドルフの足もどんどん速さを増していった。


『【騎乗Lv.2】を獲得しました』


 またメッセージが響いた。


「左へ曲がってくださいでち」

「道から外れるけど」

「森の奥の方にいるんでち」

「わかった」


 俺は迫りくる木々を右に左に避けながら、できる限りスピードを落とさないようルドルフを走らせ続けた。


 そして、出発してからどれほど時が経っただろうか――。


「「「「「「「「「「止まってくださいでち!」」」」」」」」」」


 突然、妖精さんたちが叫んだ。

 俺はルドルフを止めた。


「「「「「降ろしてくださいでち!」」」」」

「「「「「この近くにリーシャちゃんがいるでち!!」」」」」


 俺はクモスケを頭の上に、妖精さんたちをつかまらせたままのぷるるんを身体に貼りつかせて、馬を降りた。


「あっちでち!」


 俺はルドルフに後からついてくるよう指示し、示された方へ走った。

 木々の間を抜け、茂みを掻き分けて進んでいく。

 しばらくすると、地に仰向けに倒れている少女の姿がうっすら見えた。


「「「「「「「「「「リーシャちゃん!!!!」」」」」」」」」」


 ぷるるんを地面に降ろすと、妖精さんたちがいっせいに少女の許へ駆け寄っていった。

 俺は【灯火】で周囲を照らした。


「……よ、妖精さん?……」


 少女が頭を傾けて、力なく呟いた。


 顔も服も薄汚れており、鳩尾の辺りが血で赤く濡れている。

 そればかりか、顔の半分以上が黒い痣かシミのようなものに覆われている。

 まるでその部分だけ闇に浸食されたかのように。


 そのせいか、少女の年齢がよくわからない。

 身体の大きさからいって、中学生になるかならないかくらいっぽい。


――妹っていうから妖精さんかと思ったら人間だったんだな。


 あの黒い痣は病気かな?


「良かった、無事だったんでちね!」

「もう大丈夫でちよ! あたしたちが助けるでち!」


 妖精さんたちが次々と赤く濡れた鳩尾のまわりに集まり、そこへ手をかざした。


「「「「「「「「「「治るでち~」」」」」」」」」」


――治療術を使ってる?


 けど、魔力が働いている感じはない。

 俺の【治療】とは別の、妖精さん特有の能力だろうか。


 俺はリーシャを【診察】してみた。


     *

名前:リーシャ・シンドゥ

種族:人間

主属性:光

従属性:

*妖魔憑き(【治療Lv.3】で完治)

*腹部負傷・瀕死状態(【治療Lv.3】で完治)

     *


 腹部負傷は剣かなにかで刺されたのだろう。

 内臓も傷つけられており、いつ鼓動が止まってもおかしくない状態だ。


 そして黒い痣――これは妖魔憑きのせいだったのか。

 この病気のせいで、妖精さんが殺されて、薬に変えられている…………。


「駄目でち! 治らないでち!」

「リーシャちゃん、死んじゃ嫌でち!」


 妖精さんたちが焦燥の声をあげる。

 やはり治療術のような能力があるらしい……が、リーシャを助けるまでには至らないようだ。


「皆、ちょっとどいてくれ。俺なら治せそうだ」


 そういうと、妖精さんたちはいっせいにこちらを振り返って、


「お願いするでち!」

「リーシャちゃんをまかせたでち!」

「この人間さんは善いひとでち!」

「もう安心でち!」

「夢は必ず叶うでち!」


(なんでそこまでひとの言葉を信じられるんだよ……)


 俺は妖精さんたちの素直さに改めて危ういものを感じながら【治療Lv.3】をリーシャに使用した。


 まずは腹部負傷だ。


「んっ……」


 リーシャが魔力を感じたのか、小さな呻き声を漏らす。


 十秒、二十秒と魔力が流れ続ける。


 やがて、魔力が止まった。


「――あれ、なんだか楽になったような……」


 リーシャが不思議そうな表情を浮かべた。

 肘をついて身体を起こす。


「「「「「「「「「「リーシャちゃん!!!!」」」」」」」」」」


 妖精さんたちがリーシャに群がり、身体の上に乗って歓声をあげた。


 俺は再び【診察】した。


     *

名前:リーシャ・シンドゥ

種族:人間

主属性:光

従属性:

*妖魔憑き(【治療Lv.3】で完治)

     *


 お、『*腹部負傷・瀕死状態』ってところが消えてる。


 さて、お次は妖魔憑きだ。


「【治療Lv.3】」


 魔力がリーシャの全身に流れていく。


「あ、リーシャちゃんの顔が!……」

「どんどん綺麗になっていくでち!」


 リーシャの顔に浮かんでいる黒い痣が少しずつ薄れていき、やがて完全に消え去った。

 魔力の流出が収まるのを感じた。

 と同時に、まるで高熱に浮かされているような気怠さもおぼえた。


(なんだろう、これは……)


 もしかして、魔力が尽きかけているんじゃ……。


 はっきりしたことは不明だが、しばらくの間、治療術を使えそうにないことはわかった。


「あれ?……今度は身体の芯からスッキリしたような……」


 戸惑うリーシャを、さらに【診察】した。


     *

名前:リーシャ・シンドゥ

種族:人間

主属性:闇

従属性:

技能:召喚Lv.1

     *


 お、妖魔憑きが消えたな。

 おまけにさっきはなかった【召喚】とかいうのが使えるようになってる。


 それと……主属性が光から闇に……。


――問題ない……よね?


 闇というと、なにやら怪しげというか邪悪な感じがしないでもないけど、それをいったら、もともと闇属性だった俺はどうなるんだって話だ。


 俺は特に善い奴ってわけじゃないかもしれないけど、かといってそこまで悪い奴じゃないとも思う。

 そもそも、闇が悪であると決まった訳でもないし――。


 そうだ。

 闇が闇であるだけで悪と決めつけるのは差別だ。

 差別は恥ずべきことだ。


――うん、問題ない。


 俺はそう結論付けた。


「妖魔憑きも治しておいたぞ。傷も完治したし、今のリーシャちゃんは完全健康優良少女だ」


 俺は宣言した。

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