第11話 皆、善いひとたちでした
「なにをいってる!? おまえひとり置いて逃げられるわけねーだろ!」
「そうよ、さっきはあたしたちが助けられた。今度はこっちが助ける番よ!」
「ですが、このスライムは普通じゃありません。しかも、もう皆さんには闘う余力は残っていないじゃないですか」
「けど……」
「いや、普通じゃなかろうが、体内のどこかにある核さえ撃ち抜けば……」
ギリクが素早く矢をつがえ放った。
ズプッ!
矢がぷるるんの身体にめりこんだが貫くまでには至らず、体内で溶かされていく。
「ちっ、そう簡単にはいかないか」
スライムの核がどこにあるか、外から見ただけではわからない。
火系魔術で焼くのが一番効果がありそうだが、ユシルはすでに魔力が尽きている。
酸による損傷を覚悟で剣や槍を突き入れて、かき回したりすることで核を破壊できそうだが、それも狂乱状態で巨大化したスライム相手では難しい。
ましてや、矢で核を貫くなど不可能に近い。
「仕方ない。ここは俺が……」
スーラが右手をぷるるんへ向けてかざした。
どうやら魔術を放つつもりらしい。
(あ、なんかやばそう)
さっきの戦闘では剣術のみで闘っていたので、魔術系技能を使えるのはユシルだけだと思っていた。
火弾とかそれより威力の高い技能を使われたら、ぷるるんが死んでしまうかもしれない。
ちょっと自信ありげなスーラの様子から、俺は不安を抱かずにはいられなかった。
だが、
「待て、荷馬車には妖精がいる。下手にスライムを刺激して妖精を酸で溶かされてはたまらん」
「しかし……」
「たしかに、一匹や二匹なら諦めもつくが、一〇匹となるとな」
「そんなこといってる場合じゃないでしょ! このままじゃカズヤが死んでしまうのよ!」
ユシルはええ娘やな。
でも、今はありがたくない。
「いいから早く逃げてください! 会ったばかりの俺のために、皆さんまで死ぬことはありません!」
「でも!」
「さっきの戦闘で助けられたんだ。会ったばかりだからって、そう簡単に見捨てられるか!」
「それに、貴重な凄腕の治療術師を死なせるわけにはいかんしな」
皆、逃げてくれそうにない。
マジで俺のために命を賭ける気だ。
――――善いひとたちだな。
なのに、なんであんなに健気で可憐な妖精さんたちを平気で捕まえられるんだろう。
あとで殺されて薬にされるとわかっているのに。
いくら不治の病を癒す薬になるとはいえ、罪悪感を抱く様子もなくラッキーだったなどといえるのは普通とは思えない。
(まあ、それがこの世界の常識なんだろうな)
そもそも、元の世界でも犬や猫を可哀想だなんだといいながら殺処分したり、人間たちの都合の良いように品種改良していることを考えたら、非難できようはずもない。
まあ、人型で言葉を話す生き物と犬猫を同じに考えることはできないだろうけど……。
なんにせよ、今はそんなことを考えている余裕はない。
俺はクモスケに【狂乱Lv.1】を共有させた。
(クモスケ、【狂乱】を使え!)
待ってましたとばかりにクモスケが【狂乱Lv.1】を発動した。
途端に、クモスケが巨大化した。
ぷるるん程ではないが、それでも全長一メートルくらいはある。
青い産毛に覆われた胴体が美しい。
しかし、それがかえって見る者に不気味さを感じさせる。
(うわ、でかくなるとマジで怖いわー)
俺が心の中で呟くと、クモスケがガーンとショックを受けたのが伝わってきた。
慌てて、
(いや、あのひとたちがそう感じただろうなってことだよ。俺はクモスケのこと、すごく綺麗で強そうで格好良いと思ってるぞ!)
そういうと、クモスケは嬉しそうに足を何本かわしゃわしゃさせた。
うん、めっちゃ素直。
ホント可愛い……。
……っと、ほっこりしている場合じゃない。
「げっ、また新手か」
「今度は令嬢蜘蛛で、やっぱり狂乱状態かよ」
「この分だと、まだまだ出てきそうだな」
彼らの表情が不安に覆われた。
(クモスケ、糸で誰かひとり身動きできなくさせることはできるか?)
――わしゃわしゃ!(やってみる!)
そんな感じの意思が伝わると、クモスケの尻側から棘が突き出た。
その棘が上を向くや否や、びゅるっと糸が吐きだされた。
「あっ!」
驚きの声が上がった直後、戦斧使いのアルニーの足首に糸が絡みついた。
「アルニー!」
アルニーが足を引っ張られて、どうっとその場に倒れた。
さらに糸が次々と吐き出され、巻きついていく。
「させるかよ!」
サーキーが剣で糸を断ち切っていった。
「令嬢蜘蛛なら……」
ギリクが矢をつがえた。
(ぷるるん!)
矢が放たれる前に、ぷるるんが酸弾を跳ばした。
「あうっ」
「ギリク!」
酸弾がもろにギリクの顔に当たった。
ユシルが【湧水】で作った水を、ギリクの顔にかけた。
「【治療Lv.1】!」
俺はすかさずギリクを治療した。
「俺ひとりならまだなんとかなります。だから早く逃げてください!」
マジで頼む、早くいなくなってくれ!
「でも……」
でもじゃねぇ!
「カズヤには悪いがここは退くべきだ」
(カドルーナイス!)
「おい、見捨てるつもりか!」
(サーキーの野郎!)
俺はまたぷるるんに命じた。
ぷるるんが酸弾を七発撃った。
「うわっ」
「ああっ、い、痛いっ!」
「くっ、へこむ動作もほとんどなしか」
放った酸弾はピンポン玉くらいの大きさなので、少しへこむだけで充分だったのだ。
ていうか、下手に大きい酸弾を撃つより、小さいのを何発も連続で放つ方が有効だと思う。
(狂乱状態のスライムを何匹も並べて、スライム砲として使ったらめちゃくちゃ強力だろうな)
などと考えつつ、【治療Lv.1】で怪我をした者たちを癒していった。
「す、すまん」
「なんてこった。俺たちの方が捕まってるカズヤに助けられてるじゃねーか」
「だからいったのだ! 早く街へ戻って、応援を呼んだ方がいい!」
「くっ……たしかにそうした方がよさそうだ。カズヤ、すまない」
「とにかく早く逃げてください! 俺ももう治療術を使う余裕はありません!」
「わ、わかった。皆、逃げるぞ!」
ようやく全員、逃げる気になってくれたようだ。
皆、口々にすまないといいつつ、馬へ駆け寄って騎乗した。
「カズヤ、必ず助けにくる!」
「きっとよ。それまでなんとか生き残って!」
「はい!」
俺の明るく元気な返事とともに、彼らを乗せた馬が勢いよく駆け出し、あっという間に見えなくなった。
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