第9話 魔物襲来

 すでに魔物が広場に侵入していた。

 

 額に一本の角が生えた、やけに筋肉の盛り上がった一メートルほどの巨大な兎と、ゴリラ並の大きさの猿らしき魔物が、それぞれ六頭ずついた。


 猿は真っ直ぐ立つと二メートル以上はありそうで、全身、闇のような黒い毛で覆われている。


 兎はやや小さめのカンガルーっぽい。

 俺の知っている兎にくらべたら異常にでかく、目が赤い上に二足歩行しているので、見た目はかなり怖い。


 どれも同じ方向から来てくれたおかげで囲まれずにすんでいた。


「くそっ、どいつもこいつも狂乱状態か」

「瘴気嵐でも発生したのかもな」

「角兎も闇猿も普通ならせいぜい第七等級くらいなのに、軒並み第六等級以上になってるじゃねーか」

「下手すりゃ全滅だな」


『赤風』のメンバーが次々と弱気な言葉を口にする。


――なんかやばそうだ。


 俺にできることは……。


 とりあえず【診察Lv.3】で兎と猿を調べてみた。


     *

種族:魔物・角兎

主属性:闇

従属性:土

技能:突進Lv.1+1 爪撃Lv.1+1 咬撃Lv.1+1 殴打Lv.1+1 握撃Lv.1+1

*狂乱状態(【治療Lv.3】で完治)

     *

     *

種族:魔物・闇猿

主属性:闇

従属性:風

技能:爪撃Lv.1+1 毒爪Lv.1+1 雄叫びLv.1+1 噛みつきLv.1+1

*狂乱状態(【治療Lv.3】で完治)

     *


 両方ともぷるるんがそうだったのと同じ狂乱状態で治療可能。


 とはいえ、これだけの数を治療できるのか?

 途中で魔力が尽きたりしないか?


 色々と疑問や不安が湧きあがってくる。


 だが――なんとなく、これくらいならいけそうな気がする。


 それは、俺の持っている技能がどういうものなのか、前から知っていたかのように理解できているのと同じ感覚だった。


(けど、まずは皆の闘いを見守るか)


 下手すりゃ全滅とかいってるけど、少なくとも俺みたいに魔物と闘ったこともないようなのが手出しするより、彼らにまかせきった方がマシだろう。


 それに、もしかしたら妖精さんを助ける上で、この状況を利用できるかもしれない。

 本当にやばくなったら、その時は【治療Lv.3】を使ってみよう。


「カズヤ、おまえはそこにいてユシルの指示に従ってくれ」

 とサーキー。


「わかりました!」


 ユシルは『赤風』のひとりで、若い女の魔術師である。

 たぶん二〇歳前後だと思う。


 ユシルとギリクが後方で魔術系技能と弓、他の四人が前衛でそれぞれ剣や槍、斧で攻撃する形をとっている。


「カズヤ、治療は任せてもいい?」

「はい。魔力が尽きたら、俺の方からいいます」

「それじゃ頼んだわよ。あたしは攻撃と防御に専念するから。【総物理防御】!」


――えっ? わざわざ口でいうの?


 俺はこれまで魔術系技能を使う時、頭の中でどの技能をどこに向けて使うか意図するだけだったので、ユシルがわざわざ【総物理防御】と叫んだことに驚いた。


(あのひとの癖かな。……うーん、根本的にこの世界のことについていっぱい学ばないとやっていけそうにないな)


 妖精さんたちを助けるためにも、たくさんの知識を仕入れないとなあ。


……いかんいかん、今は戦闘に集中しよう。


「うおおおおお」

「一人一殺じゃあああ!」


 サーキーたちが角兎と闇猿たちに斬りかかっていく。

 だが、角兎は動きが速くて斬撃は当たらず、闇猿は剣や斧を手で無造作に弾き返す。


「くっ、狂乱状態でなきゃ楽勝なのによう」

「腐るな。これくらいのピンチなんざ、これまで何度も経験してきただろうが」

「【火弾】!」


 ユシルの手に野球のボールくらいの火球があらわれ、闇猿に向かって跳んでいった。


 ドゥン!


 火球が闇猿に当たって粉々に砕けた。


「グオォォン!」


 ちりちりと毛の燃えた闇猿が雄叫びをあげた。


 だが、それはダメージを受けたというより、ただ怒りに火を注いだだけのように見えた。


「へっ、それで終わりじゃねーぜ!」


 ユシルの隣で弓を構えていたギリクが、引き絞った矢を放った。

 矢は狙いを過たず、闇猿の右目を貫いた。


「ギイアアア!」

「とどめだ!」


 そこへサーキーが闇猿の首に剣を突きたてた。

 闇猿がどうっと倒れ、動かなくなった。


 また、別の場所では、


 ガンッ!


「ぬうっ」

「まかせろ!」


 アルニーが戦斧で角兎の突進を受け止め、その隙にスーラが剣で心臓の辺りを刺し貫いた。


「ガッ!」


 角兎は地面に叩きつけられ痙攣した。


(おお、なんだかんだいって皆やるなあ)


 俺が感心していると、


「くああっ」


 ひとりが角兎の爪撃を首に受けた。

 たちまち血が噴き出した。


「【治療Lv.2】」


 俺はすかさず治療術をかけた。

 声に出していったのは、ちゃんと働いてますよというアピールと、無詠唱で魔術を使うことで変に思われやしないかと不安だったからだ。


「すまん、助かった」

「治療は任せてください!」


 下手すりゃ全滅というのは、決して大げさではないっぽい。

 その証拠に、すぐにまた誰かが傷つき、【治療】することになった。


 なにしろ魔物たちの方が数で上回っているのだから、それも当然だろう。


 こちらの攻撃が角兎と闇猿を傷つけると同時に、誰かが倍以上のダメージを受ける。

 その繰り返しだった。


「キイイイイイッ!」

「ぶへーっ!」


 二足立ちで闘う角兎の連打を喰らって吹っ飛ぶ男……誰だ?


『赤風』のメンバーのひとりだが、影が薄すぎて名前を覚えていない。

 まあいい。


「【治療Lv.1】!」


 たちまち回復する男。

 手には槍。


「ありがたい!」


 男はすぐに復帰した。


 皆、気力はまったく萎えていない。

 しかし、それでも戦況は厳しいまま、一〇分、二〇分と時が経っていく。


 奮闘の甲斐あって、角兎と闇猿の数が、どちらも半減した。

 俺にはまだまだ治療術を使う余裕がある。


 だが、他の六人は疲労の色が濃厚だった。


「ああ……このままでは皆、死んでしまう……」


 いつの間にか荷馬車の中に隠れていたカドルーの声が、背後から聞こえてきた。

 その時、


「キイイイイイイイッ!!!!」


 闇猿が甲高い雄叫びをあげた。


 と同時に、俺の全身にビリビリと電流のような衝撃が走った。


(なんだ!?)


 俺が驚くと同時に、他の皆も、


「ううっ」

「くっ、闇の波動か……」

「邪悪な魔物め!」


 全員が呻き声をあげた。

 中には膝をつく者までいた。


「なにがあったんですか?」

「闇猿の雄叫びは、闇属性の波動でダメージを与えるの。カズヤは大丈夫なの?」

「衝撃がありましたけど、なんとか大丈夫です」


 実際、俺にダメージはない。

 ただ痺れたような感覚をおぼえただけだ。

 けど、他の皆は辛そうだ。


 試しにユシルを【診察】してみた。


     *

名前:ユシル・リリャ

種族:人間

主属性:光

従属性:火

技能:索敵Lv.2 火弾Lv.2 火槍Lv.2 「生活Lv.1」 総物理防御Lv.1 爆裂Lv.1 徒手格闘Lv.1 治療Lv.1

耐性:毒Lv.2 麻痺Lv.2

*闇酔状態(【治療Lv.2】で完治)

     *


 闇酔状態か。

 詳細はともかく、このままではやばいことくらいはわかる。


「【治療Lv.2】」


 俺はユシルを癒した。

 続けて、膝をついているギリクも癒す。


 サーキーとスーラは無事なようだが、他はダメージを受けているようだ。

 なので彼らと、ついでにカドルーも【治療】した。


「助かった!」

「すまん!」

「俺はまだまだ【治療】できますから、皆さん頑張ってください!」


「「「「「おう!!!」」」」」


「カズヤ、ありがとう。けど、できるだけ治療術は温存して」

「俺たちもポーションを持ってるから心配し過ぎんなよ」

「わかりました」


 ユシルとギリクはまた魔術と弓で前衛を援護しはじめた。

 

 さらに闘いは続き、俺は何度も【治療】を使った。

 一匹、また一匹と、角兎と闇猿が倒れていく。


 そしてとうとう――。


「こいつで終わりだ!」


 サーキーが大上段に構えた剣を、力まかせに振り下ろした。


「グオオオオ!」


 最後の一匹の闇猿が頭を断ち割られ、くぐもった叫び声とともに倒れ伏した。

 そして、二度と動かなくなった。



 闘いが終わった。

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