第7話 皆でお話をしてたら、魔物が近づいてきた
「それにしても、なぜこんなところにひとりで? しかも武器も持たずに徒歩でなど、いくらこの森ではさほど危険な魔物は出ないとはいえ、あまりに無防備でしょう」
食事の最中、カドルーが当然の疑問を投げかけてきた。
「それが……ある女性に魔術で跳ばされてしまいまして」
「魔術で? どこから跳ばされたのですか」
「日本という国です」
「ニホン? 聞いたことありませんな。誰か知っている者はいるか?」
「いや、俺も知らねぇな。見たところ、ギリクと同じ東方人のようだが、おまえは知ってるか?」
「俺も知らない」
サーキーの問いに、ギリクと呼ばれた男がこたえた。
ギリクは俺と同じ東アジア系に近い顔をしている。
他は白や黒、褐色の肌をした者もいるが、基本的にギリクも含めて、元いた世界のようにはっきり人種が分かれているのではなく、皆、色々と混ざっているように見える。
「あんたはバーラシーという国は知ってるか?」
ギリクが訊いてきた。
「知りません。クルーシュという国もまったく聞いたことがありません。
正直、ここが日本から見てどの位置にあるのか見当もつきません」
「よっぽど遠くから跳ばされたんだな。けど、その割りにこっちの言葉はやけに上手いじゃねーか」
「僕をここへ跳ばした女性が、魔術かなにかでこちらの言葉を理解できるようにしてくれたらしいです。よくわかりませんが」
「ああ、言霊術ってやつか。つっても、そこまで完璧に言霊を憑依させられる言霊術師なんて聞いたこともねぇ」
俺は言霊術というものを聞いたことがないので、なんともこたえようがない。
言霊を憑依ってどういうことだろう。
「服装もこの辺はもちろん、バーラシーやリーンディア聖王国でも見たことがない。
とにかく、とんでもなく遠いところから跳ばされたのは確かなようだ」
正解。
ただ、その「遠く」は皆さんの想像よりはるかに距離があると思います。
「では、なぜこんなところに跳ばされたのですか?」
「わからないんです。わからないことだらけというより、わからないことしかないという感じです」
まさか、妖精さんを助ける仕事を引き受けたら、ここへ跳ばされたなんていえるはずもない。
ここはわからないで押し通すしかない。
「なにか許されないことをしでかしたとか?」
「ここまでされるようなことをした覚えはありません」
「その女性は名の知れた魔術師では?」
「さあ、会ったばかりだったので、よくわかりません。名前も聞いていませんし」
「そうか。これほどの力があるのだから有名な術師か、あるいは神々の眷族かもしれんな」
神々の眷族なんてものがいるんですか?
そう訊きかけてやめた。
この世界ではそのような存在が常識であれば、こんな質問をすれば不審を抱かれかねない。
今はどんなにささいなことでも、怪しまれることだけは避けておきたい。
それにしても、やっぱり神々とかいう存在が、当たり前の世界なんだなあ。
まあ、それも当然か。
むしろ、魔術があったり魔物がいたりするんだから、それくらい当たり前でなきゃおかしい。
――しばらくはこんな感じで話をした。
なにはともあれ、そこまで怪しまれずにやり過ごせることができた。
………………と思う。
*****
「それにしても、ラッキーだったよな」
食事を終えた後、『赤風』の一人がいった。
ごつい体格にぴったりの大きな斧を帯びた、アルニーという名の男だ。
「ああ、あんな幸運はめったにない」
「いっておくが、私とスーラも分け前をいただくぞ。なにしろ、私がスライムの体液の確保を依頼しなければ、見つけられるはずがなかったのだからな」
「わかってるさ。全員で山分けだ」
皆が上機嫌で酒を酌み交わしている。
一方、俺は酒を断っている。
異世界へきたばかりで酒に酔えるほど豪胆じゃないからだ。
まあなんにせよ、機嫌がよさそうでなによりだ。
クモスケとぷるるんは懐でおとなしくしてくれている。
【隠密Lv.1】のおかげか、冒険者たちにも気づかれていない。
もしかしたら、弱すぎるおかげで彼らに気づかれずにすんでいるのかもしれない。
スライムや蜘蛛くらいなら、いるのがわかっててもたいして危険じゃないから、普通は相手にしないということも考えられる。
「けど……あの娘はちょっと可哀想だったわね」
「妖魔憑きがあそこまで進んだら、もう二日ともたねーよ」
「それはそうだけど、ちゃんと殺してあげることはできたでしょ?」
「無茶いうな。黒班があれだけ顔に拡がってたんだ。もう少し長居してたら、俺たちにまで伝染っちまってもおかしくなかったぞ」
「それはそうだけど……あれだと死ぬまでにかなり長い時間、苦しむわよ」
「仕方ねーだろ。手間取っちまったんだから」
「そのとおりだ。可哀想だが、憎むべきはあんなやっかいな病を生み出したアシュヴィンだ」
「……ええ、そうね」
彼らはなにやら剣呑な会話をしたかと思うと、しんみりした雰囲気になった。
なにかあったんですか?
などと訊ける空気じゃない。
と、その時、
「妙だな」
護衛の男、スーラが呟いた。
「どうした?」
「第六等級から第五等級の魔物が何匹かここへ向かってきている」
「「「「「「なに!?」」」」」」
俺以外全員一斉に立ち上がった。
よくわからないまま、とりあえず俺も立った。
「この辺は第七等級以下の魔物しか出ない森だぞ。なんでそんなところに……」
「わからん。だが、俺の【索敵Lv.2】は確実に魔物の気配を捉えている」
「とにかく話はあとだ。皆、戦闘準備だ!」
「「「「おう!」」」」
サーキーの指示を受けて『赤風』のメンバーが一斉にこたえた。
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