第4話 ぷるるんが仲間になった

 数分後、前方に整備された森道が見えた。


(よかった。あの道を行けば、いずれ人がいる場所に出るだろう)


 ホッとした刹那、俺は右斜め前方に、異様ななにかが蠢いているのに気づいた。

 おそるおそる一〇メートル程の距離まで近づいてみた。


 あれは……スライム?


 それにしてはやけに大きかった。


 スライムはなんとなく子犬くらいの、可愛らしいサイズをイメージしていた。


 だが現在、目の前にいるのは少なく見積もっても直径五メートルはありそうだ。

 しかも全体がどす黒く、見るからに危険極まりない姿形をしている。


(やばい、逃げないと)


 俺はそう思いつつ、無意識に【診察Lv.3】を使っていた。


     *

種族:魔物・森スライム

主属性:闇

従属性:水

技能:酸弾Lv.1+2

*狂乱状態(【治療Lv.3】で完治)

     *


(狂乱状態? 完治する?)


 どうやらあのスライムは異常な状態にあり、治療術で癒せるらしい。


「よし、やってみるか……ん?」


 考えている間に、スライムの身体の中心がへこんだかと思うと、背部がどんどん大きく膨らみはじめた。


 なんかやばそうなんだけどー?


 左へ走って逃げた。

 と同時に、スライムの方からなにかが飛んできた。


 どちゃっ、とそのなにかが弾ける音がした。


 そちらを見ると、さっきまで俺のいた場所のそばにあった木が、どす黒い粘液にまみれた状態で、ジュウッと音を立てて溶けだしていた。


(あ、酸弾だ)


 スライムはまるで唾を吐くように、俺目掛けて酸を飛ばしたのだ。


「冗談はやめてよー」


 呟いている間に、スライムはうねうねと動いてこちらへ近づいてくる。

 想像以上に速い。


 俺は走って離れながら、スライムに向かって【治療Lv.3】を使った。


 使用方法はその魔術系技能を、スライムに対して使うと意図するだけだった。

 なにかしら呪文を詠唱する必要はない。


 すると、エネルギーが身体の奥から湧き出てスライムへと流れていくような感覚が、全身を走り抜けた。


「きゅーんっ」


 スライムが可愛らしい声をあげた。


「え、スライムって鳴くの!?」


 驚く俺を尻目に、スライムはまた身体を大きくへこませた。


「やべっ」


 再びその場から走って逃げた。

 そこへまた酸が飛んできて、草木を溶かした。


(身体がへこんだのを見てから逃げれば、簡単に避けられるっぽいな)


 それがわかると、ちょっと余裕が出てきた。

 再度、【治療Lv.3】を使う。


「きゅーんっ」


 身体がへこんで酸弾。

 避けて【治療Lv.3】。


「きゅーんっ」


 これを何度も続けた。


 十回ほど繰り返したところで、ようやくスライムが動かなくなった。

 そして、少しずつ縮みはじめた。


「……もう大丈夫かな?」


 そっと近づいていく。


 その間もスライムは縮み続け、最後には子猫くらいの大きさになった。

 色も毒々しい黒から、草のような瑞々しい緑色になった。


「きゅっ」


 スライムが鳴いた。

 また酸を吐いてくるかと思ったが、その様子はない。


 診察してみると、


     *

種族:魔物・森スライム

主属性:闇

従属性:水

技能:酸弾Lv.1 狂乱Lv.1

     *

     

【狂乱】が技能に加わっていた。

 自分の意思でまたさっきの状態になれるってことらしい。


「ともあれ治ったみたいだな」


 あのままだったら、この辺の生態系が大きく変わっていたところだ。


 たぶん、スライムは魔物でもそれほど害にはならないだろうし、わざわざ退治するまでもない……よね?


 つーか、あんな可愛い鳴き声を聞いた後じゃ殺せないわ。


 というわけで、放っといて先を急ぐことにした。

 だが、その直前、


『スライムを配下にしますか?』


 そんなメッセージが頭に響いた。


「配下?」


 すぐにメッセージが聴こえた理由がわかった。


【統率者*】の能力だ。

 配下にすると、相手に対して称号付属能力が使えるようになるらしい。


 契約というのはその名の通り、俺と配下になった者との間で魔術による契約を結び、破ったら自動的に死がもたらされる技能である。


 便利だけど、使うのはちょっと怖い。


「スライムを配下にっていわれてもなあ」


 俺はまん丸い緑色のスライムを見た。


 目も口もない。

 けど、やけに可愛らしい。

 ふと、スライムがかすかにぷるぷる震えているのに気づいた。


 怖がってる?


――いや、期待にどうしようもなく身体が震えてるって感じだ。


 このスライムは俺の配下になりたがっている。

 根拠はないけど確信した。


 けどなあ……。


「きゅう?」


 声が少し悲しそうだ。


 配下にしてくれないの?


 そう訊いているっぽい。


 うーん…………なんか可哀想になってきた。


 つーか、本当に可愛いな。


――――ま、いいか。


「うん、お前を配下に加えよう」


 その途端、脳裡に『スライムが配下になりました』という声が響いた。


 契約はなしにしておいた。

 死をもたらすなんて可哀想だし。


 スライムはうにゅうにゅと俺の身体を這い登って、肩の上のちょこんと乗った。


「きゅっ、きゅーっ」


 耳元で嬉しそうに鳴く。


「これだけ可愛いと、もしかしたらペットとして飼ってる人もいるかもしれないなあ」


 試しに撫でてみた。


 滑らないので撫でられず、ぷるんぷるんとスライムの身体を揺らす格好になった。

 すると、


「きゅうんっ」


 スライムが嬉しそうに鳴いた。


 気持ちいいのかな?


 俺はぽむっぽむっと軽くタッチした。

 そのたびに鳴いてくれた。


(やばい、マジ可愛い)


「あ、そうだ、名前をつけないと」


 どんな名前が良いだろう。


 うーん……………………。


 考えている間、スライムはぷるるっと身体を震わせていた。


【伝心】の能力の影響だろうか。

 スライムがどんな名前をつけてもらえるのかワクワクしているのが感じられる。


「……ぷるるんでどうだ?」


 ぷるぷる震えている姿が可愛いので思いついた。

 単純だが悪くないと思う。


「きゅうんっ」


 スライムも気に入ってくれたっぽい。

 心なしか、さっきより艶々している。


 ということで、スライムの名前は『ぷるるん』になった。

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