第2話 仕事の依頼を請けてしまった

 妖精とは人間が孤独に喘いだり絶望に陥った時に慰め励ましてくれ、それによって愛というものを知って霊的成長の助けになるようにと、その世界の神的存在が『恩寵の光』を用いて創造した。


 そして、神的存在の意図したとおり、人間は妖精と交流することで孤独と絶望から逃れて愛を知り、霊的成長を遂げていった。


 そんな時、人間たちの間で、ある病が流行りはじめた。


 その病にかかると、まず始めに身体の一部が闇のように黒くなる。

 それが時とともに拡がっていき、やがて全身が闇に染まり、魔物同様の瘴気を帯びるようになる。


 最後には狂死するか、まともな意思を持たない魔物に成り果てる。


 いつしか、その病は『妖魔憑き』と呼ばれ、恐れられるようになった。


 だが、それも錬金術の秘儀によって妖精から『恩寵の光』を抽出することで、『妖魔憑き』を癒す薬を創りだせることが判明した時に終わった。


 人間は妖精を狩り集め、次々に殺して薬へと変えていくようになった。


     *****


「でも、なんで俺に? その異世界にもっと頼りになりそうな人材がいくらでもいるでしょう?」


「いろいろとやっかいなルールがあってね。あっちの人間には授けられない能力もあるんだ。けど、異世界の人間にならルールは適用されないからね」


「能力?」


「向こうに行けばわかるさ。あんたには特別な能力を与えた上で十五年若返った、二十歳の状態で向こうへ行ってもらう。それから十五年、つまり現在の年齢になるまでに、あんたがいなくなった後でもすべての妖精が安心して暮らせる場所を造るんだ。そして再び三十五歳になった時、こちらの世界へ帰ってくるって寸法だ」


「帰った時には五十歳の身体になってるってわけですか」


「いや、三十五歳のまま、異世界へ行った同時刻、同じ場所へ戻ってくる。いってみれば、夢の中で仕事をするようなもんだ。あんたはなにも失うものはない。ただし、向こうで死んだらそれまでだけどね」


「簡単にいってますけど、妖精さんが安心して暮らせる場所って、具体的になにをどうすればいいんですか?」


「それを考えるのも仕事のうちさ。で、請けてくれるのかい?」


「はい、請けますでち!」

「いや、あたしが請けるでち!」

「いや、あたしがやるでち!」


 妖精さんたちがいっせいに手を上げていったかと思うと、ちらっとこっちを見た。


 うん、可愛いけど、その手には乗りませんです。


「いや、まだ請けると決めたわけじゃ……」


「ああ、そういえば報酬についていってなかったね。そうだねえ……百億円くらいでどうだい?」


「はあ? 百億?」


「おや、少なかったかい? それじゃ二百億でどうだい?」

「い、いや、ちょっと待って。百億とか二百億って、冗談でしょう?」


「冗談なものか。一人の人間を異世界へ送れるんだ。金くらいいくらでも用意できるさ」


「うーん……」


 もうこのひとが嘘をいっているとは思わない。

 実際に妖精さんを見せられているのだから信じるしかない。


 けど……。


「異世界ってことは、魔法とか魔物とか龍とか、危ないのがいっぱいいらっしゃるんでしょう?」

「いるねぇ」


 やっぱり……。

 小説やなんかで楽しむ分にはいいけど、実際に体験するとなったら、


 こっわーい!


 しかない。


「さっき特別な能力を与えるっていっただろう? だから大丈夫さ」

「それって、チート?」

「そんなもんさね」


 俺Tueeeeeeができるのか……。

 だったらやってみてもいいかも。


――――などと安易に思ってしまったのは、俺が異世界へ行くということを、まだ現実として受け止めることができていなかったせいだろう。


「じゃあ、二百億円ってことで。それで、いつからですか?」


 深く考えないまま、そう訊いた。

 訊いてしまった。


「いつでもいいさ。なんなら、今すぐ向こうへ行くかい?」


「別にいいですけど、俺はどうすれば……」

「よし、契約成立だ」

「「「人間さん、頼んだでち!」」」


 次の瞬間、




「………………………………ここはどこだ?」



 俺は木々の生い茂る森の中にいた。

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