第48話 天界の救世主とその一味

 アメリフェスの行った演説により自分が天界の救世主に祭り上げられている。元武装勢力の首領だったウラフにとってそんな事は預かり知らぬ事実だった。


 ウラフは奴隷商人テモニトを介して、四十八人の奴隷商人達の莫大な財産を奪った。その資金で食料と武器を調達し、貧困街で腕の立つ者達を集めた。


 貧困者達は目の前に積まれた大量の食料に度肝を抜かれ、空腹を満たされるのならどんな仕事でもするとウラフの誘いに狂喜して乗ってきた。


 その仕事がまさか天界に対しての反乱などとは露知らず、ウラフは瞬く間に二千人の兵力を集めた。


 そして反乱行為を躊躇する新兵達を恫喝し食料をちらつかせ、半ば強引に戦わせた。


 中規模の憲兵施設を数ヵ所襲った後、ウラフは周辺住民から歓呼の声で迎えられた。


「ウラフ!? 背中に羽を生やしていない! アメリフェス最高議会代表が言っていた地上の世界の男だ!!」


「俺達を痛めつけてきた憲兵の施設を潰したウラフ軍! 間違いないぞ!!」


「この男は! ウラフは俺達下層の民の救世主だ!!」


 補給の為に最寄り街に立ち寄ったウラフ達は、憲兵施設が襲われた事を聞きつけた街の住民達に囲まれた。


「······ウラフが救世主? どうして街の人達がウラフの名を知っているの?」


 聴覚に優れているエルフのフェノーアは、耳をつく大歓声に長い両耳を押さえながら疑問を口にする。

  

 剣と弓に長けている彼女は最前線での活躍に加え、精霊の力を使い敵兵を撹乱する役目を一手に担っていた。


「皆アメリフェスと言う名を叫んでいる。ウラフ殿、その者を知っているのか?」


 短期間で実戦を重ね、今やウラフの片腕となった鳥人一族のアサンは、隣に立つ巨漢の男に質問する。


「······アメリフェスめ。最初からこの俺を利用する腹だったと見えるな」


 ウラフの呟きに、フェノーアとアサンは互いに要領を得ない言った表情で顔を合わせる。


 ウラフはこの場に居ない最高議会強硬派代表の姿を想像し、鋭い眼光で睨みつける。そして先刻まで憲兵の血で濡れた大剣を天に掲げた。


「天界人達よ! 命を捨てる覚悟がある者は俺に付いてこい! お前達を踏みにじって来た権力者達に鉄槌を下す!!」


 ウラフの獣の様な咆哮に、街の住民達は空腹を忘れ大歓声で応える。その光景を呆れて眺めていた奴隷商人テモニトの首を、ウラフが大きく太い手で掴む。


「これから急速に兵力が増えそうだ。また奴隷商人共の財産が必要だな? テモニトよ」


 ウラフは白い歯をテモニトに見せ不気味に笑う。奴隷商人テモニトは、性悪の悪魔に取り憑かれた自分の運命を心から嘆いた。


 ウラフ率いる軍団の快進撃が始まった。ウラフは常に陣頭に立ち、新兵達を実戦で鍛えあげて行った。


 軍団の数は雪だるま式に増えて行った。九等区大陸の憲兵の総数は五万。ウラフは憲兵が兵力を結集する前に各個撃破を目論んだ。


 アメリフェスの民衆扇動演説を眼前で聞いた九等区大陸憲兵総指揮者ホルモス三等中将は、事態の急変に対応すべく、北の要塞に五万の憲兵全てを集めるつもりだった。


 その判断は正しかったが、ウラフはその命令系統を寸断し、孤立した憲兵達は北の要塞に向かう前にウラフ軍団の餌食となった。


 ウラフが起兵してから一ヶ月。九等区大陸の北の要塞では、ホルモス三等中将が二万の憲兵達と共に籠城していた。


 そこにウラフ率いる軍団が姿を現し、ホルモスはその数の報告を受け絶叫する。


「ご、五万だと!? この短期間にウラフなる者はそんな大軍を集めたのか!?」


 ホルモスは壁上に立ち望遠鏡でウラフ軍団を見た。各地の憲兵施設に何度も命令を出したが、この要塞に集まったのは二万足らずだった。残りの三万の憲兵達はウラフ軍団に各個に殲滅された。


 この北の要塞にウラフ軍団が来襲したのがその証拠であり、その事実をホルモス三等中将は認めざるを得なかった。


「し、しかしホルモス三等中将。所詮奴等は数に任せただけの戦いの素人であり烏合の衆です。恐れるに値しません」


 そう豪語する部下に、ホルモスは覗いていた望遠鏡を渡した。


「その望遠鏡でお主の言う烏合の衆とらの顔を見てみろ」


 部下は慌てて上官の命に従い、そして口を開けて絶句する。望遠鏡に映った烏合の衆達の顔は、どれも殺意に満ちた怒りの表情をしていた。


 この天界に生を受けてから今日この日迄。九等区大陸の民衆達は飢えに苦しみ。重い税に苦しみ。辛酸をなめ続けた。


 そして止むにやまれず自らを奴隷として売る行為が多くの悲劇を生んだ。貧しい民衆達は悲嘆に暮れたが、この九等区大陸に生まれた事が運の尽きと諦めていた。


 だが、この大陸を覆う濃い霧が人為的な物と知った時、民衆達は茫然自失から己の身体の中に沸く怒りに気づいた。


 常春の大陸。豊かな一等区大陸に安穏の住む一等区の政治家達と六大一族。その中の闇の精霊一族が霧を作り出していると分かった時、民衆達は自分達の遥か上に存在する一等区大陸を見上げた。


 そして誓う。自分達を貧困のどん底に落とした闇の精霊一族に必ず復讐の刃を突き立てる事を。


 それを阻む憲兵も。最高議会も。天界軍も。民衆達にとっては闇の精霊一族と変わらない排除すべき存在だった。


 ウラフはそんな民衆達の怒りを効率的に利用し、発揮させて来た。そして要塞に向かって太い指を伸ばし指し示す。


「あの図体のでかい要塞を見ろ。あの中にはさぞ莫大な食料が備蓄されているだろう」


 ウラフの言葉に、軍団の兵士達は喉を鳴らし要塞を凝視する。


「その食料は本来お前達が手にする筈の物だった。奴等憲兵は盗賊だ。お前達の富と名誉。そして尊厳を奪った大盗賊だ」


 ウラフの兵士達を扇動する様な言葉に、兵士達はこれ迄の味わった貧しさに歯軋りする。

 

「奪われた物は自らの手で奪い返せ!!」


 ウラフは兵士達を煽る様に叫び声を上げ、兵士達は腹の底から。否。魂の底から絶叫して応える。


 五万人の天界人が羽を伸ばし飛び立つ。ホルモス三等中将は要塞の空を埋め尽くすウラフ軍団の兵士達をこの世の終わりを見る者の様な表情で見上げる。


 ホルモスに残されていた選択肢は二つだった。恥を忍んで上官であるバニラス一等大将に援軍を求めるか。自分だけでこの事態に対処するか。


 前者を選べばホルモスは不測の事態を収拾出来ない無能者の烙印を押される。だが、ホルモスは選択する権利も得られず、今正に後者の選択肢を強制されようとしていた。


 ホルモス三等中将は思考が真っ白になりながらも部下達に応戦の指示を出す。その時、ウラフ軍団の兵士が放った数万の矢の一本がホルモスの眉間に向かって飛来した。





 

 

 


 


 


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