第43話 ある囚人の反乱

 ウラフはその人生の半分以上を野盗として送って来た。国と言う巨大な組織に真っ向から敵対し、己の自由と欲望の為に命を懸け反抗して来た。


 その類まれなる胆力でウラフは頭角を現した。率いる部下達は自然と増えて行き、彼が最盛期を誇った時は一万を超える巨大な武装勢力となった。


 そんな折、ウラフはマクランと名乗る武器商人からある提案を受けた。他の二つの武装勢力と戦い勝利すれば、難攻不落の要塞を褒美として譲ると言う話だった。


 このマクランの話に乗った頃を境に、ウラフのこれ迄の強運は下降線の一途を辿る事になる。


 決戦地のマクラン草原に行軍途中、トワイス軍に殴打を受け大きな損害を受けた。減少した兵力で要塞を賭けた三つ巴の戦いに望むが、トウリュウとゾルイドが率いる武装勢力に敗走させられた。


 その後、捲土重来を誓いウラフは再び勢力

を盛り返すが、今度はカリフェース、タルニト連合軍に完膚無き迄叩きのめされた。


 ウラフは命からがら逃げ延び、一人森の中を彷徨っていた。連合軍からウラフの再起は無いと断言された通り、ウラフは精神的にも打ちのめされていた。


 そんな時、ウラフは背中に小さな羽を生やした少年と森で出会う。その時ウラフは、自分に少年と同い年位の子供がいた事を思い返した。


 奴隷商人に誘拐されそうになったその少年を気まぐれで助けた時、ウラフの人生はまた変転する事になるのだった。


「うわああ!!」


 憲兵から奪った剣を力任せに振ったアサンの一撃は、余りに大振りだった為に憲兵に難なく避けられた。


 剣などまともに扱った事が無いアサンにとって、それは当然の結果だった。


 前のめりに体制を崩したアサンに、二人の憲兵が襲いかかる。だが、ウラフは両手に握った二本の剣を振り抜き、二人の憲兵を一撃で倒す。


「アサン! 腕だけで剣を振るな! 地に足を着け全身を使って振れ!!」


 ウラフは叫びながら更に三人の憲兵を次々と倒して行く。一人の憲兵の激しい猛攻に防戦一方だったアサンは、ウラフに言われた通り全身の力を使い反撃の一刀を繰り出した。


 偶然か才能か。その一振りは憲兵の右肩を裂いた。動きが鈍ったその憲兵の背中に、ウラフは止めの一撃を加えた。


「······ハアッ! ハアッ!」


 生まれて初めての命のやり取りに、アサンは激しく息を切らし大量の汗を流していた。突然の斬り合いを目撃した他の鳥人一族達はアサンの元へ駆けつけた。


「······皆。俺を売っても大した金額にはならなかった。俺は戦う事を決めた! 家畜に成り下がるのなら戦って死ぬ!!」


 アサンは悲壮な決意を仲間達に告げた。百人の同族達は涙を流しながらそれに同意する。


「そうだ! アサンの言う通りだ!」


「戦おう! 戦って鳥人一族の尊厳を守ろう!」


 鳥人一族達が意思を統一した頃、肥満した奴隷商人は重い身体を必死に動かし船に戻る為に梯子を登っていた。


 その奴隷商人の首根っこを背後から掴む者がいた。ウラフに捕まった奴隷商人は、蒼白な顔色で叫ぶ。


「お、お前達! こんな事をしでかしてただで済むと思うなよ! 直ぐに憲兵達がお前達を捕まえるぞ!!」


 怯えた声を出す奴隷商人に、ウラフは顔を近づけた。無精髭が伸びきった一部の動揺も無いウラフの顔を見て奴隷商人は更に怯える。


 奴隷商人の側にいた二人の奴隷は既に逃げ出していた。


「その憲兵達は兵舎の中だ。まだ俺達に気づいていない。俺達にはまだ時間があると言う訳だ。奴隷商人よ。お前には色々利用価値がありそうだな」


 かつて一万を超える配下を率いた首領のその凄みに、奴隷商人は心臓が凍りつきそうになっていた。


「鳥人一族達よ! 憲兵の死体から剣を取れ! この船を占拠するぞ!俺に続けぇ!!」


 怒号の様なウラフの叫び声に、百人の鳥人一族達は催眠術にかかったように動き出した。


 百人の反乱者が船内になだれ込む。だが、この船は軍船では無く輸送船だった。船員達は非戦闘民であった為、抵抗は殆ど無かった。


 船の操舵手を押える為に、ウラフ達は船内の上を目指し階段を駆け上がる。荷物の様にウラフの右腕に捕まれていた奴隷商人が、名案を思いついた様に声を上げた。


「ま、待て! 待て野盗よ! そ、その部屋だ! その部屋に私の奴隷がいる! その奴隷をお前にくれてやるから私を解放しろ!」


 奴隷商人のその言葉に、ウラフは部屋の扉を蹴破った。倉庫の様な荷物置き場の部屋には、一人の小柄な女が両手両足を拘束され座っていた。


 金髪の長い髪。一角獣を模した刺繍入りの白い衣服を着たその女は、奴隷商人を殺意を宿した両目で睨みつける。その額には、黒い紐の様な物が巻かれていた。


 女の両耳は長かったが、尖った魔族のそれとは違い丸みを帯びた形をしていた。ウラフは奴隷商人に確認する。


「エルフの娘か」


「そ、そうだ! 少し前に軍船に乗り地上から誘拐して来た珍しい種族の娘だ! 上客に売ろうと思ったがお前にくれてやる! しかも味見もまだだ! たっぷりと楽しめ! だがら私を自由にしろ!」


 我が身の可愛さによく舌を動かす奴隷商人に対し、ウラフは再び自分の顔を近づける。


「良かろう。この娘を貰う。だが、貴様から貰う物はまだまだありそうだな」


 ウラフの脅迫めいたその言葉に、奴隷商人は口を開けて呆然とする。ウラフはエルフの娘の拘束を解いた。


 その途端、エルフの娘は長い脚で奴隷商人の腹部を蹴る。

 

「この鬼畜め! 卑怯な手をよくも使ってくれたわね!!」


 口から唾を吐き奴隷商人は悶絶する。エルフの娘は額に巻かれた黒い紐を解き、忌々しげに床に投げ捨てた。


「エルフの娘よ。その黒い紐は何だ?」


「こいつ等天界人が使う道具よ「戒めの紐」と言うらしいわ。これを巻かれると、精霊との対話が出来なくなるの」


 巨漢のウラフの質問にエルフの娘は恐れの色を見せず返答する。ウラフは改めて娘を見る。


 エルフの娘は小柄だが美しかった。エルフは長寿故に年齢を聞く意味は無かったが、気が強い娘だとウラフに印象づけた。


「これから天界人に一泡吹かせる。協力する気があるのなら付いて来い」


 ウラフはエルフの娘の返答を待たず再び駆け出した。その横を素早く走るエルフの娘が並走する。ウラフは前方を見ながら質問する。


「エルフの娘。お前は何が出来る?」


「名前はフェノーアよ。剣と弓。精霊の力が使えるわ。貴方の名は?」


 巨漢の男は「ウラフだ」と名乗り、百人の反乱衆は船の最上層に辿り着いた。船員達は最初から戦意も無く、ウラフ達に全面降伏の様相だった。


 ウラフは怯える操舵手に剣を突き付け、驚くべき命令を下した。


 三百人の憲兵が詰める兵舎では、食料を受け取りにいった十人の仲間の帰りが遅い事が話題になりつつあった。


 上官に外の様子を見てくる様に命令された一人の憲兵が、ため息をつきコートを着込み兵舎の外に出た時だった。


 憲兵は信じられない光景を眼前に見た。自分達の物資を運んで来た輸送船が、猛然と兵舎に突っ込んで来た。


「うわあああっ!!」


 輸送船の舳先が兵舎の三階部分に突き刺さり、船体が兵舎の建物を轟音と共に破壊して行く。


 瓦礫と土埃が舞う中、外に出ていた憲兵は運良く生き延びた。だが、彼は更に絶叫した。


 三階建ての兵舎を半壊させた輸送船は上昇したと思いきや、そのまま下に落ちて来た。

兵舎は止めを差されたように全壊して行く。


 兵舎に詰めていた三百人の兵士は、その殆どが圧死した。全身に傷を負いながら奇跡的に生き延びた憲兵が十数人、瓦礫の中からうめき声を上げ這い出て来た。


 だが、瀕死の憲兵の前に立っていたのは、ウラフを先頭にした百人の鳥人一族だった。


「憲兵の奴等を斬れ。百人全員がだ。死体となっても構わん。必ず自分の手で斬れ」


 ウラフの否とは言わせない迫力に、鳥人一族達は忠実にその命令に従った。戦いの経験の無い鳥人一族達に生身である天界人を斬らせる。その経験を積ませるのがウラフの狙いだった。


 百人の鳥人一族に切り刻まれた憲兵達は、断末魔の声と共に人体のあらゆる部分を切断され死んでいった。


「······ウラフ殿。私達の覚悟は決まった。だが、こらからどうすればいい?」


 返り血に服を赤く染めたアサンが、隣に立つ巨漢の男に質問する。だが、返答したのはウラフに首を掴まれていた奴隷商人だった。


「お、お前達。もう後戻りは出来んぞ! 上の九等区の大陸には、百万人の天界人が住んでいる。その九等区の天界人を監視する憲兵の数は五万だぞ! その五万の憲兵達が、必ずお前達を地の果てまで追い詰めるぞ!!」


 ウラフは自分の顔を奴隷商人に近づける。実に今日三度目のその行為に、奴隷商人は一向に慣れる気がしなかった。


「地の果てだと? 逃げる気など毛頭無い。追い詰められるのは貴様達憲兵だ」


 ウラフは不気味に笑い、奴隷商人の心拍数を上げて行く。

 

「上の九等区の大陸には百万の天界人が住んでいると言ったな。では、貧しく飢える百万人が蜂起した時、たかが五万の憲兵で鎮圧出来るのか?」


 この地上の人間が何を言っているのか、奴隷商人には全く理解出来なかった。この天界の九つの大陸には、それぞれ憲兵達が民衆達に睨みを効かせている。


 その長い天界の歴史に於いて、民衆の反乱はただの一度も発生しなかった。奴隷商人には、ウラフの言う事は現実味の無い狂人の戯言としか思えなかった。


「戯言かどうか。自分のその目で見届けるがいい。お前とは長い付き合いになりそうだな?」


 ウラフの獣地味たその笑みに、奴隷商人は恐怖で失神しそうになる。元武装勢力の首領は、濃い霧に包まれた頭上に浮かぶ大陸を無言で睨んでいた。


 

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