第25話 四つ目一族の森

 二人の人間。二人の魔族。そして一体の魔物。奇妙な組み合わせの一行は、西に向かってひたすら進んでいた。


 二頭の馬には老人ジオリと少年メルア。魔物の首長女と元奴隷のカイトがそれぞれ分乗していた。


 平然とした顔で魔物の首長女と共に馬に乗るにカイトに対して、メルアとジオリは信じられないと言った表情だった。


 新参者を馬に乗せ徒歩になったシャンヌは、不平も言わず元気良く歩き一行を先導する。


「シャンヌ殿。身体に身に着けた鉛を取ってはいかがですかな? 徒歩では負担になるでしょう」


 ジオリが全身に鉛を身に着けているとは思えない軽快さで歩くシャンヌに声をかける。赤毛の少女はこの旅の途中も決して鉛の重しを外そうとはしなかった。


「アサシルさんから常に身に着けろと言われているので。大丈夫です。随分とこの重しにも慣れて来ましたから」


 シャンヌは返答しながら馬に乗ったカイトと首長女を一瞥する。


 カイトは必要が無ければ常時無口であり、旅の途中の食事の準備や後片付けも何一つやろうとしなかった。


 メルアに軽蔑の眼差しを向けられても、カイトは涼しい顔をして無視する。特に特技も無さそうであり、無気力な穀潰しだとメルアに評価されていた。


 シャンヌが気付いたのは、カイトはボロボロに錆びたペンダントを首に付けており、時折そのペンダントを指で撫でていると言う事ぐらいだった。


 一方、魔物の首長女は常に物静かであり、シャンヌ達から見ても魔物特有の凶暴性がまるで無かった。


 いつも眠そうな目をしており、話しかけても曖昧な片言返事が返ってくる。五日間旅を共にして、元奴隷と首長女に関してシャンヌが分かった事はそれだけだった。


 一行は山道に入り、段々と道は細く険しくなって来た。道が途切れ獣道を登る様になってからは、馬も歩く人間も息が荒くなって行く。


 その時、森の茂みから一頭の子羊が顔を出して来た。子羊は愛くるしい瞳でシャンヌを見ていた。


「······チャシャ」


 子羊を見てそう呟くシャンヌに、首長女は不思議そうな表情をする。


「······チャ。シャ。とは。何。だ?」


 首長女の眠そうな声に、シャンヌは我に返り振り向く。


「ああ。昔私の家で飼っていた羊の名前なの。この子羊がとっても似ていたから」


 シャンヌのどこか懐かしむ様な瞳を見ながら、首長女は何かを考え込んでいた。


「それにしても妙ですなあ。山に点在する集落には人影がまるで無い」


 ジオリは骨と皮だけの細い腕で馬の手綱を握りながら不安そうな顔をする。この山の麓に住む魔族から四つ目一族の森の情報を聞いてから、もぬけの殻の集落を幾つも一行は通過して来た。


「······警告かもね」


 無気力なカイトの呟きに先頭を歩くシャンヌが振り向く。


「警告? カイトさん。それはどう言う意味ですか?」


「言葉通りさ。君達の目指す四つ目一族の森とやらに近付くなって言う意味さ」


 カイトの返答にシャンヌは首を傾げる。


「カイトさん。それは一体の誰の警告なんですか?」


「······さあね。そこ迄では僕も分からないよ」


 カイトは素っ気なく横を向く。シャンヌは元奴隷男の言葉の意味がまるで理解出来なかった。


 カイトが誰にも聞こえない小声で「運命の警告さ」と囁いた事など、誰も気付かなかった。


 太陽が真南から西に傾き始めた頃、シャンヌ達が難儀していた急勾配が終わり、一行は目の前に広がった光景を目にした。


 そこは山の中の盆地であり、幾つもの古そうな家が立ち並ぶのをシャンヌ達は高台から俯瞰する。


「うむ。シャンヌ殿! 地図通りです。きっとここが四つ目一族の森ですぞ!」


 年甲斐も無く興奮するジオリの声に、メルアは心の中に鋭い痛みが走る。旅の目的地への到着。それはシャンヌと別れる時が訪れる事でもあった。


「······妙だね。壊れた家が幾つもある。半焼している家も見える。村の外を出歩いている人影も無い」


 馬上から村を見下ろしながらカイトが小さく呟く。元奴隷男の言う通り、村を一望出来る高台から見ても、村人の姿は見えなかった。


「とにかく。下に降りて見ましょう」


 騎乗していた者達は馬から降り、足場の悪い道を下って行く。程なくして村の中に入ったシャンヌは、何か胸騒ぎを覚えていた。


 カイトが言った通り、幾つかの家は焼け焦げていた。その臭気がシャンヌの暗い過去を呼び起こす。


 それは、赤毛の少女の村が野盗に襲われた時の匂いだった。村は焼き尽くされ、その煙と匂いは子供だったシャンヌの記憶と身体に深く染み付いていた。


「······あの家を訪ねてみましょう」


 シャンヌは気分が悪くなってきたが、そんな素振りを見せず古い平屋の家を指差した。


 赤毛の少女が家に近付いた時、ドアが内側から勢い良く開かれた。否。それは手では無く足で蹴られて開かれた物だった。


「······なんだあ? 四つ目一族だと思ったら子供じゃねえか。 しかも人間かお前?」


 家から現れたのは、腰に剣を帯びた魔族の男だった。開かれた玄関からは次々と他の魔族が姿を現す。


「······ここは四つ目一族の集落の筈です。貴方達は誰ですか?」


 シャンヌは警戒しながら家から出て来た五人の魔族達の額を素早く確認する。その額には、メルアの様に閉じられた二つの目は無かった。


「人間の小娘。お前が知っている筈もねぇが、四つ目一族は高値で売れる今をときめく貴重な種族なんだよ」


 魔族の男の言葉に、シャンヌは一瞬呼吸が止まるような息苦しさを覚えた。カリフェースの王ウェンデルは、来たるべき天界人との戦いの為に世界中に使者を送り四つ目一族の保護を訴えた。


 だが、ウェンデル王の提案は人間の世界では四つ目一族争奪戦が起きる要因となった。四つ目一族を軍事に利用しようとする為である。


 それが魔族の国々でも起きている。シャンヌは瞬時にそう理解した。


「······この集落の。四つ目一族の人達をどうしたんですか!?」


「決まってんだろ。俺達カリブ国の王都に送ったんだよ。まあ、上層部が奴等をどうするか知らねえがな」


 魔族の男は薄ら笑いを浮かべ続ける。カリブ軍の兵士である男達は、四つ目一族の村を襲った後も無人の村に滞在していた。


 それは、兵士達が村を強襲した時に不在だった四つ目一族が村に戻る可能性があったからだ。


「何が伝説の「神殺しの戦士」の末裔だ。どいつもこいつも、泣き叫ぶだけだったぜ」


 兵士達の哄笑を聞きながら、ジオリはシャンヌの肩が震えている事に気付いた。そして、シャンヌもある物に気付いてしまった。


 それは、兵士達が出て来た家の庭にある小さな畑にあった。黒く炭になったような塊。そして、その塊からは白い骨の様な物が見えた。


「······あれは? あの白い骨の様な物は何ですか? ま、まさか」


 シャンヌは震えた指でそれを指し示した。


「ん? ああ。老人共はどの道使い物にならんし移送も足手まといだからな。殺して燃やしたんだよ」


 兵士がこの残虐非道の言葉を吐いた瞬間、ジオリは目撃した。シャンヌの髪の毛が逆立ち、その赤毛が一瞬だけ色濃く輝いたように見えた。


 ザンッ。


 シャンヌが腰の剣に手を添えた刹那、大口を開けて笑っていた兵士の首が切断された。その首が地面に落ちた瞬間、二人目の兵士の首の頸動脈が裂かれた。


 一瞬にして二人の兵士を倒したシャンヌは、両目に涙を溜めながら絶叫する。


「お前達みたいな奴等がいるから!! この世界から争いが無くならないのよ!!」


 蒼白な表情でしがみついてくるメルアを抱えながら、ジオリは瞼を開き赤毛の少女を凝視していた。


「······赤帝の姫君」


 膨大な記憶の引き出しから自然と出た言葉に、ジオリは自分自身で驚いていた。それは、大陸の遥か東方にあると言われる帝国。そこに住む人々が崇める神の名だった。



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