第24話 自律する魔物
小川のほとりでひと悶着を起こしていた者達は、その光景に全員が驚愕していた。それは、白いローブを身に着けた女だった。
女は四つん這いになりながらシャンヌ達に近付いて来る。そしてその首は長く伸び、女の身体より一足早く。否。一首早く馬車に迫って来た。
「うわああっ!? に、逃げろ! 逃げるんだ!!」
半狂乱に陥った奴隷を連れていた肥満した男は、手にした縄を離し御者を怒鳴りつける馬車は首長女から逃れる為に急発進する。
土埃を浴びせられ置き去りにされた青い髪の奴隷は、異様な事態に置かれてもまるで他人事の様な冷めた顔をしていた。
シャンヌは我に返り、腰から剣を抜き叫ぶ。
「皆私の後ろにさがって!!」
人の形をしていたが、あの首長女が魔物なのは一目瞭然だった。一行が危機に陥った時、唯一戦える自分が何とかする。
シャンヌがこの旅を始めるに当たって、自らに課した使命だった。首長女の首は地面すれすれの高さで伸び続け、シャンヌ達の直ぐ左側を通って行く。
シャンヌは剣を構えながら身体の向きを右に変える。腰を低く落とし、首長女の突然の強襲に備える。
だが、首長女からの攻撃は無かった。伸びた首はやがて小川で停止し、首長女は顔を緩やかに流れる水面につけていた。
「······水を飲んでいる?」
シャンヌな油断無く首長女の行動を注視する。赤毛の少女の後ろで震えるメルアの肩をジオリが汗を流しながら支えていた。
暫くすると、首長女は水面から顔を離し、伸びた首はするすると縮み元に戻って行く。四つん這いになっていた女が、ゆっくりと立ち上がった。
腰までの伸びた橙色の髪。細い輪郭の中を形作る顔を若く美しかった。だが両目はどこか眠そうな印象を受けた。
女は覚束ない足取りでシャンヌ達に近付いて来た。シャンヌは呼吸を整え剣を握る両手に力を込める。
「······何故。剣。私に。向ける?」
首長女が片言の様な言葉を発した。シャンヌは魔物が喋るなど聞いた事が無かった。
「······貴方は魔物でしょう? 私達を襲うつもりじゃ無かったの?」
シャンヌの返答に、首長女は眠そうな目のまま首を傾げる。
「私。魔物。川。水。飲んで。いた。だけ」
首長女の言葉にシャンヌ達は戸惑う。首長女がこちらを油断させようとしているだけなのか。その真偽を赤毛の少女は測り兼ねていた。
「首長女の言う通りじゃないの? 彼女は水を飲む為に首を伸ばしていただけ。僕達が勝手に恐れていただけだよ」
青色の髪の奴隷が面倒臭そうに呟く。シャンヌは剣を構えたまま首長女に歩み寄る。
「······魔物の貴方が、何故私達を襲わないの?」
「私。魔物。自律。出来る。様に。造られ。た」
首長女はそこまで言うと俯く。
「でも。分から。ない。私。何を。すれば。いい。か」
首長女の言葉に、シャンヌは頭が混乱して来た。魔物を造り出すバタフシャーン一族は、一体何の意図があってこの人の形をした首長女を造ったのか。
バタフシャーン一族の頭領が自分の相談役兼愚痴聞き役の為に首長女を造った事。そしてその首長女が自分の意思で逃亡した事など、シャンヌが分かる筈も無かった。
「······私達と一緒に来ますか?」
小柄なシャンヌが首長女を見上げてそう言った。シャンヌは知らず知らずの内に、構えた剣を下ろしていた。
それまで赤毛の少女の後方で固まっていたジオリとメルアが、必死の形相でシャンヌの元に駆け寄る。
「シャ、シャンヌ殿! 危険です! 魔物を旅に同行させるなど!」
「そうだよ! 止めてよお姉ちゃん! 僕あんな首長い人恐いよ!!」
ジオリとメルアの抗議は最もだとシャンヌは感じていたが、赤毛の少女は何故かこの首長女を放っておけなかった。
「でも。この人をこのままにしておくのも危険です。ここは私達が保護監視したほうがいいわ」
シャンヌの度が過ぎたお人好し振りを知っていたジオリとメルアは、天を仰ぎながら絶句する。
「僕の事を忘れていないかい?」
両手を縄で繋がれた青色の髪の奴隷が、シャンヌを睨みつける。
「君達のお陰で僕は奴隷として生活する環境を奪われたんだ。その責任は取って貰うよ。僕の面倒も見て貰おうか。君の言うこの世界を変える前にね」
青色の髪の奴隷のその図々しい言い草に、ジオリとメルアは更に絶句する。
「な、何と。シャンヌ殿に奴隷に落ちる所を救われたのにあの言い様」
「僕の村にも居たよ。働きもせずに昼間からお酒を飲んで寝ている怠け者が。あのお兄さんはきっとそう言う輩だよ」
憤慨するジオリとメルアを背にして、シャンヌは青色の髪の奴隷の前に立つ。
「分かりました。貴方も一緒に行きましょう。私の名前はシャンヌ。貴方のお名前は?」
「······カイトだ」
シャンヌの強い意思が宿った瞳から目を逸らす様に、青色の髪の奴隷は小さく返した。
「よろしくお願いします。カイトさん。首長女さん。貴方のお名前は?」
二人の人間と二人の魔族の視線を集めた首長女は、緩慢な動きで首を横に振る。
「······私。名前。まだ。無い」
首長女はそう言うと、シャンヌに近づき赤毛の少女のマントを白く細い指で掴んだ。シャンヌは首長女に優しく微笑む。
「一緒に行きましょう。首長女さん」
そばかすが残る赤毛の少女の顔を見つめながら、首長女は小さく頷いた。
「出発前にさ。この縄解いてくれる?」
カイトが縛られた両手を伸ばしてシャンヌに要求する。その時、カイトの黒いローブの胸元に刺繍された紋章がジオリの視界に入った。
どこかで見かけた事があるその紋章を、ジオリはどうしても思い出せなかった。
「さあ。行きましょう。四つ目一族の森まであと少しです!」
一人の奴隷と一体の魔物を加えた一行は、暫しの休憩から旅を再開させた。
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