赤毛の少女の珍道中

第21話 西へ

 とある魔族の街の中心地に、豪華な宮殿が威容を誇っていた。そこに住むある有名な一族達は、自分達の名が知られる事を意に介すこと無く堂々とそこで暮らしていた。


 その宮殿の入口には、常に多くの魔族達が出入りしていた。宮殿に住む一族達にある依頼をする為だ。


「べロット頭領! 新規の注文が入りました。魔族のアラウト国が銀貨級魔物百体を希望しています」


 白い作業着を着た魔族の男が、殺風景な執務室に入り机に座る黄色い髪の男に声をかける。


 先代の贅を極めた執務室と比べると雲泥の差がある部屋に作業着の男は心配する。もう少し頭領として威厳が必要なのでは無いかと。


 べロットと呼ばれた黄色い髪の男は、机の上に積まれた書類の山から必死に首を伸ばす。


「駄目だ。今月はもう生産上限が間近に迫っている。諦めるか来月にして貰うか先方に選んで貰ってくれ」


 べロットのその指示に、作業着の男は不満そうな表情を隠さなかった。


「またそれですかい?「青と魔の賢人」はもう滅んだんでしょう? 連中の残党の命令なんて無視していいんじゃないんですかい?」


「まだ滅んでいない。君の言う残党はゆっくりとだが確実に組織の再建を進めている。命が欲しかったら彼等の言う通りにするんだ」


 威厳と迫力に欠けた声だったが、頭領の厳命に作業着の男は渋々と引き下がった。べロットは深いため息をつきながら山積した書類にまた顔を埋める。


 バタフシャーン一族。この大陸の争いの歴史に、常にこの一族は関わって来た。魔族の彼等は、その魔力と特殊な技術を用いて貨幣を触媒に魔物を造り出す。


 その魔物を人間より人口の少ない魔族に売り渡し、人間と魔族の勢力の拮抗を保つ役割を果たして来た。


 バタフシャーン一族はかつて裏から世界管理を行って来た組織「青と魔の賢人」から魔物の生産数の制限を受けて来た。


 その「青と魔の賢人」は、サラント国の当時千騎長であったハッパスによって壊滅させられた。


 だが、組織の生き残りが直接べロットを訪問して釘を刺して行った。自分達を軽んじる者は後に報復すると暗に言い残して。


 先代の頭領が死亡した時、べロットはまさか自分が三十代前半の身でこの一族の頭領になるとは夢にも思わなかった。


「ああ。叶うならこの役目を放棄して穏やかな暮らしをしたい。駄目だな。最近はこれが口癖になってしまっている」


 質素な執務室でべロットは一人呟く。この独り言こそ彼の癖になっている事に、黄色い髪の頭領は気付いていなかった。


「研究に研究を重ねた試作品の魔物も失うし。まるでいい事が無い」


 べロットは目の前の書類の山を全て焼きたい衝動に駆られながら独り言を続ける。べロットは日々の激務の精神的鬱憤を、新しい魔物を造り出す研究で晴らそうとしていた。


 バタフシャーン一族は貨幣を触媒にして魔物を造るが、今回は勇者の剣に使われる希少鉱物を使用しての研究を試みた。


 以前も同じ方法で魔物を造ったが、前回と異なるのは触媒が全て希少鉱物の魔物だと言う点だった。べロットの目的は、自律機能する魔物だった。


 魔物は購入者の命令を聞くようにつくられる。だが、べロットが目指したのは自分の頭で考え、行動する魔物だった。


「知性を育て、私の護衛兼愚痴聞きにしようと思っていたんだがなあ」


 べロットは散髪が必要になって来たボサボサの黄色い髪を掻きながらぼやく。バタフシャーン一族はその富を惜しげもなく使用し、世界中に連絡網を築き最新の世界情勢を把握していた。


 べロットの机には、書類の山の端に置かれた一枚の報告書が頭領に読まれる時を待っていた。


 その報告書には、人間界の三大大国であるカリフェース国。サラント国。テリンヌ国が謎の空飛ぶ艦隊に攻撃を受けた事が記されていた。


「半年かけてようやく完成した途端に工房から逃げ出すなんて。最初から自律行動をし過ぎだろうに」


 飾り気の無い執務室では、いつまでも若き頭領の独り言が続いていた。


 

 


 大陸の西側は魔族の国々が割拠していた。その魔族の勢力圏内を西に進む二頭の馬があった。


 一頭には腰の曲がった白髪の老人。もう一頭には十五歳前後に見える少女が騎乗しており、少女の背中に十二歳前後に見える少年が両手を添えていた。


「ジオリさん。道が二つの別れています。どちらち進みますか?」


 赤毛の少女は快活な声で茶色いローブを纏った老人に問いかける。ジオリと呼ばれた老人は懐から使い込んだ地図に目を落とす。


「地図によると右ですな。シャンヌ殿」


 ジオリの返答にシャンヌは頷き「シャンヌでいいです」と笑顔で付け加えた。赤毛の少女シャンヌ。魔族で四つ目一族の少年メルア。魔族の老人ジオリ。


 一人の人間と二人の魔族は、大陸の西に存在する四つ目一族の村を目指していた。四つ目一族を戦争に利用しようとする各国の思惑から少年メルアを救う為だ。


 チロルが率いる無頼組織「猫の手も借りたい」の本拠地を出てから二週間が経過していた。その間、魔物に襲われる事三度。魔族の野盗に狙われる事二度。


 幸い全て切り抜ける事が出来たが、この旅は決して安穏な物では無い事を三人は否が応でも思い知らされていた。


 風で砂が目に入ったメルアに、シャンヌは自分の手拭いを水筒の水に濡らし渡した。その光景を目を細めて見ながら、老人ジオリはシャンヌを不思議な娘だと感じていた。


 何故見ず知らずのメルアとジオリに危険を侵してまで協力するのか。ある夜の野営の時、シャンヌは語った。


 自分の村は野盗によって壊滅し家族を失ったと。そしてシャンヌには弟がいた。


「あの時の私は無力な子供で、弟を救えなかった。けど今は違う。メルア。貴方を必ず四つ目一族の村に届けるわ」


 赤毛の少女は真剣な顔つきでメルアに断言した。助けられなかった弟への無念の気持ちをメルアを助ける事で晴らす。


 代償行為と言う言葉がジオリの頭の中を過ぎる。だが、そんな枕詞で片付けるにはシャンヌの行動は純粋過ぎると白髪の魔族は思っていた。


 かと思えば、シャンヌは突然落ち込む時があった。チロルの意にそぐわぬ行動をした為、せっかく入る事を許された組織「猫の手も借りたい」から追い出されると少女は覚悟していた。

 

 春の盛りを終えた夕暮れの風は、容赦無く旅人達の身体を冷やして行く。幸運にも日没前にシャンヌ達は街に辿り着く事が出来た。


 だが、三人の表情は余り嬉しそうでは無かった。シャンヌ達は地面にしゃがみ込み、自分達の路銀を確認し合った。


「ううむ。もう路銀は残り僅かですな」


 ジオリは心もとない三人の全財産を見ながら唸る。


「······すいません。私がちゃんと準備せず二人を無理やり連れ出しから」


 シャンヌは分かりやすく落ち込み、面目無いと言った面持ちだった。ジオリは慌てて善意の塊の様な少女を励ます。


「······お腹空いたな。僕」


 メルアが育ち盛りの健康な身体に応じた腹の音を鳴らし、か細い声で呟いた。ジオリの言う通り、一行の路銀は残り少しであり、食事を摂れば宿代が足りず、宿代を払えば食事代が捻出出来ない有様だった。 


「······あれは何かしら?」


 進退極まったシャンヌは、近くで聞こえる喧騒に気づき立ち上がる。食堂の入口の周囲に人だかりが出来ていた。


 シャンヌは茶色いマントに付属しているフードで頭を隠しながら店に近づく。ここは魔族の街であり、人間のシャンヌが堂々と歩く事がはばかられた。


 密集する魔族達の隙間をリスの様な軽快させですり抜け、シャンヌは最前列に躍り出た。


 店の前では長テーブルが置かれ、二つの椅子には魔族の男がそれぞれ座って食事をしていた。


 一人魔族は余裕な表情で皿を空にしており、もう一人の魔族は苦しそうにフォークを口に運ぼうとしていた。


 その二人の魔族の前には、何枚もの空き皿が積まれていた。苦しそうにしていた魔族の男は、口元に運ぼうとしたフォークを皿に戻した。


「······駄目だ。もう食えねえ」


 男がそう言った瞬間、見物客から歓声が起きた。


「すげぇ! これで十人抜きだぜ!」


「こんなに食える物か? あのデケェ男、どんな胃袋してんだ?」


 見物客の言葉を聴きながら、シャンヌはこれは大食い大会だと瞬時に理解した。隣の魔族の女に大会の詳細を手早く聞いたシャンヌは、これまた素早くメルアとジオリの元に戻った。


「シャンヌ殿。この大食い大会に貴方が出る。そう言う事ですかな?」


 嬉々として説明するシャンヌに、ジオリが驚いた表情で質問する。その大会に勝てば、賞金は金貨五十枚。それは、三人の一ヶ月分の路銀を賄うに十分な賞金だった。


「······でも。大会の参加費を払えば、僕達は無一文になるんでしょ?」


 メルアはあからさまに不安そうな顔になる。


「二人共、私に任せて! 私は村で一番の食いしん坊だったのよ!」


 シャンヌはジオリとメルアに力強く宣言すると、一行の全財産を握り締め大会の受付へと迷い無く走って行った。


「お前はやはり直情リスだ」


 ブレットがこの場に居合わせたら、間違いなくそう断言していたと思われた。


 三人の運命は。否。三人の宿と夕食は、シャンヌの胃袋に託された。







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